第21話 ドS勇者の油断

「と、ゆーわけで。盗賊ギルド加入からたった半日だけど、影の黒幕にのし上がれたよ」

「はい……?」


 事の顛末を聞いたティーシャの目が点になった。


「いやはや、物事というのはどう転ぶかわからないもんだね」

「さ、さすがはユエル様……なのかな?」


 ティーシャが首をかしげている。

 理解が追い付いてなさそうな顔だ。


「ということは、このまま真実を抹殺してヴェルマに死んでもらった方がシアードを傀儡にして盗賊ギルドを操れるかな?」

「ユエル様がものすごく邪悪なことを考えてる……っ!」


 あわあわとティーシャが手をばたつかせた。


「い、いくらなんでもヴェルマさんがかわいそうすぎますよ!」

「冗談だよ。正直言って、支部長を操れるからって僕に旨味があるかって言われると、そうでもないし。パワハラがなくなって上司面じょうしづらされなくなるだけでも充分さ。いずれシアードには代償を払ってもらう。ヴェルマがどんな女でもね」


 ティーシャが少し呆れた顔でハァ、とため息をついた。


「今更ながらユエル様が悪人だっていう話が実感できましたよ」

「幻滅した?」

「いえ! 私を救ってくださった事実は何一つ変わりませんので、そこにどんな打算があろうとも付き従います!」


 ティーシャ、打算とか言っちゃってるし。

 まあ、僕を理解してくれつつあるようで何よりだ。


「シアードのことよりレベルだよレベル。マインドベンダーが11に上がったんだ!」

「使えるギフトが増えたのは気づいてましたけど、そんなに上がってたですか!」

「ああ、《王道殺し》の効果でギフトは共有されるんだもんな。そうなんだよ。これで《服従》は同時に3人の従徒を保持できるし、《友誼》の効果はなんと11時間継続する!」

「あ、あはは……わたしも使えるんですよね、それ。とても恐ろしい力ですし、ユエル様の指示以外で使う気にはなれませんけど……」


 頬をぽりぽり掻きながら、ティーシャは自嘲するようにつぶやく。


「ああ、そうだ。それで思い出したんだけど……ティーシャにひとつお願いがあるんだ」

「ひ、ひょっとして……ギフトを使わなくてはいけないでしょうか?」

「うん」


 僕は事もなげに頷く。

 ティーシャがぷるぷると唇を震わせたと思うと、いきなり深呼吸を始めた。


「わ、わかりました。なんなりと」


 覚悟を決めたティーシャが、真剣なまなざしで見てくる。

 そんな彼女に、僕は悪戯っぽくささやいた。


「新しく手に入った《恋慕のギフト》を僕に使ってみてくれない?」

「え……ええええええええええええええっ!!」


 《恋慕のギフト》は1日に1回まで人型生物を対象に使用できる。

 使用者に恋愛感情を抱かせる。クラスレベル1ごとに1時間、効果が持続する。


「これ、相手を惚れさせるって効果でしかなくてさ。実際に相手がどういう行動に出るのか、さっぱりわかんないんだよね。《友誼》とどう違うのかとか知りたいんだ」


 マインドベンダーには今のところ耐性ギフトがない。

 《王道殺し》で得た共犯者のギフトが使用者に通じない、という記述もない。

 つまり、僕とティーシャはお互いにギフトを使う事でいろいろ実験ができる。

 互いの了承の上でギフトを使う分には、ティーシャでも心のハードルは下がるだろうし、《恋慕》は比較的かわいい効果なんじゃないかな……と思って、実際にギフトに使うことに慣れてもらう目算だ。

 もちろん、ティーシャに言った通り《恋慕》の効果のほどがよくわからないというのも嘘じゃない。


「そ、それでしたら……ユエル様がわたしに使ってくださればよろしいのでは!?」

「あれ、ティーシャってもう僕に恋愛感情を抱いてるんじゃなかったの?」

「~~~~っっ!!!!」


 あ、ティーシャの顔が真っ赤になった。


「ごめん。今のはマジで僕が悪かった」

「ううううっ、ユエル様! そのお顔は邪悪です~~っ!!」


 ティーシャの頭をよしよし、と撫でた。


「いや、本当にごめんね。ティーシャの必死な顔を見ていたら、ついからかいたくなっちゃうんだ」

「むううう~~!」


 恥ずかしそうな顔でぽかぽかと叩いてくる。

 かわいい。


「ユエル様に恩は感じてますけど、そんなひどいことを言う人に恋なんてしませんっ!」

「じゃあ、僕が《恋慕》を使っても実験になるか。ティーシャにかけてもいい?」

「そ、それは確かにさっき言いましたけど、やっぱり困ります!」

「じゃあ、僕にかけてもらうしかないよね?」

「むぅ……わかりました。こうなったらやってやります! わたしに惚れて、どうなっちゃっても知りませんからね!!」


 もはややけくそとなったティーシャがガバッとベッドの上に立って、何やらそれっぽいポーズで僕を指差した。


「ユエル様め、わたしに惚れちゃってください! えーいっ!」


 ティーシャの瞳が赤く輝く。

 なるほど、ギフトを使うとこんなにわかりやすく目立つのか。

 これは、今後ますます気を付けなくては――?


「ど、どうでしょうか?」

「…………うーん、別に何も変わったりといったことは……ないね!」

「ええーっ!?」


 僕がウインクして見せると、ティーシャがショックを受けた。


「ううっ、確かに何か掴んだっていう手応えがあったんですけど……」

「はは、まあティーシャは初めてのギフト使用だったしね。これは明らかに《恋慕》は外れギフトだから、別のギフトを使った方がよさそうだ」

「そうですかぁ……」


 ぺたん、とベッドの上で腰を落としてアヒル座りするティーシャ。

 すっかり涙目だ。


「そんなに落ち込まないで、ティーシャ。君のおかげで素晴らしい情報がわかった。ありがとう」


 僕はティーシャのおでこにチュッとキスをした。


「ふえ……?」

「じゃあ、僕はちょっと出かけてくるから。いつもみたく留守を頼める?」

「わ、わかりました。いってらっしゃいませ……?」


 現実を認識できていなさそうなぼーっとした顔で手を振るティーシャに笑顔を返してから……僕は扉を閉めた。


 さて、と……。


「やばいやばいこれはやばいティーシャ好きティーシャ好きティーシャ好き好き愛してる大好き好き好きキスしたいチュッチュしたい押し倒したい全部手に入れたい幸せになってほしいデートに行きたいいつまでもいつまでも一緒にいたい」


 こ、これは、このギフトはマジでやばいぞ……!

 僕はギフトを使われたって自覚があるからよかったけど、こんな正体不明の感情に飲み込まれたら普通の人間じゃ正気なんて絶対に保てない!

 何が《恋慕のギフト》だよ……こんなの《狂愛のギフト》だろうがよ!


「これはっ、迂闊に使うと、大変なことになるギフトだな……!」


 きっとこれは、ティーシャをからかった天罰だ。

 部屋に戻って今すぐティーシャとイチャラブしたい衝動を抑えながら、僕はタイバーデン伯爵令嬢のもとに全力ダッシュした。


 こんなの11時間も耐えられない。

 無駄に高まる情欲を、あのショタ好き女に発散してもらわなくてはー! 

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