第23話 ドS勇者と未亡魔人

 僕は《魂檻のギフト》の効果を解除した。


「あなたは……何者なの?」


 ヴェルマは僕を警戒するでもなく、静かに振り返る。


「へえ……特に命令はしてないけど、本当に逃げたりしないんだね」

「そうね……不思議なことに、あなたに対してどうこうしようという気は起きないわ。逃げる必要も感じない」


 《契約のギフト》で使い魔となった魔人は、僕に対して害意を抱くことはできない。

 従徒と違って自我を失うことはないようだが、ヴェルマは僕の意に反した行動を禁じられている。


「だったら僕の考えも伝わっているかもしれないけど、念のため舌に乗せよう。あなたと話がしたい」

「構わないわよ。どうやら、他にどうすることもできないようだし……」


 ヴェルマはすっかり観念した様子を見せている。

 《契約》が通った時点で……いや《魂檻》にかかった時点で、勝負がついたのだ。


「ついてきて」


 桟橋を渡って船の方に向かった。

 甲板に倒れているシアードを見下ろせる位置まで移動する。

 背後についてきている気配がまったくしなかったけど、ヴェルマはちゃんとついてきていた。


「まずはヴェルマ。復讐達成おめでとう」

「シアード……本当に死んでいるのね……」


 ヴェルマは事切れたシアードの死体を見て茫然としていた。


「あれ、シアードを殺そうと思ってたんじゃないの?」

「まさか。それだと私がグランドル殺しの犯人のままじゃない。麻痺毒で生け捕りにするつもりだったのよ」


 あー、なるほど。

 本人にみんなの前で自白させて、集団リンチにかけるつもりだったのか。

 実にいい趣味をしてらっしゃる。


「でも、これで私の名誉回復は永遠に望めなくなったわ……」


 沈痛な面持ちで涙を流すヴェルマの姿に思わずゾクゾクしてしまう。

 予期せぬご馳走に満面の笑みを浮かべながら、僕は首を横に振った。


「その心配はないよ。シアードは遺書を残してるからね」

「遺書?」

「うん、遺書。すべての罪を告白した遺書だよ。罪の意識に苛まされたんじゃなくて、恐怖に負けてギルドを捨てたって内容のね」


 何しろ、シアードは《魂檻》の代償で死ぬことが確定してたからね。

 遺書を残しておかないと、シアードの罪は闇の中に葬られちゃうし。


「なんで、あなたがそんなことを――」

「質問するのは僕の方だよ。あなたには聞きたいことが山ほどある」


 シアードの死体を挟んで、僕はヴェルマとまっすぐに向き直った。


「僕は最初、前支部長のグランドルだけが魔人……『裏切りし者』だと思ってた。ヴェルマもそのことを知らなくて、騙されてた口なんじゃないかってね。でも、ヴェルマがエルフだって話を聞いたとき、ものすごい違和感を覚えたんだ。って」

「……そんなことないわよ」

「だから僕はこう考えたんだ」


 ヴェルマの言葉を無視して、僕は自分の考えをぶつけた。


「人間とエルフが恋人同士だったんじゃない。種族の垣根を越えて愛し合ったんでもない。魔人同士、同じ存在だったから障害がなかっただけだ。違う?」

「あなたのオーラは普通の人間とはだいぶ違うのね……」


 ヴェルマは僕のことをジッと見ながら、悲しそうに目を細めた。


「魔人だって、元は人間やエルフなのよ。起源は同じだわ」

「じゃあ、教えてよ。ヴェルマとグランドル……ふたりは『魔王の声を聞いて変わる』前、エルフとエクリア人だったときから恋仲だったの?」

「その問いに答えるのは、とても難しいわね……」


 居心地が悪そうに身をよじるヴェルマの姿は、どこか煽情的な未亡人を思わせた。


「私とグランドルが逢ったのは、16年ほど前よ。その頃の私達は冒険者で、普通のエルフとエクリア人だった。あなたの言う通り、出会った頃はグランドルと恋人関係になるなんて想像もしていなかったわ」

「16年前。じゃあ……」

「ええ、そうよ。初めて『魔王』の声が響いたのは、その一年後」


 15年前。僕が生まれたのと同じ日。

 世界中のすべての者がその声を聞いた。

 声の主は『魔王』を名乗った。

 『魔王』は自分に従えとか、世界を闇に落とせだとか、そんなことは言わなかった。


 ただ一言。

 変われ、と。

 それだけ言った。


 やがて、人やエルフが変異した存在……魔人や魔物が現れるようになった。

 何人かの魔人は超常的な力をふるって、好き勝手に暴れた。

 単独で暴れていた魔人は討伐されたが、彼らのうち何人かは組織を作り、魔物を率いて魔王軍を名乗るようになった。

 魔王軍の脅威が増していくにつれ、長年にわたって続いていたクアナガルとエクリアの戦争も休戦し、今に至るというわけだ。


「魔人になった日、私とグランドルはお互いに懐いていた種族間の蔑視感情を失ったわ。気持ちに素直になれるようになった私たちは愛し合った」


 個人差はあるが、魔人化した存在は別人のような性格になる。

 特定の感情が肥大化したり、喪失したり。

 善人が悪人になったり。悪人が善人になったり。

 するのだ。


「でも、そんなの関係ない。私たちは魔人になる前からきっと愛し合っていたのよ……」


 ……だから、ヴェルマのこのセリフも只の思い込みなのだ。

 一度『変化』を受け入れてしまった者は、それまでとはまったく異質な存在になり果てる。

 ただのエルフだった頃の魂の残滓を、魔人になってからの自分と辻褄を合わせるように美化して認識しているだけ。


 魔人は『裏切りし者』と呼ばれる。

 家族を、隣人を、同族を、世界を裏切り。

 何より、自分自身の魂の在り方を裏切った者たちだ。


「はぁ……」


 ため息が漏れる。

 魔人の在り方は僕の考え方とは、これっぽっちも折り合わない。


「僕なんかに言われる筋合いはないだろうし、僕が言えた義理でもないだろうし、僕は普段こういうことを誰かに言ったりしないし、それなのになんで言いたいのか僕にもわからないけどさ……アンタ、とにかく間違ってるよ」


 強制力も何もない僕の独り言を、ヴェルマはこれっぽっちも聞いていなかった。


「グランドル……」


 僕の『使い魔』は今は亡き想い人との思い出を胸に、青い地平線の向こう側から顔を見せた朝日をまぶしそうに見つめていた。

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