第44話 ホテル リディクラス

  夜のダイバーシティは、お店の数だけずらりと光る看板が並び、まるで昼間のように明るかった。


「うわぁ! ぴっかぴか! 何個の灯花が使われているんだろう」

「これは灯花じゃなくてネオンって言うんだ。色とりどりの光が綺麗でしょ? 僕はこのダイバーシティをラスベガスみたいにしたくってね。結構頑張っちゃった」

「ラスベガス?」

「そう。昔あった世界最大のエンターテイメントシティさ。この辺は町のはずれだから小さいお店が多いけど、中心部に行ったらもっとすごいのがあるよ」

「へぇー、これよりもっとすごいのがあるの……」


 ……ここでも十分にすごいのに。


 私は見た事のないネオンの光に目を奪われ、キョロキョロしながら通りを進む。


 まず、最初に目に入った黒猫食堂。

「ダイバービール冷えてます」と書いている看板にはホログラムの飲み物が浮かんでおり、黄金色こがねいろの液体からぽこぽこ白い泡が噴き出している。その店内から、賑やかな声とともにジャウロンを焼いたようないい匂いがしてきたので、私の体が自然とお店に吸い寄せられていった。


「こら、シエラ。寄り道するな」

「ふ……ふぁい」


 ユーリの叱責が飛んできた。


 気持ちを持ち直したところで次に目に入ったのは、「ダイバー名所 ラーメン横丁」。それに、「突然の出費で困ったら当店に! 質屋の一揆」の文字。

 質屋の一揆から、つまようじを口にくわえた人がのれんをくぐって出て来るところだ。


 ぐるりと町を見渡すと、どこを見ても思い思いに着飾った人たちが楽しそうに笑っている。そんな町の雰囲気を見てるだけで、私もワクワクしてきた。


 町の中心に向かって歩いて行くと、龍人りゅうじんの言う通り派手なネオンと背の高い建物、そして道を歩く人も増えててきた。すれ違った人の中には、羽ばたいて飛んで行けるんじゃないかと思うくらい長いまつげの人もいた。


 でも一番印象的だったのは、竹馬の靴をはいた全身ピンクのフラミンゴみたいな人だ。ピンクの羽をフワフワ散らしながら歩いていた。しかもその羽は、地面に落ちると雪のように溶けて消えるのだ。飛んでいる羽を一つ捕まえてみると、私の手の中で跡形もなく消えてなくなる。


「わあ……」


 華やかな町と人々の雰囲気に心を躍らせていると、川のように大きい池があらわれた。

 軽快な音楽が流れてくると、池のあちこちから音に合わせて水しぶきが上がる。


「うわっはぁー! 水! 水が飛び上がってる!」

「すっげぇー!」

「うふふ! とっても楽しそうね」


 大喜びで水しぶきを見上げる私たちを見て、トワが笑った。


「こんなに喜んでもらえるなんて、頑張って噴水を作ったかいがあったよ。僕としたことが、完成まで一週間もかかったんだ」

「こんな物も一週間で作っちゃうなんて、龍人って本当に天才なんだね!」


 私の言葉に気を良くした龍人がニッコリ笑う。


「はははっ! 分かってるね。でも、これで満足したらいけないよ。僕の才能はこんなもんじゃないからね」

「おい、あんまりこいつを調子に乗せるなよ。あとで面倒になるぞ」


 サミュエルの言葉を全然気に留めていないかのように、ご機嫌の龍人が鼻歌を歌いながらどんどん進んで行った。一人だけ足取りの重いサミュエルの背中を「ほーらサミュエル、自分で歩いてちょうだい」と言いながらトワが押している。


 前を歩く三人の様子を笑いながら見ていると、誰かが私に話しかけてきた。


「そーこの君たーち」


 なんだろうと思って振り向いた先には、この世の全ての色を使ったと思わせるほどカラフルな服を着たピエロがいた。顔は、もじゃもじゃの髪の毛でおおわれていて見えない。

 そのピエロは、カイトが村の子どもたちに手品を見せた時のように、大きな動きで手を差し出した。手を見ると、鉛筆のように細い棒がつままれている。


「こーれを持つだけで今日の運勢が分かるよぅ。さあ、遠慮せーず手に取ってごらーん」


 なんだろう、と首をかしげながら私とユーリが顔を合わせた。

 好奇心に負けたユーリが、恐る恐る不思議な棒に手を伸ばす。それを、私がドキドキしながら見守る。


 一体何が起こるんだろう。


 ユーリがグッと握ると、棒の先端からパチパチっと虹色の火花が飛び散った。

 両手を広げたピエロが、大げさな身振りで話す。


「吉! ほっほっほ! お前さーん、今日は良ーいことがありそうだにぇー」

「本当か? はははっ! 良かった。なんか安心するな」


 キラキラ瞬く火花を嬉しそうに見ながら、ユーリがホッと胸をなでおろす。

 よし、次は私の番だ!


