第一話・闘士は月下に(B)
電話のコール音がして、ならず者達のリーダー格がそれに出る。
「はい? ああ、名前は
二人の少女は荷物を奪われ、そこから素性を知られてしまっていた。
「おい! 駄目だ、バレてる! 連れて来いってよぉ!」
電話を切ると、不満そうにリーダー格が声を荒げた。
今すぐどうこうされることはなくなったようだが、少女達は安堵の表情を見せなかった。その先にあるのはもっと悲惨な状況だろうからだ。
「ヨモギ……あたし、怖い……!」
チホが黒髪の少女にしがみつく。そのあまりに強い恐怖は、自分の身を案じてだけのことではなさそうである。
「わたしは大丈夫だよ、チホ。わたしは絶対にどこへも行かないから」
黒髪の少女、ヨモギの言葉はやはり強く、そして、だからこそ、この二人の間にある絆が、どこか荒々しいものに起因しているようでもあった。
「おい! おまえらアレ出しとけ!」
リーダー格は怒鳴り散らすようにしながら指示を出している。そして、自らが率先してチホとヨモギを連れにきた。
「離して!」
「うるせえな。いい所に連れてってやるってんだよ」
見れば、男達の手には凶器が握られている。
中には拳銃までもががあった。それも結構な数である。
まわしてきた車も異様なまでに精悍で、中には見たこともないようなマシンもあった。アレとはこのマシンのことだろう。
アウトローではあるだろうが、彼らはどこかアンバランスだ。規模や態度に比べて、装備が良すぎる。
極めて嫌な予感である。
この者達の裏に何かがいる。良し悪しを問わず、しっかりとしたバックグラウンドを持つ何者かだ。
「……
ヨモギが呟くと、チホもひきつったような顔を見せた。
王都とはすなわち王制のすべてを指しているのであって、端的に言えば、隔離地域の外という意味である。
そうでなければおかしいのだ。それだけの規模を感じさせる者は細歩地区には存在しないのだから。例外的には地区を治める者などもいるのだが、結局は、それらの持つ背景も、当然のように王都に由来している。
ヨモギが区ではなく王都を疑ったのは、区を収める区長が非常に評判のいい人物だったからだろう。
区政はたしかに頼りないものであったが、それでもこの細歩地区が表面上は穏やかなのは、区長のおかげもあっただろう。よい人がよい人として生きていける、せめてもの環境をつくっているのが区長なのだ。
しかし、今は、その頼りなさが、憎い。
「オラ、とっとと入れよ」
暗いとはいえ、人気のない道とはいえ、ここまで堂々と人攫いができるのは、どんな性根をした人間だろうか。
少女達の落とした花が踏みにじられ、潰れて、アスファルトに醜く広がった。
男達は少女の華奢な体を無理やりに押し曲げ、この町では不必要に綺麗な車体に呑ませる。その光景は、その車体のように、無機質でおぞましい。
車が今にも動きそうになったとき、引率する役割の、形容しがたいマシンの、そのライトの前に、異様な風体の男が――
その男は灰色の仮面を顔に被り、同じく灰色のコートの上から、プロテクターのついた帯状のもので全身を縛り上げていた。
腰からは長めの尾のようなものが棚引いており、黒いゴーグルと相まって強い警告を与えているかのようである。
仮面の中央、額に位置する部分には、わずかに青い光を湛える印。
鉄仮面の男は、しゃがむような姿勢からゆっくりと立ち上がり、そして、表情の伺えない顔を集団に向けた。
「な……こいつ、どこから!」
「上だ! 高架から飛び降りてきやがったんだ!」
「なんだこいつ! 頭おかしいのか!」
男達は口々に叫ぶ。急なことのせいもあるが、男達は麻痺していたのだ。
自分達の前に立ちはだかる人間などそうそういない。だからこそ、『敵』と相対した経験などほとんどなかった。
この鉄仮面が、彼らにとって『敵』以外の何者であるというのか。状況から考えて、この鉄仮面は確実に『敵』なのだ。
高架から飛び降りて平然と立ち上がるような身体能力を持つような『敵』。それは、つまり、相対する人間の命など容易く奪える力を持った、致命的な相手に違いないという意味だ。
