赤い暴鬼と黄色い狂鬼

番外編 赤い暴鬼と黄色い狂鬼 い

 貧魂街ひんこんがいの二大勢力――赤い暴鬼ぼうきと黄色い狂鬼きょうき


 最強と称される蒼銀そうぎんの鬼と彼と並び立つ虎のような鬼には及ばぬものの、この二匹の知名度は非常に高く、街の外まで噂が広まっていた。

 しかし、それが正しい形で伝わっているかと言えば、必ずしもそうではない。

 市井しせいに流れている赤い暴鬼と黄色い狂鬼の噂は、おおよそ以下のようなものだ。

 いわく、赤い暴鬼は圧倒的な力で敵をねじ伏せ貧魂街の東半分を制圧した。

 曰く、黄色い狂鬼は絶対的な策で味方を増やし貧魂街の西半分を支配した。

 そして、二匹は日夜、互いの縄張りを取り合い激しい抗争を繰り広げている――と。

 赤い暴鬼についてはそれでいいかもしれない。

 もとより、周囲の意見に振り回される性質たちではない彼は、何と言われたところで言わせておくだけだろう。

 ただ、黄色い狂鬼がこれを知ったとなれば、大いに異を唱えることは間違いない。

 彼女はきっと、頬を膨らませながら、こう言うだろう。


            ◆


「ふざけないでよ。私のことを何だと思ってるわけ!?」


 小さな来客からの問いに、彼――赤い暴鬼こと牟鬼ぼうき鬱陶うっとうしそうに答えた。

 身の丈は十尺近くある大男。

 血のように赤い肌を惜しげもなくさらしていて、腰巻だけの格好。

 金色の髪の中央から出ている一本角が、真っ直ぐに天を突いている。


「面倒臭い奴じゃなと、今言った通りじゃ」

「面倒臭いって何よ。私は好き好んであなたに会いに来ているわけじゃないんだから。勘違いしないでよね」


 彼女――黄色い狂鬼こと凶鬼きょうきは顔をぷいっと横に逸らす。

 五尺にも満たない小柄な女の子。

 菊の花のように黄色い肌は、やはり露出されている。彼女の場合は着物の各所にほころびがあるためだ。

 日本刀のように切れ味鋭い眼光。

 のこぎりの刃のように刻みの入った黒髪。

 左側に寄せて束ねられたそれは、あたかも鎌のように曲を描き、右側からは槍のごとき一本角が斜め向きに飛び出していた。

 可愛らしい外見と裏腹に、触れれば即座に切り刻まれてしまいそうな雰囲気を少女はまとっている。


「私が用があるのは、あくまであなたの持っている『それ』なんだから」


 びしっと凶鬼が指差した先にあるのは、牟鬼が担いでいる金棒である。

 己の身の丈よりはるかに大きいだろうその金棒を、凶鬼は欲しているのだ。

 対して、牟鬼も凶鬼の持っている大鉾おおほこを空いている手で指差した。


「貴様にはそれがあるじゃろうが」

「この子はこの子で大事だけど、私が今欲しいのはそれなの。だから、よこしなさい」

「………………」


 凶鬼が唱える三段でさえない二段論法に、牟鬼は呆れて同じ言葉を再び漏らす。


「面倒臭い奴じゃな……」 

「あっ、また言ったわね」

「何度言っても言い足りん。そして、これも何度も言うがこいつは渡せん。欲しければ力尽くで奪え」


 牟鬼の言葉に、凶鬼は待っていたとばかりにぺろりと唇を舐める。


「ふん、見てなさいよ。今日こそあなたをぎゃふんと言わせてあげるんだから」

「百万歩譲って仮に俺様が負けたとしても、それを言わせるのだけは絶対に無理じゃ」


 牟鬼は下ろしていた腰を上げて金棒を構えた。

 何だかんだ言いつつも、凶鬼との闘いを楽しみにしているのは牟鬼も同じだった。

 二匹は我先にと相手の胸元に飛び込む。

 金棒と大鉾がぶつかり合う音は、それから一番鳥が鳴くまで続いた。


「今日はこのくらいで勘弁してあげる。おやすみなさい! じゃない、覚えてなさい!」

「いちいち吐く言葉が小者臭い奴じゃ」

  

 昇りかけた太陽に背を向け西へと走り去る凶鬼を見て、牟鬼は思わず嘆息した。

 その息には、疲れの他にもかすかばかりの寂しさが混じっていた。

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