第十五話・我が家(B)

「宗助……」

 港で荷物をまとめている菊池に声をかけてきたのは天野だった。

「泰司、か」

 菊池は少しぎこちなく返事する。

 学校の襲撃から一度も二人は会話していない。シズも含めて、三人はバラバラになってしまっていた。

「あー、家の人は?」

「うちは行かないってさ。宗助やシズと仲良くするんだぞって喧しく言われたよ」

「そっか」

「……知ってたんだとさ。王都のことも、影の七星のことも。区長のこともさ。それで、自分達は残る必要があるって」

「そういうもんさ。知らなくてもいいことだったんだよ、俺達には」

「でもさ、癪だろ? そういうの。知られないようにしておいて、なにも知らない癖にってツラされるの」

「わかるけどな」

「おまえもだよ、宗助」

「俺? 俺がなんだよ」

「おまえ、動禅台にいたんだって? 敵の側で。親だけじゃない。近所のオトナもみんな知ってた」

「俺は……」

「澤本と同じなんだって?」

「……そうだよ、俺もアクセスラインの移植を受けてる。感応剤を精製できるプラントのおまけ付きでな。でも、結局、まともに機能しなかった」

「おまえ、何者なんだよ」

「一般人を対象にした開門計画次世代型試験体、だった。『キーパー』ってやつのなり損ないさ。完全な失敗作だよ。でも、澤本とも七星とも無関係だ。信じてくれ」

「…………」

「動禅台のときだって、俺は一人だって手にかけちゃいない。与えられた任務を果たすどころじゃなかった。体がメチャクチャになって、ただのた打ち回るしかなかったんだ。しかも、なにがあったか知らないけど、作戦中に味方に命を狙われた。捨てられて、死に損なっていた俺を、ここの人達は受け入れてくれたんだ」

「裏切り者」

「……そんなつもりはなかった」

「馬鹿にしてたんだな? ずっと」

「……おまえらといっしょにいれて楽しかったよ」

 耐えられなくなったのか、手早く荷物をたたみ、菊池は去ろうとする。

「泰司!」

 遠くから聞こえた声に菊池の体がびくりとした。

「あ、宗助、もう話は聞いた?」

 駆けてきたシズが息をきらせながら菊池に問いかける。

「悪いシズ、まだ言ってない」

「もう! どうせまたもったいぶってたんでしょ! 思わせぶりばっかりなんだから!」

「うっ、すまん」

 シズは興奮しているのか声が大きい。

「どういうこと? なにかあったのか?」

 菊池が状況を飲み込めないでいると、シズが早口でまくしたてた。

「ウチらもよくわかってないから確認は後でしてね? ユリア先生が教えてくれたの、あのダリア隊は信じちゃ駄目だって。ここで王都相手に戦争を起こす気だからって」

「え? ああ」

「それで……ええと……」

「宗助、俺達にはイマイチどう判断したらいいのかわからない。でも、おまえなら今の状況がわかるよな?」

「戦争というか、ダリア隊とかいうのは王都に対する敵対表明をどうどうとしてるんだよ。それに同意した人達が残ろうっていうのが今の状況だ。この港にいる人達は脱出しようってんだから、それは関係ないことのはずだ」

「そう! それでね、ここに残る人達はダリア隊にとって味方のはずでしょ!? でも、その人達をダリア隊は攻撃するつもりなんだって!」

「冗談だろ? なんの意味が?」

「望む望まないに関わらず、脱出を許可されない人達がいるらしい。なんでも、抹殺対象だとか、重要ななにかなんだとよ」

「抹殺? なぜ?」

「確認は後でしてってば!」

「なんだ!? どうすりゃいいんだ!? 俺は何をすりゃいいんだ!?」

「ヨモギもその対象に入ってるらしいの! 本部みたいなところに攫われたって!」

「そ……だけど、俺にどうしろってんだ? 知ってるだろ? 俺は戦えない!」

「知ってるよ、おまえは臆病な裏切り者だからな」

「ちょっと泰司!」

「そうだよ! 俺は最低な奴さ! 生き延びるために友達を売るような奴だよ! そんな俺になにができる!?」

「もう一人の裏切り者を起こして来い! おまえにしかできないんだよ! 俺達じゃなんにもわからねえし伝えられねぇ!」

「もう一人の? フォールのことか? ここに鉄、あ、いや……」

「鉄ヶ山さんでしょ? ウチらももう知ってるよ。フォールはこの船に強制的に乗せられてるみたいなの。厄介ばらいに」

「う……く……でもよ、鉄ヶ山さんは無理だ」

「おまえ、中和剤とかなんとかいうの、持ってるんじゃないか? 念のため持ってるって聞いたぞ」

「持ってるよ! だから、それでももう無理なんだって! 効きやしない! あの人はもう……!」

 天野が台車に乗せた馬鹿でかい荷物を菊池に押し付ける。持って行けという意味だ。

「知りゃしねえよ! はやくそれ持っていって渡せってんだ! また志乃原を、仲間を裏切るつもりなのかよ、おまえは! 俺達がガーダーどもの気を引いておくから、はやく行け!」