「私だって、虹色の火花を散らしちゃうもんね」


 私は意気揚々と腕まくりをして、ユーリから棒を受け取った。そして、エイッと勢いよく棒を握る。しかし、期待とはうらはらに、いつまでも火花が出てくる気配はない。

 

 あれ、もしかしてあまりいい運勢じゃないのかな。

 今日だけは吉であってほしかったのに……。


 私がしょんぼりして棒を返そうとした時だった。

 突然棒がぶるぶると大きく震えだした。

 力を入れて握らないと落としてしまいそうだ。


「うわぁぁぁ、なにこれ、どうしよう!」

「これは……」


 ピエロが息を飲んだ。

 すると、棒の先端から夜空に向けてヒュンッと光が舞い上がった。光はどんどん膨張し、町全体を覆いつくしてしまうくらい大きな花火になった。花火の光が夜空を照らしたかと思うと、少し遅れてドォォォォン! と、地面を揺らすほどのものすごい爆音が轟いた。


「うわぁっ! なにこれ⁉︎」


 周りにいる人が驚いて一斉に空を見上げた。先ほどまでにぎわっていた町中が、一瞬にして静寂へと変わる。そして花火が消えた後、人々の視線を集めたのはもちろんぎょっとしている私。ユーリも口を大きく開けて見つめている。


 気まずい静寂の後に訪れたのは、人々の盛大な歓声だった。「新しい時代の夜明けだ」「神の祝福だ」「女神の降臨だ」などと、口々に騒ぎ立てている。


 私たちが立ち止まったことに気が付いていなかったサミュエル達が、花火に驚いて振り向いた。すぐに、言葉を無くして立ち尽くしている私を見つける。


 騒ぎの現況が私たちだと分かって、サミュエルが慌てた様子で戻ってきた。

 首を横に振っている龍人の声は聞こえなかったが、口元から察するに「オゥ、ジーザス」と呟いたのだろう。


「こぉら! 目を離した隙に何騒ぎを起こしてるんだ!」


 目を三角にしているサミュエルに、頭をガシッとつかまれた。


「ご、ごめんなひゃい……まさかこんなに大きな花火になるなんて思ってなかったんだもん」


 私はいじけて下唇を突き出しながら、不思議な棒をピエロに返した。


「まあまあ、良いじゃないか。小さいころ田舎のお祭りで見た三尺玉にそっくりで懐かしかったよ。できれば、これからも一年に一回は打ち上げてほしいな」

「良いですね! 毎年恒例にしちゃいましょう!」


 優しくフォローを入れてくれた龍人が、トワとキャッキャ言いながら盛り上がりはじめた。二人に対し、渋い顔をしたサミュエルが「今はそれどころじゃないだろうが……」と苦言をもらす。





 騒ぎから抜け出した私たちが噴水を通り過ぎると、いきなり視界に建物が飛び込んできた。さっきまでは無かったのに、なぜか突然姿をあらわしたのだ。


「わわっ、なに⁉ いきなり建物が出てきた!」


 その建物は今まで見たどの建物よりも大きく、ギラギラ輝くたくさんのネオンで縁取られている。


「さあ、ここが今日の目的地。ホテル リディクラスだよ!」

「うわぁぁぁ、大きい! こんなに大きいのに、なんで遠くからは見えなかったの?」


 驚いている私とユーリに、得意げな龍人が説明を始めた。


「この町は厄介な人から見えないよう、ほとんどの建物にステルス効果をかけているんだ。んー、要は建物を透明にしちゃうって感じかな? 見えないように、周りの景色に溶け込ませるのさ。半径30m以内に入らないと本当の姿は見えないんだよ」

「ほへぇー、良く分からないけどすごいね」


 分からないところを受け流し、私とユーリは首が折れそうなくらい上を見上げた。

 何千人も入れそうな建物だけど、今日は一体何人が集まるのだろう。


「お前ら、浮かれてないでそろそろ気持ちを引き締めろよ。これから敵の大将がお出ましになるんだからな。失敗すればすぐに首が飛ぶぞ」

「うげっ! マジかよ」

「特にユーリ。俺たちが酔っぱらいの相手をしている間、シエラの側にいられるのはお前だけだからな。しっかりしろよ」


 サミュエルの忠告を受けたユーリの顔が、一瞬でキリっと引き締まる。


「うん。わかった!」


 返事を聞いたサミュエルが、一度うなづいてからユーリの頭をポンと叩いた。

 そして、ニヤリと笑う龍人が口を開く。


「今日お出ましになる大将は、エルディグタール始まって以来の大豪傑だいごうけつらしいからね。僕もワクワクしちゃうよ。どんな人だろう。クックック」

「楽しみですね! 龍人様!」

「お前ら、少しはまじめにやれよ……」

 

 いつも通り心配性のサミュエルが眉間に皺を寄せて、ウキウキしている龍人たちを睨む。

 

「大丈夫だよ、サミュエル。さっきの花火すごく大きかったし、きっと今日の私は大大吉のはず!」

「だといいがな」

「さあみんな、覚悟はいいかい? いざ、参らん!」


 気合いが入った龍人の掛け声を合図に、私たちは光り輝く扉をくぐっていった。





 同じ時、ひときわ大きい筋肉質の馬に乗った男が、百人の荒くれ者を引き連れてダイバーシティを目指していた。自ら先頭を切るその男が、金髪のたてがみをなびかせ夜の森の中を稲妻のように走る。


「がははは! ここに来るのも久しぶりだなぁ。ダイバーシティ」


 またがっている馬と同じくらい体を鍛え上げた男は、エルディグタールの現騎士団長ガイオン。

 世界一の大豪傑と呼ばれる男が今、シエラ達と運命を交えようとしていた。

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