ポップコーン・シンドローム

ガミル

第1話 ポップコーン・シンドローム 其の①

――立花雪奈は夢を見ていた。ひどく昔の頃の夢だ。何処だろうか?

 うす暗い場内に巨大な銀幕スクリーンが映える。雪奈は直ぐに思い出す。

 (そうだ……ここは映画館だ。)

 鑑賞席の数に反して客はあまり多くない。おそらく10人くらいだろうか?席の埋まり具合もまばらで、少女の両隣に両親が座っていなかったら、きっと不安と心細さで泣き出していたことだろう。

 雪奈はなんとなく気になって、ふと、母の方に視線を移す。すると母が口に運んでいる白くふわふわした物体に目が釘付けになった。

 (なんなのだ、あの雲みたいな白いふわふわは!?)

 そんな雪奈の様子を察してか、母はそれが入った容器を彼女に手渡す。

 雪奈は好奇心を露わにした目でその小さな口へとそれを放り込んだ。

 瞬間、彼女の世界は激変した。――不思議な触感だった。ふわふわでサクサク。その香ばしい匂いは食欲を掻き立て、気が付けば雪奈は母から持らったそれを物凄い勢いで平らげていった。

 だからだろうか。雪奈は映画の内容は正直覚えていない。それほど彼女の心はそのふわふわした真っ白い物の虜になっていた。それが彼女とポップコーンとの記念すべきファーストコンタクトだった。




 『おい雪奈、そろそろ起きねぇと学校遅刻するぞ。おーい、雪奈聞こえねぇのか?』

 

 (ん?今なんか聞こえた気がするが。まあいい。さぁて、最後の一つを頂くとしますかな、あーん……)


――ガリっ――それはなんとも言えぬ歪な音を奏でた。


「あーむ。うむなんという歯ごたえ……」


「うがあぁぁ!オ、オレの腕がぁぁ!!」


 耳元で大きな悲鳴を聞いた雪奈は、その瞳孔を瞬時に見開く。この何処か聞きなれた悲鳴は幼馴染の智志に違いない。一体何があったというのだ?と右隣で蹲る智志を発見した雪奈は、その右腕に刻まれた凄惨な傷跡を発見する。


「どうしたのだ智志!一体誰にやられた!賊か?賊が現れたのか?」


 雪奈の質問に智志は首を左右に振る。そして虚ろな目をしたかと思えば、雪奈の後ろを指さし始めた。


「――智志よ。その指は一体何なのだ。私の後ろに何かいるのか?やめてほしい!私は魑魅魍魎の類が苦手なのだ。病原菌ならいざ知れず、怪異ほらぁに耐性はないのだ。いくら可愛いからってあまり幼馴染をからかうものではないぞ?」


 「はぁ?何言ってるんだよ。お前が言ったんだろ。誰にやられたか教えろって。だから指さしてんじゃん」


 「いやほら、私の後ろには何もいないではないか。――まさかお前……この世ならざるモノが見えるというのか……ごくり」


 雪奈は背後を一瞥すると、青ざめた顔で目の前の幼馴染に目を向ける。


 「いやいや、いつまで寝ぼけてるつもりだよ。言っとくけどな、この傷は寝ぼけたお前に噛まれてできたんだぞ。……あとさぁ、夢の中でも『アレ』を食べてるとか、どんだけ食意地張ってるんですかねぇ」


 「馬鹿な。私がそんな阿呆なことするわけなかろう。それに君は私の後ろを指さしていたではないか。後な私は断じて食い意地張り過ぎ女ではないぞ」


 

 智志は、こればっかりは聞き捨てならんと憤慨している雪奈をちらりと見ると、深い溜息を一つ零し質問を投げかけてきた。


 「あのさぁ、雪奈。この指――何本に見える?」


 「……はぁ。智志よ、あまり私を馬鹿にするものではないぞ。どう見ても三本ではないか」


 「一本だよっ!天然なお前に一つ教えてやる。眼鏡、頭にかけたままなんだよ。そりゃそうなるわ」


「はっはっは。道理で先ほどから視界がゆらゆら歪むわけだ。……はぁ。これでは完全に食い意地張り過ぎ女ではないか!なんて恥ずかしい。あー穴があったら入りたいという言葉はきっとこの様な状況を指すのだろうな。何処かにないものか――穴」


 「……つかおい!もうこんな時間じゃないかよ!学校遅れるって!オレは下で朝食の準備しておくからお前はとっとと着替えろ」


 雪奈が項垂れているのを尻目に智志は早口でそれだけ言うと、そそくさと一階の台所へと走っていった。心を切り替えねば。長い連休が終わり、今日から学校が始まるのだから。そんなことを考えながら雪奈はそそくさと朝仕度を始める。


「あーあ。あいつも黙ってれば可愛いんだけどな。菓子バカでさえなければなぁ。……まぁだから競争率が下がってオレは助かってるんだけど――」


 階段を下りながら智志が何やらぶつくさ言っていたが、就学の準備に意識を全集中していた雪奈にその声は届きはしなかった。


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ポップコーン・シンドローム ガミル @gami-syo

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