圧倒的大誤算

まゆし

圧倒的大誤算

 思い起こせば、何かにつけてあいつは薄情だった。


 目の前の友人は、俺の話を聞いて椅子から転げ落ちそうな勢いで驚いた。

「え!?は!?野木、離婚したの!?」

 やっぱり、野木は言わなかったんだな。あいつの性格なら、言わないだろうとは思ってはいたが……それに気がつかないフリをして、話を続けた。


「もうかなり前やで。聞いてなかったんか?」

「聞いてねぇよ!俺、スピーチしたのによ」

「いいスピーチしてたよな、お前」

「真面目に考えたんだよ!はぁー……」


 二人の結婚式でスピーチをした友人は、あからさまにガッカリした様子だった。


 真剣に考え、野木という男を立てながら見知らぬ花嫁を誉める文章を懸命に考えて、練習して当日を迎えていたのに薄情だな……友人はそう言いたげな顔をしながらハイボールを飲んだ。


 その様子を見て、俺は彼女にメッセージを送った。


「え?伝えてなかったの?相変わらず無礼ね」


 彼女の返事はすぐに来た。眉間にシワを寄せて、呆れた表情を浮かべ、ため息をつく姿が浮かんだ。


「代わりに私が謝るわ。スピーチしてくれたのに、申し訳ない。離婚した報告もなくて、ごめんなさいねって伝えておいてくれる?」


 自分の友人でもない相手に対して謝罪の言葉を伝えて欲しいと言う。今となっては他人なんだから気にしなくてもいいのにと思いつつも、野木の至らない点をカバーする彼女は、やはり優しいし、しっかりしていると思う。


 野木は無駄にプライドが高くて手に終えないな……


 父親にわざわざ車で送り迎えさせるあたりも受け入れられない。お前の親は、召し使いかよ。一人暮らしをしている間も、週に一回は必ず親が来て掃除やらをしていたとか聞いた。結局、身の回りことができず実家に戻っていた。いい年して、一人暮らしができない男っていまだにいるんだなと呆れてしまう。

 唯一、野木と語り合えた資産運用に関する経済の現状についても、もう俺についてこれる知識がなくて、話が合わない。


 友人と分かれて、また彼女に連絡をする。今度は返事がなかなか返ってこなかった。もう23時を過ぎている。彼女は割と遅くまで起きていることも多かったが、その反面で20時に寝たり、寝る時間が不規則なようだった。


「あ、寝てた。ごめん」


 返事が来たのは、0時を過ぎていた。返事をする前に、


「でも、眠いから寝るわ。またね」


 と、メッセージが来て「おやすみ」のスタンプが表示された。


 別に今すぐ話すことでもないから、そのままスマホをベッドに放り投げた。


 あの二人とは、小学校からの付き合いだ。二人が結婚すると聞いたときは、驚いたし言葉に表せないくらい感動した。同じクラスで、集合写真くらいしか一緒に写っている写真しかないのに。

 再会してから、二人が仲良かったのも知ってるし、三人で酒を飲んでたこともしばしばあった。とはいえ、酒豪なのは彼女だけで。俺たちは、彼女に「かわいいの飲むねー」と言われながら、カシスオレンジなどジュースみたいな酒を飲んでいた。彼女は焼酎をぐいっと煽っていた。


 そんな彼女だが、俺は家庭的だと感じていた。弁当を自分で作ってるとか、色んなものを手作りするのが趣味。よく色々な写真を見せてもらった。野木を支えてくれるのは、彼女以外にいないと思っていたのに。

 彼女から離婚したと事細かに聞いたときは、感動した分、ショックも大きかった。自分のことでもないのに、不思議だ。


 今もたまに見かける野木は、かなりの確率で公園でタバコを吸いながらパソコンをいじっている。親父さんの糖尿病が悪化していると言いながら、親孝行らしき振る舞いをしている素振りすらない。パソコンはまた買い換えたのか、最新型のようだ。

 もう経済の話も株の話も、俺とは合わないから、近況報告のようなどうでもいい話をして分かれる。仕事自慢や独り身が羨ましいという持論は、聞いていて非常に退屈だった。隠してるつもりだろうが、お前が独り身なのは、とっくのとうに知ってるよ。


