第123話 両親との大切な思い出

「シエラちゃん。サミュエル、食べてくれたみたいだね。さすがだよ」


 サミュエルが軟禁されている部屋から出てきた私が、イーヴォと他愛もない話をしていると、背後から龍人が話しかけてきた。

 たった今私にキスをしたばかりのイーヴォが、うしろめたさで顔を引きつらせている。


「りゅ……龍人。お疲れ様」

「なんとか食べてくれて良かったよ! もう診察は終わったの?」

「おかげさまで今終わったよ。それにしても、随分イーヴォと仲が良さそうじゃない。イーヴォ、君なにか変なことしてないよね」

「べっっ……別に何も!」


 明らかに様子が怪しいイーヴォ。何かを察して上から下まで舐め回すようにじろじろ見た龍人が、「ふーん」と面白くなさそうな顔をする。


 私は何も悪いことをしていないのに、一緒に罪悪感を感じるのはなぜだ。

 気まずい雰囲気にいたたまれなくなり、私はわざと話題を変えた。


「そ、それより龍人。サミュエルが食べたり飲んだりしなかった理由が分かったよ。食事に毒が入ってるかもって思ったみたい。だから、明日からも私がご飯を作って持って行きたいんだけど、良いかな?」


 サミュエルが心配なのもあるし、これからジュダムーア討伐に向けて少しでも外の情報を共有したい。

 そう思っての提案だったが、きっと私とサミュエルが変な計画を企てると警戒したのだろう。龍人があからあさまに嫌な顔をして硬直した。


 なんとか許可を得られないものかと、私は必死に理由を探す。


「だって、また倒れたら龍人も困るでしょ? ね?」


 ……やっぱりだめかな。


 交渉下手な私が、恐る恐る上目遣いで見上げる。

 目の前で硬直していた龍人が、やっと息を吸いこみ呼吸を再開した。そして不満の声を上げる。


「えーーーーーーっ。シエラちゃんがサミュエルにご飯を作ってあげるの? なんかサミュエルだけずるいなぁ」

「ず、ずるい?」

「だって、サミュエルのために作るなんて、あいつだけ特別な感じがするじゃない。僕もシエラちゃんが僕のために作ってくれた料理が食べたいよ。だから、僕にも作って持ってきて」


 龍人が子どものようなことを言ってふくれた。

 思っていた反応と違い、きょとんとした私にじわじわと笑いが込み上げてくる。


「あははっ! 龍人ってば、うちのローリエそっくりなこと言ってる」


 私が笑うと、龍人が子犬のようにしょんぼりした。それを見たイーヴォが、声を殺してクスクス笑う。


「もう、二人とも僕のことを笑って。気持ちのこもった料理を作ってもらったことが無いんだから、羨ましく思ったって良いでしょ。できることなら誰かに僕の代わりをやってもらって、サミュエルと立場を交換したいよ」


 料理というものはお母さんが作ってくれるもので、毎日気持ちがこもってるはずだ。

 そう思っている私は、龍人が言っている意味が分からず聞き返した。


「え? 気持ちのこもった料理って、お母さんが作ってくれてたんでしょ?」


 私の質問に、龍人が肩をすくめて答える。


「両親は二人とも僕と同じ医者でね。仕事が忙しくて、僕も芽衣紗もお手伝いさんに育てられたんだよ。だから、家族の思い出ってほぼ無いんだ。しかも、芽衣紗は女の子で可愛がられたけど、僕は小さい時から虫の死骸とかを分解して集めたりしてたから、みんなに気持ち悪がられてたし」


「気味悪がられていた」ことを自慢げに胸を張る龍人がいかにも龍人らしく、私はお腹を抱えて笑った。


「えぇぇっ、虫の死骸⁉ あははっ! そんなのが沢山あったら私もやだよ!」


 私に向かって、「だって、見えない部分の構造が気になるだろ」と言って龍人がおどける。


「それに、僕は小さい時から習い事を沢山させられていたから、レッスンで忙しかったのもあるんだ。だから、ご飯はいつもお手伝いさんが作り置きしてくれた物ばっかり」


 今現在、一日に三つか四つのレッスンを詰め込まれている私は、忙しさが少しだけ分かる気がした。「龍人も大変だったんだね」と過去の苦労を慰める。


「ちなみにレッスンって、一体何を習ってたの?」

「一番長い間やらされてたのはピアノ。あとはバイオリンと水泳、習字、英会話、そろばん、剣道、日本舞踊。シエラちゃんにはなじみのないものばかりだろうけど、全部周囲の目を気にした親のエゴさ」

「そんなにやってたの⁉」

「手前味噌だけど、かなり完璧にこなしてたと思うよ」


 私が思っていたより多い。

 そんなに詰め込まれたら、自分の時間なんて持てなかっただろう。

 四つでヒーヒー言ってる私は龍人の話にぎょっとした。


「龍人かわいそう……」

「そう言ってくれて嬉しいよ。ま、今となっては良い思い出さ」


 私が同情していると、今度はイーヴォが龍人に問いかけた。


「龍人はピアノが弾けるの? 僕、ピアノの音色が好きなんだよね。人々が歌って踊って夜を明かす、あの賑やかな感じ。このお城にもピアノがあるはずだから、今度聞かせてよ」

「イーヴォが言ってるのは酒場の音楽のことでしょ? 僕が弾くのはそう言うのとは違うんだ」


 龍人が首を横に振った。


 私はピアノなんて見たことも聞いたこともない。

 それに加え、いつも突拍子もないことばかりする龍人の別の顔に、ふつふつと興味が湧いてくる。


「どんな感じなの? 龍人のピアノ、聞いてみたい!」

「いやぁ……もう一万年も弾いてないからね。上手く弾けないんじゃないかな」


 珍しく自信なさげな龍人が、ポリポリと頭をかく。

 その様子が珍しくて、先程提案を断られた私は冗談半分に言ってみた。


「龍人なら大丈夫だよ! なんでも器用にできちゃうもん。サミュエルの差し入れを許してくれて、ピアノを聞かせてくれたら、龍人のために料理を作ってあげても良いよ」


 私の新しい提案に、龍人の瞳がわずかに泳ぐ。

 そしてちょっと考えた後、ためらいがちに言った。


「そう? ……それなら今度、久しぶりに……弾いてみよう、かな」

「ほんとっ⁉ やったぁ!」

「やだなぁ、そんなに期待しないで。でも……」


 龍人が困ったように眉毛をハの字にして笑った。


「シエラちゃんの料理は期待してるよ」

「それって……」

「サミュエルにもご飯、作ってあげて」


 目と口を大きく開いた私が、喜びに満ちた勢いで龍人に抱き着いた。


「ありがとう龍人、大好き!」


 イーヴォに「女性としての意識を持つように」と注意されたばかりの私は、以前と意識が変わっていない自分にハッとした。

 またしても迂闊な行動を取ってしまった。イーヴォが呆れた顔をしている。

 おそるおそる見上げると、消毒液の匂いがする龍人が、目をウルウルさせて顔を真っ赤にしていた。


 今の龍人だけを見ると、私とサミュエルを無理矢理閉じ込めた人とは思えない。この反応も演技なのだろうか。


 なかなか真意を掴めないまま、半分イーヴォに抱えられた龍人に付き添われ、私は自分の寝室へと向かった。そして、部屋に待機していた侍女に引き渡され、私は明日に向けて就寝の準備を始めた。

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