「殺すぞテメェ!」
男達が言葉や態度で威嚇する。
しかし、それはあまりに悠長なことであった。彼らは手にした武器を躊躇なく使うべきだった。
それを前に、驚愕も、迷いも、恐怖も感じてはならない。ましてや与えようと思ってはならなかった。いつものように、彼らが一方的に弄んでやろうなどと思ってはいけない相手であった。
「俺達を知らねえのか! 俺達は影の……」
それを彼らが実感したのは、先導するマシンに乗る男が、おもむろに近づいた鉄仮面に殴り払われた後であった。
ガツンという衝突音が響いた。
パシンという破裂音が残った。
殴られた男は、たった一発で吹き飛び、道の端まで転がったのだ。
しんと辺りが静まり返る。
それはただ力の強さに対しての反応ではない。その場にいる全員が見てはならないものを目にしていたからだ。
鉄仮面が殴った瞬間、殴られた男の首が上下逆さまになるまで捩れていた。
どれだけ怪力であろうと、ただの力まかせでそうはならない。乱雑に殴ったのはたしかだが、鉄仮面は、まさしくそれを目的にして殴ったのだ。
つまり、そこにあったのは、明確な殺意である。
冷静に黒いグローブをはめなおしながら、鉄仮面は車に近づいてくる。そのグローブと同じぐらいに深い黒の髪が揺れていた。
「ガーディアン……?」
チホの声にわずかばかりの希望が見えていた。
ガーディアンとは、王家直属の近衛兵団のことである。そして、その団員をガーダーという。意味合いとしては守衛官に近い。
隔離地域という場所にあって、王家そのものに対する反感は意外にも少ない。これは妙なことでもなんでもなく、『高貴さ』という概念は人の本能として根強いものなのだ。
王家直属の近衛兵ガーダー。それは、最も尊ばれる秩序の維持者。最も気高く、最も清い、選ばれた戦士である。そして、謎多くもある。
ヨモギの顔にも緊張に似た気配があった。いや、男達に囲まれていたとき以上の、まさに張り詰めた表情であった。
「そうですよ! ありゃガーダーじゃないですか! なんでここに!?」
「うるせえ! かまわねえからとっとと轢き殺せ!」
半狂乱になりながらもリーダー格は指示を出す。また、電話を取り出すとどこかへかけはじめた。おそらくは、先ほどの電話相手、彼らの背後にいる者だろう。
現場を指揮しながらもすばやく指示を仰ぐ。下劣極まりない輩だが、その辺りだけは評価できる部分かもしれない。
しかし、それも甘かった。
車が前に出た瞬間、車のフロントガラスを突き破って鉄仮面の蹴りが飛び込んできたのだ。
車内に散るガラス片が、後部に座ったリーダー格のもとにまで飛んでくる。
リーダー格は、ガラス片の先に、運転席にいた男のその首だけが、蹴りによってヘッドレストごとこちらを向くのを見た。
高架の高さは家二つ分以上あるだろうか。そんな高さから飛び降りるだけの脚力での蹴りである。威力の方は現状の通り。
「きっ……!」
チホとヨモギはお互いを掴み合い、声にならない声をあげた。
「こ、の! 野郎!」
リーダー格の男が銃を放つ。すぐさま車内に火薬の臭いが広まった。
しかし、その銃口の先には鉄仮面はもういない。ガタガタと揺れる車体が、鉄仮面が車の上にいることを示していた。
「なにしてんだ! 行けよ! 外出て仕留めろ!」
リーダー格の男が天井に発砲しながら車内の男達に叫ぶ。
「チホぉ……」
「ヨモギ……」
いくら細歩地区でも銃撃戦はめったにない。
逃げ場もない少女二人に、身を寄せ合って小さくなる以外に、いったいどんな行動がとれただろう。
「……ですから! ありえないって言われても、あの仮面はガーディアンのガーダーですよ!」
リーダー格の男は、まるで八つ当たりのように電話に唾を飛ばしている。
「はい? ヤツらとは違うですって? あれが『フォール』!? ふざけんでくださいよ! あれはただの噂でしょう!」
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