何処にでもいるぼくらの人生。

しのみや。

プロローグはもう既に終わっている。


なんとなく、物語を書きたくなった。

自分の気持ちを形にしたいと思った。

ずっと昔からその思いは僕の心のそこにあったのだと思う。気がついたら僕はペンを握っていた。


僕は小説が大好きだ。僕の生きていない違う世界を見ることができる、此処ではない場所に行けるから。小説の中なら僕は魔法使いにもなれるし宇宙にも天国にも行ける。本の中なら僕は自由だ。でもそれは僕の物語では無い。僕は自由だけれど、それは僕じゃない。物語はいつだって誰かの人生の話だ、その人生を僕が横から見ているだけなのだ。だからどんな物語でも僕は脇役ですらない。僕の物語なんて無い。

だから僕は僕だけの物語を書くことにした。



何処にでもいる男の話。会社勤めで休日にはテレビを見ながら淡々と日々が過ぎていたある時、運命の人と思える人と出会って、結ばれて幸せになる。けれど彼女は運悪く、交通事故によって命を落としてしまう。突然の不幸。彼女が全てだった男はどん底に落ちる。落ちて落ちて、どこまでも落ちる。

幸せを失くした男にはもう落ちるしか道が無かった。上に這い上がる元気もなかった。男は全てを諦めたのだ。


全てを捨てて、彼女に会うことにした男は最後に落ちる場所を決めた。よくある背の高い建物。下には車が行き交って、きらきらと輝いている街がある。近くには毎日通ったビルもあった。秋の夜風は肌寒くて上着が必要だったかなと男は思った。まあ、これから寒くなることは無いから大丈夫だよな。


それから男は笑って彼女との日々を思い出す。

楽しかった、幸せだった、世界の全てが綺麗に見えたあの日々。もう戻ることができないあの日々。

大好きだった、だれよりもきみをあいしてる。



ここまで書いて僕はペンを置いた。夏の終わりを知らせる風が吹いている。やっぱり上着は必要だったな。今まで書いていた紙をそのままビルの上から風に飛ばした。僕の物語が誰かの目に止まれば嬉しい。


きみにもらったペンをしっかりと握って、ビルの端に立つ。背の高いビル。下には車が走っていてきらきらと輝く街が見えた。

ああ、やっと、きみに会える。



これは僕が見ていた僕と彼女の物語。

__終演まであと一歩。



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