第5章 勇者アルスト ~後編~
第1話 鏖戦
―王国歴前2年3月某日―
『キャゥウウウッ!!』
『ギャッ!』
飛び掛かって来た魔狼2匹を斬り捨てたアルストは、現イヴァリアの東側にあり、南北に長く広がっている魔物の森の北部にいた。
吐き出す白い息はすぐさま後方に流れ、足首が埋まるほど積もった雪を弾きながら乱雑に並び立つ樹々の間を走り抜けていた。
「む!?」
そんな中、樹々の隙間から黒いローブに身を包んだ魔族の姿を見つけたアルストは、剣を下段に構え魔族の男との間に邪魔になる樹木が無い位置を見つけると、真っ直ぐその魔族に向かって駆け出した。
「水の精霊よ・・・我に力を。」
『
しかし、魔族の男も当然アルストを狙っていたため、杖を突き出し馬鹿正直に向かって来るアルストに魔法を放った・・・・・が、
「ぬぉおおおおおお!!」
金色の髪を靡かせたアルストは、白く光り輝く剣を振り下ろし迫り来る水の壁を斬り裂いた。
「!?!?・・・チッ!」
フードから飛び出す鋭い二本の角を持った魔族の男は、自身の魔法を斬り裂かれた事に舌打ちするとローブを翻しながら踵を返し森の奥へと走り出した。
「逃がさん!」
剣に着いた水滴を振るい落し、顔を上げたアルストはすぐさま後退していく魔族の男を追いかけた。しかし、剣を片手に樹々の間をすり抜けながら必死に追いかけるアルストだったが、森を走り慣れている様子の魔族の男にその距離を徐々に離されていく。
「くっ・・・!!
遠ざかる魔族の背中に焦ったアルストは身体強化のスキルを発動するが、ドンッ!!と強く踏み込んだ右足は雪の下に埋もれていた腐りかけの木の葉に足を取られてしまった。
「くそっ!!」
ズルッ!!と後方に足を滑らせ顔を顰めたアルストは、剣を持っている右手を地面に着け崩してしまった体勢を立て直そうとする・・・が、
『グァルルルルルルル!!!!』
「うっ!?!?」
その隙を逃さんと右方の樹々の間から魔狼が鋭い牙を剥いて襲い掛かってきた。
「ぬぅううううううううううう!!!」
『グァウッ!!!』
咄嗟に魔狼の首根っこを掴み、鋭い牙から逃れたアルストだったが、体勢を崩したままのアルストは魔狼の飛び込んで来た勢いを殺し切れず魔狼と共に雪面を転がり合った。
『ガアアアアアアアアアア!!!キィヒィッツ!?』
転がり合った末にマウントを取ったのは魔狼の方であったが、身体強化を使っていたアルストは噛み付かんとする魔狼の鼻先を左手で押さえると、力任せにその首を真逆に回し息の根を止めた。
「っ・・!?」
しかし、息つく間もない。
「死ねぇえええええええええ!!!!」
クタッ・・となった魔狼の後方に剣を掲げて走って来る魔族の姿があった。
「ぁぁぁああっ!!!!」
アルストは身を屈めて魔狼の胸部に両足裏を当てると、向かって来る魔族の方へ蹴り飛ばした。さらにその反動を利用してでんぐり返って立ち上がる。
「うぉ!?・・・・くそ!!」
虚を突かるも魔族は両手持ちの剣の柄頭で吹き飛んできた魔狼を叩き落とすが、その隙に魔狼に襲われた時に落とした剣を拾いに走り出したアルストへ怒声を上げた。
「うらぁあああああああああああ!!!」
そして、四つん這いになり雪の中に落ちた剣を探すアルストに追い着いた魔族が、走って来た勢いそのままに剣を振り下ろす・・・・が、アルストの方が早かった。
雪の中に埋もれた剣を見つけ、一瞬早く魔族の胸部を貫いた。
「うぐぅうううっ!!!」
「っっ!?」
突いた勢いと同じくらいの早さで魔族から剣を引き抜いたアルストは、雪面に映った歪な二本角の影に気づくと身を屈めて背後からの斬撃を躱した。
「あ・・。」
剣を振りぬいた鹿のような角を生やした魔族の男は、アルストではなく同胞の首を刎ね飛ばしてしまったことに間抜けな声を上げた。しかし、その間は命取りだった。
左足をつま先立ちにし、屈んだ姿勢のまま体を回転させたアルストは鹿角の魔族の両膝頭を斬り裂いた。
「あがっ!!!・・・・わっ!!まっ・・ふぐぅうううう・・・・・・・」
膝から下を失った魔族の男は背中から雪面に倒れると、馬乗りになってきたアルストに声を上げようとするもあっけなく逆手にした剣先を心臓に落とされ絶命した。
