第70話スイカ

「えりなさん。その半グレ集団の名前とか分かりますか?」


「確か…『模索模索』と…。でもいけません!飯田さんが私のために危険な目に遭ってしまいます。これ以上奴らの被害者を増やすわけにはいけません!」


「ええ。そうです。その通りです。えりなさん。これ以上奴らの被害者を増やすわけにはいけません。だから『潰す』んですよ」


 自分を思い切りぶん殴ることで『けじめ』を自分なりにしっかりとつけた飯塚が言う。


「無謀すぎます!確かに飯田さんみたいな人がいれば、いや、飯田さんの力がないと言ってるわけではないんです。ただ…、『模索模索』はものすごく数も多く凶悪です。下手に歯向かえば返り討ちどころか…。飯田さんの人生まで狂わされてしまいます!私なら大丈夫です…。だから飯田さんは『何もしない』でくれれば…。それですべて丸く収まるんです…」


「分かってますよ。『模索模索』がどんな連中かは。そのうえで僕は『潰す』と言ってるんです。もちろんえりなさんのことも守りますよ。これも約束します。それに僕は一人じゃありません。ものすごく頼もしくて、ものすごく強くて、ものすごく優しい。そんな『あんさん』がいるんです」


「『あんさん』ですか?」


 ちょっとびっくりした表情をする『えりな』ちゃん。そうですよ、僕には頼もしい田所のあんさんがいるんですよと思う飯塚。


「そうです。『あんさん』です」


「あのアーチェリーの…」


 え?と思う飯塚。スマホをピポパと弄る飯塚。オリンピックのメダリストですか…、しかも三冠ですかと思う飯塚。アンサン市まであるんだ…と思う飯塚。改めて『韓流』はすごいなあと思う飯塚。


「いえ。その『アン・サン』ではありません。僕のアニキです。兄弟です。兄貴分の『あんさん』です」


「え?『兄貴分』?じゃあ飯田さんはその…、『そっち系』の方なんですか…?」


「え?『そっち系』?『反社』とか『やーさん』とか想像してません?違いますよー。僕はまっとうな『堅気』ですよ」


「でも…、『模索模索』の奴らも自分らは『堅気』と言ってましたが…」


 なんだか説明するのがややこしくて面倒くさいなあと思う飯塚。ここは盛り上がるところなんですよ、と思う飯塚。と、同時にえりなさんは本当に怖い目に遭ってるんだと改めて思う飯塚。警戒するのも当然である。自分のことを『模索模索』の関係者と思ってたら警戒するのが普通だもんなあと思う飯塚。


「実は僕、『ユーチューバー』なんです!僕の『あんさん』と二人で『悪を退治してみた!』っていう動画を撮ろうとしているんです。悪とは『模索模索』のことです。それに『模索模索』のバックにはさらに半グレどころか本物の『やーさん』がついてます。それもすべて僕の『あんさん』はぶっ潰してくれますから!」


「え?『ユーチューバー』って…、『悪を退治してみた!』ってことは今の私のことも動画に撮ってるんですか…?」


 いやいや、さっきは思い切りバレバレな『盗撮』をしてたじゃないですかー、と思う飯塚。


「いえ。今は撮影してませんよ。それにさっき僕は『バレバレな盗撮』をしてたじゃないですか。それすらも『客がどんなことを要求してきても断るな』と言われてるから黙って気付いてないフリをしてたんですよね?」


「…はい」


「任せてください。今までえりなさんが受けた心の傷や痛みを癒すことは出来ません。ただ、今後、あなたが涙を流すようなことは絶対にさせませんから」


「…」


 なんかいまいち信用がないなあと思う飯塚。でもそりゃそうだよなあ、いきなり何の実績もない人間がそんなデカいことを言っても説得力ゼロだよなあと思う飯塚。と、同時に閃く飯塚。『嘘も方便』と心の裁判官からアドバイスを贈られる飯塚。


「実はすでに最初の悪を退治してるんですよ。『模索模索』が経営していた『ぼったくりバー』を一日で壊滅させました。僕の『あんさん』のパンチ一発で漫画みたいにクルクル回転しながら五メートルぐらいぶっ飛んでましたからね!」


「そうなんですか?すいません。もしよろしければ飯田さんのその『あんさん』のお名前を教えてもらえませんか?」


 え?うーん、言っていいのかな?と迷う飯塚。自分ですら飯田と呼ばれてるし…と思う飯塚。でも信用してもらうには正直に!心を開かないと!ぴっころさんだって、べじーたさんだって、てんしんはんさんだって最初は敵だったけど心を開いて真摯に向き合ったから味方になったじゃあないか!と思う飯塚。


「僕の『あんさん』の名前は田所って言います。田所敦です」


「田所さん…、どこかで…」


 そりゃあ有名ですよー、あの昔気質で屈強な組員たちが揃った『肉球会』の元若い衆の中でも偉い人ですもん!と思う飯塚。


「あ、田所のあんさんは結構有名人ですからね。どっかで聞いたことがあるかもです」


「いえ、そうではありません。『模索模索』の、この店の責任者の人間がその名前を最近口にしてましたので…」


 え?と思う飯塚。さすがに半グレ集団『模索模索』。情報が早耳だと思う飯塚。


「そうですか…。すでに奴らにも知られてるんですね…」


「いや、その飯田さんの『あんさん』の田所さんとは違う方のことかもしれません。そうだ。あと一人の名前も言ってました」


「覚えてますか?」


「はい。『きょうやま』って言ってました」


 マジか!?と思う飯塚。これは確実に健司のことだ!と思う飯塚。健司と田所のあんさんはすでに『模索模索』にマークされてる!と確信する飯塚。と、同時に『模索模索』上等!と思う飯塚。


「えりなさん。京山ってのは田所のあんさんの弟分です。確実に『模索模索』は僕らをマークしてます。でも大丈夫です。『模索模索』ごとき、僕と田所のあんさんで『退治』しますから!」


 一方その頃。田所は…。


「あれ!?なんで!?飯塚ちゃんの言う通りやってるのに!?切符が買えないってどういうことなんだ!?」


「お客さん。どうされました?」


「いえ。移動するのには『スイカ』が便利だと聞きまして。『スイカ』を購入したんですが使えないみたいでして」


「お客さーん。それは『スイカ』じゃなく『西瓜(すいか)』ですよー。本物の西瓜って…」


「え?」


 駅員さんの丁寧な説明でようやく電子マネー「スイカ」を購入していた。

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