02.別ルート



賢者の家に住むようになって一ヶ月が経った。

最初、賢者は宣言通り、会話のリハビリから取りかかった。ICレコーダーのようなアイテムを使って録音した俺たちの会話を聞かされたのは拷問でしかなかった。こんなにもごもごと早口で自分が喋っていたのかと思い知らされ、自分の声の聞き取りづらさに消えてしまいたくなった。


「使わなければ、忘れるものです。眼が退化した深海魚と一緒ですね」


わざわざ図鑑の絵を見せてくるあたり、フォローなのか追い打ちなのかどちらだろう。

その後、すぐに人里におりるか、と訊かれたが、もちろん俺の答えはNOだった。

そんな訳でこの世界での家事を覚えるため、薪割りからしている。今は筋肉のある身体だから、やり方を教えてもらえればできた。しかし、慣れた賢者の方が速いのが悔しいから、目下の目標は賢者より早くなることだ。

目標はあれど、単調な作業は退屈だ。何故こんな疲れることをしないといけないのか。

ふと斧を持つ手を下ろして、薪を置いた切り株から数歩離れる。そして、空いている一方の手を薪の方に翳してみた。


「ぼっちになりたいんですか?」


うぐ、とダメージのある言葉が降って、俺は呻く。渋々、腕を下ろした。


「もちろん何もなくなりそのまま餓死するので、数日で孤独死ができますよ」


「絶対使いません!」


にっこりと笑顔でえぐい補足をしてくる賢者に、俺は魔法を使わない宣言をする。想像するだけでぞっとする。なんだ、その地獄絵図。


「他の特典にすればよかった……」


暴発確定で使えないなら、ちゃんと使える女神特典を願えばよかったと後悔する。俺の呟きを聞いて、賢者はこてりと首を傾げた。


「例えば?」


「女にモテるとか」


「チャーム系の方は、早々に腹上死か自殺されますね。R指定恋愛ゲームのバッドエンドがお望みですか?」


万人受けも困りものですね、と言う賢者は笑顔だ。


「……不老不死」


「人体実験や異端狩りの拷問でも死ねないので、魔王化してよく封印されています」


「そんな簡単に?」


「死ぬ気になっても死ねないんですから、どうとでもなりますよ」


あっけらかんと賢者は笑った。長い時間があるから討伐対象になるほどの脅威にもなれるという。この世界の歴代の魔王は基本転生者らしい。


「全部駄目じゃん」


「女神は厨二病の方を対象にされるので、扱えない力を望まれるんですよね」


女神特典を断る人間がいないから詰む。

何故コミュ力を望まないのか、賢者は不思議がった。


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