第110話 孤軍奮闘

 なす術が無く困り果てたユーリとガイオン。そこに、異変を察したガイオンの父が寝室を訪れ、提案を持ちかけた。


「イオラの昇進祝いをしようじゃないか」

「はぁ? 副騎士団長から騎士団長への昇進か? なんでイオラが関係あるんだよ。今はそれどころじゃないっつーの」


 しかめっ面のガイオンが父親を睨むと、父も負けじとガイオンに怒号を飛ばす。


「ばかもん! よく考えてからものを言え。イルカーダで昇進祝いと言ったら何をする」

「何って、そんなの決まってんだろ。は……」


 何かを言いかけると、ガイオンがあっと息を飲んだ。


「なんだよ、ガイオン。俺にも教えろよ」


 ユーリに呼び掛けられ、驚いたガイオンがそのままの顔で振り向いた。


「いいか、ユーリ。武力を最も尊ぶイルカーダで、昇進は他の国以上に名誉のあることなんだ。だから必ず祝うのが習わしになっている。エルディグタールではその風習は無いが、俺が騎士団長に就任した時は同じイルカーダ出身のイオラが祝ってくれた」

「それが、サミュエルとシエラを助けることになるのか?」


 お祝いをしたところで騎士団を止めることもできないし、馬車からシエラを助けることもできない。ガイオンの説明では理解しきれなかったユーリが、ポリポリ頭をかいて首を傾げた。

 それに対してガイオンは、何かを確信したように片方の口角を上げて言う。


「ああ。上手く行けばな」






 一方、大きな鳥に乗ったサミュエルは、一番最初にシジミちゃんを逃がすと、ジリジリと胸が焼ける思いをしながら、全速力で馬車を追った。


 イルカーダの国境門を通り過ぎ、上空から地上を見下ろすと、龍人の言う通りあちこちにエルディグタールの国旗と同じ臙脂色えんじいろのマントが散見している。


 ここで見つかれば面倒だ。

 サミュエルは、気づかれないよう高度を上げて飛び続けた。

 上に登るほど気温が下がり、全身に吹き付ける冷気で皮膚に痛みが走り出す。しかしサミュエルは、魔力で作った手綱をかじかむ手で握りしめ、あえてそのまま飛び続けた。

 裏切った龍人への怒り、そして警戒すべきだと分かっていたのに油断してしまった自分への怒り。血が上った頭を冷やすにはちょうど良かったからだ。


 ……あの時、俺がシエラを止めていればこんなことには。


 もし外に出ようとするシエラを止めていたとしても、龍人はあの手この手でシエラをさらったに違いない。頭ではそう思っても、サミュエルは自分のせいでシエラを危険にさらしてしまったと自責の念を抱えていた。


 一刻も早くシエラの元に行きたいと願うサミュエルは、永遠とも思える時間を飛び続け、やっと遠くに馬車を見つけた。


 馬車の周りには、馬に乗った騎士が十名ほどで隊列を組んでいる。普段は慎重なサミュエルも、今ばかりは逸る気持ちで一直線に高度を下げて行った。そして地上から50mほどまで来た時、頭上にいるサミュエルに騎士団が気が付く。


「上から何か飛んでくるぞ!」


 声が聞こえた時、サミュエルはすでに魔力を込めた剣を右手に握っていた。緑色の光をまとう刀身。それを下にいる騎士団に向かって真横に振りぬき、先制攻撃を仕掛ける。


 一回、二回、三回。

 間髪入れずに剣を振るたび、緑色の閃光が飛び出し、騎士に向かって飛んで行く。バチバチと空気を震わせる雷鳴。全員が飲み込まれるほどの巨大ないかづちが地面をえぐり、舞い上がった大地が雨となって降り注ぐ。


 シルバーと言えど、この攻撃ではひとたまりもないだろう。しかし、相手は戦闘のプロ。ただの悪党とはわけが違う。

 サミュエルが祈るような気持ちで成り行きを見守っていると、次の瞬間、三人の騎士が横並びに整列して飛び出してきた。


「くそ、やはり残ったか」


 渾身のサミュエルの攻撃を魔力で相殺し、隊列を組みなおした騎士たちは、背中に背負っていた弓矢を構えて矢を飛ばした。

 シエラの投擲とうてきと同じく、魔力が込められた矢は普通のものよりもはるかに威力がある。あまりの速さに一瞬でサミュエルに届き、頬をかすめて飛んで行った。咄嗟に身をかがめて直撃は免れたものの、サミュエルの頬からは一筋の赤い血が流れ落ちる。近距離では交わしきれないと悟ったサミュエルは、再び舞い上がって距離をとるしかなかった。