 俺が女だったら、こんなヤツと結婚なんかしないな。そうしてまた、彼女のことを思い出す。


 いつもそうだ。会社の同僚と飲みに行って、たまには地元の誰かと話したいなと思うと、彼女のことを誘う。急な誘いの方が好きだという彼女は、化粧もそこそこにコンタクトもせず眼鏡でふらりと出てきてくれる。


 やけに今日は彼女のことばかりが頭に浮かんで、今日話をしたからかなと自分に言い聞かせて寝ることにする。


「お前と一緒にいても、メリットないんだよね」


 突然、どこかで声が聞こえて、ガバッと飛び起きた。誰の声だ、どっちの声だ?いや、彼女の声だ。俺は、離婚したことを彼女からしか聞いていない。あの友人と同じだ。


 野木は、俺に、離婚したことを話していない。


 時計をみると、何時間も経っていない。早朝5時。また寝ようとしたが、何だか寝付けない。でも今日は土曜で休みだから、眠くなったらまた寝ればいい。


 脳内に響いた彼女の言葉は、野木が彼女に言った言葉。俺は、野木にあの言葉を言いたくなった。彼女は、あいつにもう何も言わないだろう。勝利の女神は彼女に微笑んだ。それで十分満足していたから。


 ──友人って、何なんだろうな。


 友人と思っていたのに、結婚式にも参列したのに、いつまで経っても何も言わないことに腹が立った。都合のいい時だけ友人面をして、見下されそうな事案は隠し通すスタイル。嫌になった。

 気が付いたら寝てしまっていて、起きたら昼間だった。一週間分の洗濯物や掃除をサッと済ませて、録画したドラマをいくつか見て、夜に彼女を食事に誘う。


「こないだ、変な年下男子から『ヒモにしてください!』って迫られちゃったよ、驚いたぁー」


 彼女はさらりと言ったが、俺は何だかムッとした。


「それで?どうしたわけ?」

「ん?お断りよ。手のかかる人はNG案件」

「もったいないと思わんの?」

「あはは!思わないよ!」


 彼女の回答に、胸がスッとした。

 これ以上、彼女には不幸になって欲しくなかった。不幸と決めつけるのは違うかもしれないが。


 ──俺が幸せにしてやれたらいいのに。


 俺は、自分でも驚いた。無意識に、そんな言葉が過ったことに。


「え?」


 彼女が驚いたように俺を見た。俺も驚いた。無意識に、頭に過った言葉を、口にしてしまったようだ。


 彼女は穏やかに笑った。嬉しそうだった。


 三人で酒を飲んでいた頃を思い出す。先に彼女と俺が店に着いて向かい合って座ると、遅れてきた野木は付き合ってもいないのに彼女の隣にいつも自然に座っていた。


 ずっと、それが気にくわなかった。離婚したことを知ったショックは、彼女を傷付けた怒りだった。野木という存在が、手を伸ばせば届くかもしれない彼女への道を、いつも阻んでいた。ずっと、彼女が好きだったのに。


 やっと俺の傍にいてくれるというチャンスが巡ってきたんだ。野木の大誤算のお陰で。俺も、今言葉にしてしまったことは大誤算だったが、間違いなく幸せな大誤算だ。あいつとは違う。


 ──見下される屈辱を味わいな。


 野木に、会いたくなった。言い表せない色々な感情が複雑に絡み合い、興奮で口元が歪む。

 だから、いつもあいつがいる公園に、彼女を家に送ってから向かった。


 野木は、タバコを吸いながらパソコンをいじっていた。俺に気づいて、顔をあげた。


 ──お前の、くだらない見栄をぶっ壊してやるよ。


 どんな言葉をかけようか思案したが、言葉が思い付かない。浮かぶのは、あの言葉だけだった。


 挨拶もせずに、俺はさげすんだ目を向けて誇らしげにいびつな表情を浮かべ、立ったまま野木を見下ろす。


 見下して、一言だけ告げた。


「お前と一緒にいても、メリットないんだよね」


 野木、忘れてないよな?


 お前の名言だよ。

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圧倒的大誤算 まゆし @mayu75

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