第16話 サプライズプレゼント

「ユーリ、トワ、お疲れ様!」


 わたしは、さっき収穫したクロムオレンジの果汁入り天然水を二人に差し出した。

 頑張って訓練をしてるユーリのために、空中散歩の後に作ったのだ。



 数分前のこと。

 小屋に帰ってきたわたしは、近くの湧き水の場所を聞いて冷たい水をポットに採ってきた。


 そして、鼻歌交じりにクロムオレンジを包丁で半分にカットし、ギュッと両手で握って果汁を絞った。今まで気がつかなかったが、力を入れるときは無意識に魔力を流していたようだ。魔力の流れに気がついた今は、手に魔力が集中して指から出て行くのが良く分かる。

 えいっと力を込めると、プチプチと果肉が弾けて果汁がしたたり、クロムオレンジの良い香りが辺りに広がった。


「魔力って便利!」


 上手く果汁が絞れたので、スプーンで混ぜて少量だけコップに移して味見してみた。しかし、昨日サミュエルからもらって飲んだものと少し味が違う。


 ……なんか味がボヤッとしてる。なんでだろう。


 私はペロッと唇を舐めながらコップの水を睨んだ。


「ねぇ、サミュエル。これ昨日のやつと味が違うんだけど」


 サミュエルも味見した。

 一瞬上を見て考え、すぐに原因を突き止める。


「あぁ、昨日のは隠し味に塩を入れてるんだ。そうしないと味がしまらないからな」


 そう言って塩の瓶をくれた。


「入れすぎるなよ」


 わたしは塩の瓶を受け取り、小さじ一杯の塩をコップに入れてみた。スプーンでぐるぐる混ぜ、もう一度味見をする。


「ぐぇぇ、しょっぱい」


 思っていた味と全然ちがう。

 言われた通り入れすぎに注意したつもりなのに、塩辛くて苦悶した。


「言ったそばから入れすぎだ、バカ。分かるか分からないかくらいで良いんだ」


 シチューの材料を切っているサミュエルが呆れた顔をしている。

 それを早く言って欲しい。サミュエルはちょいちょい言葉が足りないのだ。

 わたしは、「バカって言う方がバカなんですー」と小声で返し、今度は味見をしながら慎重にほんのちょっとづつ塩を混ぜた。


 ……だいぶ良いんじゃないかな?


 サミュエルに合格をもらったわたしは、ポットとコップをおぼんに乗せ、こぼさないように気をつけながらユーリとトワの元へ向かった。





「お、シエラ! サンキュー!」

「シエラちゃん、ありがとう。元気そうで良かったわ。さっきは変なこと言ってごめんね?」


 トワがわたしの前で身をかがめ、目線を合わせて申し訳なさそうに言った。

 その横でユーリが「美味い!」と言って、キンキンに冷たい天然水を飲み干す。


「全然大丈夫! わたしこそ驚かせてごめんなさい」

「ねぇ、もし嫌じゃなかったらお詫びに何かあげたいんだけど、何かない?」

「ふぇっ! お詫びだなんて……」


 トワの申し出にどうしようか迷った結果、一つお願いしたいことが見つかってポンと手を打った。


「……あ、そうだ。教えて欲しいことがあるの!」

「私が知ってることなら良いわよ」


 そんなので良いの? と、トワが首を傾げた。


「実は昨日、サミュエルに人質救出の協力をお願いしたら『俺になんの得があるんだ』って言われたの。だから、何が望みなのかユーリが聞いたんだけど、今度は『望みなんて持ったことがない』って言われちゃったの。付き合いの長いトワなら、何かサミュエルが欲しいものを知ってるんじゃないのかなって思って」


 わたしの言葉に驚いた顔をしたトワが、今度は楽しそうに目を細める。


「うふふふ! サミュエルらしいわね。確かにサミュエルなら欲しいものは全部自分で手に入れちゃうものねー。んー、そうだなぁ。例えば、シエラちゃんがお嫁さんになるとかはどう?」

「ヘッ! 嫁⁉︎」


 ……何を言い出すの⁉︎

 昨日会ったばかりの謎の人の所へお嫁に行くなんて


「無理無理無理!」


 わたしはすぐに却下した。

 それに、サミュエルはきっとお嫁さんが欲しいとは思ってない。わたしよりリスの方が合ってると思う。


 トワが「悪くないと思うんだけどなー」と言いつつ、顎に指をあててしばらく考えた。


「じゃあ、そうね。動物へのプレゼントはどう?」

「動物?」

「そう。サミュエルって、人よりも動物の方が好きだから、そっちの方が喜ぶかもしれないわ」

「なるほど!」


 ……その発想はなかった!


