第111話しわ寄せ

「ここがおめえの事務所か。いいとこ借りてんなあ」


 『蜜気魔薄組』若頭である伊勢が『模索模索』の数ある事務所のひとつを訪れていた。


「そうですか?自分はこういうのはあんまり見栄を張る部分ではないと思ってますので。まあ、おもてなし用の事務所ですね」


「ふん。おめえらんとこは随分儲かってるみたいやなあ」


「それで今日は。伊勢さんがわざわざお一人でご足労いただけるってことは何かお話があるのでしょう」


 間宮も人払いをし、伊勢と二人だけの空間を用意していた。


「ああ。前の件だ。まあ、うちの連中の中にもおめえを認めねえ連中もおるわな。それはわしが責任もって抑えたる。おやじも出てきたらまあ揉めるやろ。そこもきっちりとわしが責任もって抑えたる。ようは身内のことはわしが責任を持っておめえらには迷惑はかけんってことや」


「ありがとうございます。すいませんね。こんなものしか用意出来ませんで」


 間宮と伊勢を挟んで置かれるテーブルの上には缶コーヒーが二つ。


「別に気にせんでええ。わしゃ缶コーヒー飲みに来とるわけやない。それよりお前の計画や」


「『計画』と言いますと?」


「お前の考えはすごいことやと思う。既存の『暴対法』や『使用者責任』の穴をついた完璧なものや。わしらはシマウチを守っとりゃあそれでええわけや。なあーんも悪さはせんでええからのお。そうなると『パクられる』リスクはゼロや。その代わり、おめえらんとこの半グレ集団『模索模索』がシマウチで悪さをするんは問題ない。まあ、見せしめにわしらが『形だけ』しめることもあるがそれも織り込み済みやろお。おめえならよ」


「そうですね。そう考えてます。逆に『模索模索』もこの際分けようと思ってます」


「だな」


「ええ。表向きの『悪さ』をする『模索模索』と、裏の顔で『人助け』や『悪さをする模索模索をしめる模索模索』ですね」


「まあそおなるわな。そのまんまやったらうちとおめえんとこが『グル』なんは普通にバレるわな。そこで第三勢力。もう一つの『模索模索』。まあ名前は変えるんやろうが。使い分けは必要になってくるわな。まあそこも問題ではない」


「ええ。おっしゃることは分かりますよ。伊勢さん」


「ほお。そこまで読むか。おめえは」


「当然ですよ。何しろ『血湯血湯会』のてっぺんも狙ってますからね。半端は即破滅を意味しますんで」


「で」


 伊勢が缶コーヒーのプルタブを開けてそれを飲む。そしてタバコを咥えて自分で火を点ける。五分と五分。


「伊勢さんの言いたいことはこうですよね。『実行部隊』である『模索模索』が弱ければこの計画は何の意味もない、ですね」


「そうだ。いくら『暴対法』や『使用者責任』の穴を掻い潜ろうが所詮この業界は『力』がすべてや。『暴力』や。それがうちにありゃあ小泉さんとこにもわしは『筋』通しとる。情けねえがうちはやっぱり『暴力』では勝てん。そんなわしらが『身二舞鵜須組』どころか本家『血湯血湯会』まで的にかけるんは自殺行為や。それに『肉球会』。あそこは強いぞ。『血湯血湯会』とやりあっても互角に戦争できる『暴力』を持っとる。それをおまえら『模索模索』が持っとるかってことや」


「伊勢さん」


「なんだ」


「宮本武蔵の言葉にこうあります。『別れ悲しまず』です」


「あ?すまんのう。わしゃ『学』がねえからよ」


「僕もありませんよ。中卒です。この言葉は『この世に未練はない。いつ死んでもいい』と覚悟の意味が込められてます。『模索模索』はそういう人間が集まってます。よく聞くじゃないですか。『自分のために命をはれる人間が三人いれば日本一の親分になれる』って。うちはそういう『キチガイ』が揃ってますんで」


「そうか。わりいな。具問だったわ」



 一方その頃。


「え?あれって『幸せ』なんですか?」


「そうですよ。田所のあんさん。僕でも知ってますよ」


「でもおやじの教えでは『しわ寄せ』って言ってましたが」


「確かに誰かがサボればその『しわ寄せ』が誰かにいきますけど。それが好きな人といっしょにカバーする『しわ寄せ』だからって『しわ寄せだなあ。僕は君といる時が一番しわ寄せなんだ』はちょっと違うと思いますよ。まあ、神内さんの言いたいことは分かりますし、間違ってもいませんが」


「しわ寄せだなあ。僕は飯塚ちゃんと一緒にいる時が一番しわ寄せなんだ」


 歌っていた。

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