 高度を上げたサミュエルの目に飛び込んできたのは、遠くの方で舞い上がるいくつもの砂埃。全てこちらに向かってきているようだ。

 きっと、龍人が言っていた千人の騎士団が異変に気付いたのだろう。援軍が到着する前に、なんとかシエラを助けなければ。


 焦るサミュエルに、地上から騎士団の声が届く。


「攻撃開始!」


 弓矢を背中に戻した騎士たちは、いつの間にか正三角形に布陣してサミュエルを囲み、杖を構えていた。そして三方向から挟むように、燃える光の玉を飛ばした。それぞれの気の色によって朱色、黄色、藍色と色は違うがどれも大きい。当たればかなりの深手を負うことは確実だ。


 サミュエルも負けじといかづちを放ち、相殺を試みる。しかし、攻撃の勢いを弱めたものの、三つ全ての威力を殺しきるまでには至らなかった。

 一メートルまで迫った相手の攻撃。


 よけきれない。

 そう覚悟したサミュエルが目を細める。


 その時、キュルンと何かが作動する音が聞こえた。そして、どこからともなく発生した衝撃の波が、空気を震わせて広がっていき、敵の攻撃を飲み込む。

 サミュエルに届いたのは、敵の攻撃と衝撃波が起こした突風のみ。その勢いで髪が舞い上がり、体が押し返される。


 目前に迫っていた攻撃が消え去り、九死に一生を得たサミュエルは、義足を自慢する芽衣紗の言葉を思い出した。


 ————聞いて驚くなよ。この義足は敵の魔力を相殺する「電磁スペクトル高周波」搭載なんだからっ!


 これは、芽衣紗の仕業か。


 状況を理解したサミュエルがホッと息をつくのもつかの間。すぐに動き出した敵の様子に再び緊張が走り、手綱を強く握った。


「攻撃が効かない! 鳥の動きを封じろ! 壁展開!」


 リーダーらしき一人が支持を出す。すると、一人が空に向けて小さな光を放った。特にサミュエルを狙ったわけでもなく、ただ上へ上へと飛んで行く。その光が頂点に達した時、点だった光は円を描くように広がり、直径百メートルほどの半球となって薄い膜が張り巡らされていった。


「……っ、なんだこれは!」


 アイザックの姿を隠す結界とも似ているが少し違う。左右に目を向けたサミュエルは、追い込まれたことを知って嫌な汗を流した。

 壁が、徐々に狭くなっているのだ。


「そこの男。お前はもう逃げられない。今すぐ諦めて降伏しろ!」


 騎士団は、再び杖を構えてサミュエルに狙いを定めた。

 壁はすでに半分ほどの大きさにまで縮んできている。試しに魔力を飛ばしてみるが、壁に吸い込まれるだけで傷一つつけることはできない。


 ……ここまでか。


 奥歯を噛み締めたサミュエルは、指示に従ってひらりと地上に舞い降りた。


「こいつ、以前城を襲ったレムナントだ。ジュダムーア様に突き出さなくては!」


 三人の騎士は、これ以上自分達に危害が加えられないよう、サミュエルに杖を向けて攻撃の体制を取り続ける。

 サミュエルが鳥から降りると、騎士の一人が威嚇するように足元に魔力を飛ばした。地面に穴が開き、小さな小石が跳ねてサミュエルの足にぶつかる。


「大人しく手をあげて頭の後ろで組め! さもなくば殺す!」


 追い詰められてどうすることもできないサミュエルは、諦めて目を閉じた。頭の後ろで手を組もうとゆっくり手をあげていく。


 騎士たちは、レムナントにしては魔力の多すぎるサミュエルに面食らっていたが、流石に三人で囲めば敵うはずがない。制圧を確信しすると、少しだけ肩の力を抜いた。そして、サミュエルの手が肩の高さまで上がったとき、再び騎士が命令を飛ばす。


「そうだ、そのまま言うことを聞いて手を組め」


 騎士の声には、やや安堵が滲んでいる。

 その言葉を聞いたサミュエルがゆっくり目を開け、そして一言呟いた。


「爆炎」


 真横に伸ばされたサミュエルの両手から劫火が巻き起こり、壁際にいる騎士に向かって吹き付ける。球体の中はすぐに、炎で満たされていった。

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