 三人で相談した結果サミュエルへのプレゼントは白い小鳥のシジミちゃんの餌台に決定した。

 トワが、「そんなことしなくても私がサミュエルを勧誘してあげようか」と提案してくれたが、わたしは人質救出の勧誘ではなく何かお礼がしたかっただけなので、丁重にお断りした。それに、強力な助っ人としてトワがいてくれるから、本人が望んでないのに無理強むりじいする気もない。もちろん、一人でも協力者は多い方が良いので、手伝ってくれるにこしたことはないのだが。


 このあと、今日の訓練の合格試験として、餌台に使う木材はユーリが剣で切り出してくれることになった。




「じゃあユーリ君。まずこの木を切り倒しましょうか」


 トワが指定した木は、腕を回せばなんとか届くくらいの太さの木だった。結構太い。


 木に向かって姿勢を正したユーリが、真剣な顔で脱力した。カチャリと刀を握りなおして集中を始める。昨日とはまるで別人のようだ。


 ……ちょっと、ユーリかっこいい!


 邪魔にならないよう、少し離れたところからユーリを見守った。

 ユーリがキッと視線を尖らせ、地面を蹴って勢いよく踏み出す。

 

「はぁっ!」

 

 木の根元に向かって、閃光が走ったかの様に一筋の光りが走った。貫通まであとちょっとという所で剣が止まりかけ、ユーリが踏ん張る。


「ぐわぁあっ!」


 ユーリが剣を振り抜き、木がゆっくりと倒れていった。ドドーンと大きな地響きが轟くと、足の裏から地面の震えがビリビリ伝わってくる。


「あー、最後ちょっと力んじゃったなぁー」

「ユーリかっこいい!」

「初めてにしてはなかなか良かったわよ。支点の足の体重移動が少しだけズレてたから、腰を回転させる時に力が逃げたのよ。そこを直せば上手くいくわ。はい、次はこの木を三等分にしてー!」


 トワの指導を受けながら、ユーリが次々と木材を切り出してくれた。

 わたしも一度やらせてもらったが、刃が三センチくらい食い込んだだけで全く切れなかった。それに、木に当たった時の衝撃で手が痺れた。わたしには無理。

 ちょっと習っただけで木を倒せちゃうなんて、ユーリの上達ぶりには目を見張る。


 トワとユーリのおかげで、あっという間に必要な木材の調達ができた。あとは組み立てて行くだけだ。ユーリにねぎらいの言葉をかけて休んでもらい、その横で私は餌台を組み立てていく。




「それで、シエラちゃんはどんな餌台を作るの?」

「えっとね、お城みたいなやつ! 三階建てにして、餌はここに置いてこっちに休むところも作るの!」


 借りてきた工具を広げ、地面に設計図を書きながら説明した。

 餌を食べるだけじゃなく、雨風をしのいだり休憩できるところも作るのだ。


「ふーん、サミュエルの家より豪邸ね」

「うん! この小屋よりずっとすごいやつにするつもり!」

「俺がなんだって?」


 低い声にドキッとして飛び上がる。

 料理を作り終えたらしいサミュエルがこっちに歩いてきた。


「わ! サミュエルはこっちに来ちゃダメ!」


 わたしは手をバタバタさせて図面を隠した。

 内緒で作ってびっくりさせたいのだ。サプライズプレゼントだ。

 サミュエルは怪訝な顔をしたが、特に興味がなさそうですぐに背を向けた。


「そろそろ飯にするぞ」

「はーい! もう少ししたら行くー!」


 三人の元気な返事が響いた。

 わたしは今日のうちにちょっとでも組み立てておきたいので少し遅れることにして、トワだけがサミュエルについて行った。


 と言っても、どこから手をつければ良いんだろう。とりあえず、屋根だろうか。

 わたしは手始めに、三角になるよう板を組み合わせた。それに釘を打とうとするが、板がズレてなかなか上手くできない。


「うわ、思ったより難しい……」

「ははっ! 見てられないな、俺が押さえてるからシエラは釘を打てよ」


 結局ユーリが手伝ってくれた。

 途中、トンカチで指を打ってしまったが、いびつながらなんとか屋根と柱をくっつけた。こんなに手こずるなんて、果たしてこれは完成するのだろうか。日が暮れ始めたころ、ちょっとだけ途方に暮れた。


「こりゃ、お城は無理だね」

「だな。とりあえずここまでにして飯食いに行こうぜ」


 とりあえず、不格好ながらも作業がひと段落したので、デコボコした餌台もどきを置いて夕食を食べに向かった。

 メニューは、今日もわたしの大好きなジャウロンを使ったシチューだった。

 

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