ドS勇者の王道殺し ~邪悪な本性はどうやら死んでも治らないみたいなので、転生先では自重しないで好きなように生きようと思います~
epina
第1話 ドS勇者の転生
突然だが、僕はもうじき死ぬ。
流行り病が重症化したのだ。
三日三晩苦しんだ挙句、誰にも看取られることなく最期を迎えるだろう。
だが、体を苛む苦痛なんて心に去来する虚しさに比べれば大したものではない。
僕の本性は救いようのない悪人である。
金がなければ盗めばいいと思っていたし、性欲を満たしたければその辺の女を襲うのも全然アリだと思っていた。
たぶんだけど、人殺しだってその気になれば眉一つ動かさずにできると思う。
まあ、どうしようもなく倫理観が欠如していたわけだ。
だけど、僕は犯罪に手を染めることなく、それなりに生きられてしまった。
残念ながら犯罪をもみ消せるようなコネはなかったし、なにより捕まったときのデメリットの方がはるかに上回っていることを子供の頃に理解できたし。
そもそも、絶対にやりたい……というわけではなかったし。別に生きるだけならやる必要がなかったのだ。
家族や友人を愛せないわけではない。
他人の痛みだってわかる。
土地を切り開いた祖先と自然の恵みに敬意を払うことの大切さも知ってる。
だけど、理解できるだけだ。
敢えて唾を吐こうとは思わないが、僕が他人に見せる敬意は見せかけのもの。
結局のところ、どんなことでも自分にどれだけメリットがあるかの天秤でしか測れない。
何故自分のような人間が生まれてきたのか、ずっと自問する人生だった。
いっそのこと、他人の考えなど一切想像できないような欠落した人間であれば気持ちよく生きられただろうに。
それにしても、実際に犯罪をやりさえしなければ僕のような人間でもまっとうに生きられてしまうというのは意外だった。
どれだけ考えても悔いしかないような人生だったけど、これといって未練もない。
願わくば、次の人生では悪いことを悪いことと思えるような、普通の人間として生まれてこれますように。
「……って思いながら死んでいったのに、なんでやねん!」
跳び起きた僕の絶叫が部屋の中に轟いた。
見知らぬ部屋……ではなかった。
見覚えのある質素な子供部屋だ。
「なんで生きているんだ僕は……いや、違う。これは転生なんだった」
よく覚えていないが、なんか神とか名乗るやつが僕を勇者として転生させるとか言ってたような気がする。
15歳までは普通に村の少年として過ごし、誕生日になったと同時に前世を思い出すだろうとかなんとか。
「なにっ!? いったいどうしたの!?」
「無事か、ユエル!!」
時刻は深夜。
いきなり叫んだ子供を心配してか慌てて部屋に入ってきたのは、ユエルの……つまり
「大丈夫だよ。父さん、母さん」
それまで僕を『ユエル』として育ててくれていた両親に微笑んでみせる。
本音を言えば余計な来世なんてものを作った二人に対して感謝の念なんて湧きようもなかったが……彼らに罪があるわけでもない。
「しかし、今の叫び声はただ事ではないぞ」
「ユエル、ちゃんと言ってちょうだい」
記憶がないとはいえ、これまでのユエルは僕だった。
悪の本性を持つ子供だから、目を離せばなにをしでかすかわからない。
両親はそのことをよくわかっているのか、かなりしつこく食い下がってきた。
「実は『完全創造主』様から啓示を受けたんだ」
神とのやりとりはおぼろげな記憶として残っている。
そのときに『こう言えば通じる』というキーワードと、証をもらった。
僕は胸をはだけさせて、両親に『ソレ』を見せる。
「な、なんてこった……!」
「嘘……っ!!」
絶句する両親。
僕の左胸には完全創造主をあらわす紋章がバッチリ刻まれていた。
そこからはスピード展開だった。
啓示の証である紋章を村長にも見せると、数日後には神殿からの使者が現れて……僕はそのまま王都へと送られることになった。
馬車に揺られながら、僕は憂鬱な気分で流れる景色を眺める。
「ハァ……つまり、死に救済はないってことだね? 結局、僕は僕として……自分として生きるしかないと、そーゆー話なわけだ」
「何か言ったかね?」
「いいえ、何でもありません。ただ、少し故郷を思っておりました」
前世でも得意技だった無害スマイルを浮かべると、使者はあっさりと騙されてウンウンと頷いた。
思わず心の中で嘆息する。
外面さえしっかりしていれば、内面など推し量りようもないのだ。
どんな世界だろうと、それは変わらないらしい。
なにはともあれ……そういうことなら、今度こそは好き放題にやらせてもらう。
別に勇者をやめて人類を裏切るとか、魔王になり替わって世界を支配するとか、そんな馬鹿なことをするつもりはない。
僕は僕の欲望をしっかりと充足させつつ、勇者としての使命は果たしてやろうではないか。
実際問題、僕は自分の可能性を解放したくてウズウズしていたのだ。
もはや死すら怖くないのだし、僕のやり方でやっていいという神様のお墨付きなのだ。
「どうしようもない悪人が世界を救ってやれるかどうか、ひとつ試してみようじゃないか……」
僕の独り言は風に流れて消えたが、この世界へ向けられた笑みはくっきりと残ったままだった。
王都までは数日、ただ馬車に揺られるだけとばかり思っていたけれど……。
どうやら、この世界は僕を退屈させる気がないらしい。
「へへっ、いい馬車じゃねーか。身ぐるみ残さず置いて行ってもらうぜぇ!」
なんと、僕を王都へ護送中の馬車が山賊に襲撃されたのだ。
「勇者様をお守りするのだー!」
とか叫んで護衛の兵士たちが奮戦するが、数に圧倒されて全員やられてしまった。
僕と使者は馬車から引きずりおろされてしまう。
「い、いったい自分たちが何をしているのかわかっているのか! 我々は王都にこちらの――」
情報漏洩しそうになった使者の首がスパッと飛んだ。
一際大柄の山賊が大剣を振るったのだ。
鮮血が周囲を染める中、僕はその光景をまじまじと観察する。
「へへっ、ふてぶてしい顔しやがって……」
「え?」
人の死を目の前で体験するのは前世を通しても初めてだけど、特にショックは受けなかった。
我ながら達観してるなぁ、などと場違いな感想を抱いていただけである。
それとも突然のことに脳が追い付いていないだけかもしれないが。
「かしら、積み荷に大したものはありゃしませんぜ!」
「チッ、そうか……まあ、このガキだけは人買いに売ればそれなりの値段になるだろうよ」
どうやら僕ことユエルを奴隷として売り飛ばすつもりらしい。
この山賊は違法な奴隷売買のルートを持っているということだ。
少しばかり興味があるな……。
「大人しく従います。どうか命ばかりは」
「ハッハァ、いい心がけだ! 俺たちも商品をキズモノにしたくはないが、変な真似をすれば、隣のあいつと同じ運命を辿ることになるからそのつもりでいろよ!」
もちろん、逆らうつもりなど毛頭ない。
勇者に選ばれたといっても現時点で僕に使える力は限られているのだ。
ひとりやふたりならともかく、十数人の山賊どもを力づくで皆殺しにして逃れる力なんてない。
使者や兵士の装備をひとつ残らずかっぱいでいく山賊どもを横目で見ながら、僕は今後の動きについて頭を働かせるのだった。
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