 菊池は言い返そうと思ったが、歯を食いしばり、荷物を押して走り出した。


***


「志乃原、起きろ。着いたぞ」

 澤本の声で目が覚める。

「ここは、牡丹……? ここ、暁町なの?」

「もう何も残ってないな。あの時のことが嘘だったみたいに、こうして、草が生い茂る野原になってる」

 ずっとこの姿であったかのような顔で、牡丹の跡地には草花が風に泳いでいる。

 草原のような景色の中を、澤本が歩いていく。

 いままで見てきた澤本虎蔵ではないかのように、澄ました表情だった。

 黒い鷲ではないのだ。細歩の、かつての七星にいた頃の澤本なのだ。

 澤本は手を少し広げ、風をめいっぱい受け止めながらその場に止まった。

 ヨモギが澤本の後を追う。澤本は動かなかった。

「この細歩こそ、俺達と同じ境遇の、真の仲間のいる、俺達の国だ。俺はここに仲間達の国をつくる。カンパニーさえも粉砕してな。玩具なぞまっぴらごめんだ」

「ずっとそんなことを?」

「カンパニーにスカウトされて知った。王制、開門計画、ラジアンテクス、マインド能力……どれもくだらない話だった!!」

 ヨモギは誰が加害者で誰が被害者なのかわからなくなっていた。

 ヨモギが憎しみの目で見ていた澤本は、いつしか一人の相対する人間に戻り、そして、澤本も、自身につながる鎖に悶えているのだと知った。

「だがな、完全能力者の力があればカンパニーと対等な交渉すら可能になる。いや、してみせる。嘉島など必要ない。俺が、俺の手で、やってみせる」

 澤本は無秩序を更なる無秩序に解放する者ではなかった。自分を解放することで精いっぱいなのだ。

「俺達は昨日を縛られ、今日を縛られ、明日を縛られている。過去も未来も、誰とも知らない者達によって塗りつぶされている。俺はそれを全てがし、洗い落とし、ここに居場所をつくる。細歩すべてが、牡丹となる!」

 澤本はヨモギを見つめる。しかし、ヨモギは首をふる。明確な拒否である。

 澤本の顔が険しくなる。

「なぜだ? 俺も、おまえも、仲間だろ? 暁町の人間だ」

「あなたは人を踏みにじりすぎた」

「馬鹿な奴。嘉島がおまえに何をするかわかっていないのか? 人間を捨てさせられるぞ」

「それでも、あなたには従えない。もちろん、嘉島って人にも」

「俺はたしかに外道だよ。理解者さえ捨てた。だがな、まともだよ。俺はよっぽどまともだ」

「いいえ、あなたは異常だよ」

「……後悔するなよ」 

 澤本は懐柔が不可能だと知ると、ヨモギの手を強く引いた。

 思い通りでなくとも、どんな道でも、澤本には澤本の思い描く未来へと進む自信があった。

 ヨモギが拒否するなら、より危ない道を進むだけだ。

 恐怖心などとうの昔に置いてきた。どんなリスクも背負う、それが澤本虎蔵だ。

「荷物は確保できたぞ。もう建物の前だ」

 澤本が通信機から嘉島に呼びかける。返ってくる声が嘉島がリラックスした様子であることを告げている。

 大きな体に少し癖のある短い髪、蓄えられた無精髭。嘉島はその外見以上に威圧感のある声を通信機の向こうであげた。

「よし、総員聞け! これより偽りのメトシェラを刈り取り、堕落したネフィリムをはらう! これは開拓であり挑戦だ! この世界に拡散した悪意のミアズマ……その正体は欲望という名のウイルスだ! ならば、我々こそがそのワクチンなのである!」

 手を叩き合わせ、嘉島が周囲の人間に言い放っている。

げん学とスノッブ、どちらがお好みだ?」

 通信機を介して、澤本が嘉島の叱咤を笑う。

「スノッブがいいね、私は俗物がいい」

 ヨモギはあの忌まわしい『城』を思い出していた。

(チホ、ごめんね)

 ヨモギがすがれる物はもうなかった。

 心は砕け、思いは断ち切られた。むせ返る血の臭いが、あの紫の花の姿をかき消してしまっていた。

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