第122話 もう一人の戦力

「ライオット オブ ゲノムは始まってるって、どういう意味だよ」


 俺は間近で目をぎらつかせるホログラムの芽衣紗に聞き返した。

 すると、まだ若干興奮気味の芽衣紗が、人差し指で自分の頭をコツコツつついた。


「考えてみて。私たちが何を目的に革命を起こそうとしているのか」


 芽衣紗の問いかけに、俺は一番初めから順を追って思い出す。


「そもそもの始まりって、下働きのレムナントたちがジュダムーアの生前贈与のせいで減ってしまって、労働力として俺たちライオットがさらわれる危険があるからだよな。現に、孤児院が盗賊に襲われたし。シエラもそれを一番嫌がってた」


 俺が答えると、隣であぐらをかいているガイオン、椅子に座っているホログラムのアイザックも続いた。


「俺の家で話した時は、シエラがガーネットより強いせいで、命を狙われるかもしれない言ってたよな」

「それに、シエラブルーの影響を受けている私たちも危ないと言っていたはずだ」


 三人の答えに、芽衣紗が頷く。


「そう。私たちが勝利した時、その三点が解消される。でもお兄ちゃんはこの選択肢を選択しなかった。ってことは、お兄ちゃんにとってこれ以上に良い計画があるってことだよ。じゃあ反対に、シエラちゃんがジュダムーアと結婚する利点は?」


 今まで考えたこともなかった質問を投げかけられ、俺は隣に座っているガイオンと目を合わせる。


「……なんだろう」

「かわいいシエラと一緒にいれるからじゃねぇか?」

「へっ?」


 ガイオンの思いつきに、俺は間抜けな声を出した。

 見た目の可愛さで選ぶなら、わざわざシエラである必要はないからだ。


 俺の頭の中のシエラが「おかわり!」と元気よくお皿を差し出す。

 口の周りに食べかすをつけてるシエラを思い出した俺は、ついつい笑ってしまった。


「ははっ。ガーネットの中に、もっとかわいい子がいるだろ」


 冗談交じりに言う俺を、芽衣紗とアイザックがギロリと睨む。

 本気で怒ると思っていなかった俺は二人の殺気にビクッと硬直した。

 それに気づかないガイオンが、笑いながら茶化してくる。


「あ、ユーリそんなこと思ってるのか。今度シエラに言ってやろう」


 ……俺だって、シエラのことはかわいいって思ってるよ! 食べかすだらけだって、よだれをたらしてたって。


「ば、ばかいうなよ、シエラは昔から! か……かわいい……よ」


 あらためて言葉にした俺は、顔が熱くなるのを感じて下を向いた。

 芽衣紗とアイザックがそろって大きく頷いている。

 俺は、何を言わされているんだ?


「かわいいのは私も認める。でもその理論だと、ジュダムーアに寝返る理由にはならないんだよ。他には?」


 芽衣紗が話題を戻しことにホッとした俺は、「うーん」と唸ってから答えた。


「俺たちが革命を起こさなくても手っ取り早く王女様になれる」

「でも、ジュダムーアに大事にしてもらえるとは思えないぞ。あいつは自分のことしか愛してないからな」


 騎士団長として、近くでジュダムーアを見ていたガイオンが言った。

 しかし俺には今言った以外の利点が思い浮かばない。


「じゃあ、ジュダムーアと結婚する利点なんてないじゃないか」


 俺が肩を竦めると、アイザックが「あっ」と何かを思いつき、表情をこわばらせた。


「……もしかして、龍人はジュダムーアのひどい仕打ちからシエラを助けて、自分のことを好きにさせようとしてるのではないだろうか? シエラと結婚したい気持ちが本当なら、奴はそのくらいしそうだ」


 さっきまでは、龍人の「シエラを嫁にする」という言葉を信じきっていなかったが、芽衣紗の見解では龍人は本気のようだ。

 しかし、俺はシエラが龍人を好きになるとは思えない。


「シエラに限って、龍人を好きになるなんてありえないだろ」


 まさか、と思った俺の言葉に、悔しそうな芽衣紗が親指の爪を噛んだ。


「……お兄ちゃんは、相手の隙をついてその人の心を操るのが得意なの」

「え……じゃあ、本当にシエラを自分のものにするために、こんなことをしてるのか?」

「昔ならあり得ないけど、いまのお兄ちゃんなら可能性が無いとは言えない」


 芽衣紗の言葉に俺とガイオンが愕然とし、真っ青な顔のアイザックが「八つ裂きだ」と呟いた。


 確かによく考えたら、単純なシエラなら龍人のねちっこい策略にひっかかってコロッと転がってしまうかもしれない。

 すっかり騙されたシエラを想像し、俺はアイザックと同じくらい顔を青ざめた。


「でもまだ可能性ってだけ。決まった訳じゃないから。もしシエラちゃんが大切だったら、自分のためだけに危険に巻き込むとも考えにくいんだよ。お兄ちゃんは自分のことよりも興味対象を最優先させるから。本当のことはお兄ちゃんにしかわからないけど。ただ、一つだけ確かなことがある」


 確かなこと、という言葉に、すがるような気持ちで全員が芽衣紗に注目した。


「お兄ちゃんは絶対、私たちがこのまま黙っているわけないって知ってる。だから、私たちが動くことも、必ず計画の中に入ってるんだと思う。無くてはならない歯車の一つみたいに。むしろ、お兄ちゃんの挑発的な行動は、私たちの行動を促しているとも捉えられる」


 大人しくちょこんと座ってるエマの隣で、ガイオンが目を光らせた。

 芽衣紗が言葉を続ける。


「良くも悪くも、私たちの行動がお兄ちゃんの計画を完璧なものにするってこと。その計画が、本当にお兄ちゃんのための物ならぶち壊してもいいんだけど、もしシエラちゃんのために考えられた計画だったら……」

「シエラの将来がぶち壊しになるってことか」


 野生の勘が働いたガイオンの言葉に、芽衣紗が頷いた。

 そしてガイオンが頭をかきむしる。


「だぁぁっ! そんな大事なことなら、なんで俺たちに言わないんだ?」

「黙っておくことが計画に必要なのか、もしくは面白いからだよ」


 不機嫌をにじませるアイザックが、「十中八九、後者だな」と目を細め、言葉を続けた。


「どちらにしても、シエラをこのままにしておくことはできない。私たちの行動が龍人の思うつぼだとしても、望むところじゃないか。私は何が何でもシエラをジュダムーアなどと結婚させる気はない」


 語気を荒げるアイザックが、自分の太ももを握り拳で殴った。

 その横で芽衣紗が「同感」と言って目を吊り上げる。

 ガイオンも特に異論はないようだ。

 全員の意見が一致していることを感じた俺が、話を進める。


「じゃあ、これからどうするか、だな」

「もち、城に潜入っしょ」

「イオラの話じゃ、前回の潜入でユーリとアイザックの顔が完全に割れているし、城から逃亡したバーデラックの顔ももちろん知られている。入る前に見つかるか、上手く潜入できたとしてもすぐに捕まるだろうから、慎重な行動が必要だ。俺一人で行ってもいいが、ジュダムーア相手だと正直危ないかもしれない。それでもいいなら……」


 ガイオンが全てを言い終わる前に、芽衣紗が「ひっひっひ!」と怪しく笑いだした。


「そう焦らないで。私たちにはもう一人、ちょうど良い戦力がいるんだよ。それで王手をかけれるかなぁ?」


 手を揉む芽衣紗が、さも嬉しそうに歯をむき出しにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る