「ふぅううううう・・・・。」
鹿角の魔族から剣を引き抜いたアルストは天を仰いだ。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・ん・・・。」
ここでようやく一息をつく事が出来たアルストは、両膝に手を当て呼吸を整えると少量の雪をすくい上げ口に含んだ。
「はぁ・・ふぅ・・・!?・・・なんだありゃ?」
一息つき終え顔を上げたアルストは、少し先で額の中央に一本角を生やした平たい顔の巨躯な男が、その体に似つかわしくない大きい斧を引きずりながら歩いている姿に眉を顰めた。雪面から顔を出した樹々の根に構わず斧を引きづっているため、斧は奇妙なリズムでバウンドを繰り返している。
「・・・・。」
自分に気づかず去っていくだろうか・・・・アルストはそう思いながら息を潜めていたが、魔族の男は急に足を止めて辺りを見渡し始めた。
「そうだよな・・。」
一度首を右に回し・・・そして左に回した魔族の男と目が合ってしまったアルストがため息を吐いて剣を構えると・・・
「むぅぅぅぅうううううううううううううう!!!!」
アルストの存在に気づいた魔族の男は、激しく雪をまき散らしながら野太い唸り声を上げて向かって来た。しかしアルストはその姿に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「あぁあ・・自分の得物に遊ばれているじゃないか・・・。」
それは徐々に加速する魔族の男が、引きずっている大きな斧が樹の根に当たって大きく跳ね上がる度に、左右に並ぶ樹木に腕を打ち付けていたからだった。
『
が、アルストの笑みは倍以上の大きさに変化した男の姿に歪んだものに変わった。
「そう来たか!!!」
巨人化した魔族の男がそれまで弄ばれていた大きな斧を軽々と振り下ろした。
「うっ!!!!」
ズドォオオオオオオオオオオオオオ!!!!
迫りくる斧を横転して躱したアルストだったが、巨人化した魔族の一撃に目を大きく開き驚いた。
「凄いな・・・。」
「むぅ??・・む!むぅうううううううう!!!!」
斧の先にアルストの姿が無い事に気づいた巨人化した男は、またしても顔を左右に振ってアルストを見つけるとドタドタ近づき再び斧を振り下ろす。
しかし、巨人化した魔族の一撃は激しい打音と共に振動で樹々と地面を揺らすほどの一撃ではあるものの、、、当たらなければ意味が無い。
「よっ!!」
ズドォオオオオオオオオオオオオオ!!!!
今度は余裕を持って後方に跳躍してそれを躱したアルストは、斧を振り下ろし隙が出来た魔族を屠るべく剣を構え飛び掛かろと足に力を込めた・・・・が、
「なっ!?!?」
「うへへへ。まさかお前の方から来てくれるとはなぁ♪」
突如真下の雪面から手が飛び出すと、地面に潜り隠れていた魔族にアルストは両足を掴まれてしまった。
「このままアイツに殺られちまえよ♪オレは絶対離さないぃいい♪」
ズボッ!!と雪面から顔を出した魔族の男がそう言ってニタァ・・とした嫌な笑みを見せるてくるが、アルストはドタドタと近づいてくる巨人化した魔族には一瞥もせず地面から顔を出したその男に冷たい視線を落とした。
「なら絶対離すなよ。火の・・・・・・・・・。」
「はぁ?お前・・今何て!?」
絶対絶命になったはずのアルストの冷静な態度と、小さすぎて聞き取れ無かったその呟きに苛立った魔族の男に、アルストはニィッ!!っと笑みを返して見せた。
「火の精霊に全身から火を放ってくれって頼んだんだよ!」
『Ignition』
ボォオオオオオオオオオオ!!!
「ぐぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」
言葉の通りアルストの全身から炎が放たれると、その炎が燃え移った魔族の男は溜まらず地面から飛び出してゴロゴロと雪面をのたうち回った。
「ぬ!?!?ぬぅううううああああああああぁぁぁ!!!」
走りながらその様子を目にしていた巨人化した魔族は、怒りの篭った唸り声を上げながら再度斧を振り上げた。
「芸のないヤツだな・・。」
「ばああああああああああっ!!!」
しかし、三度同じ行為をする巨人化した魔族に呆れたアルストは、見上げた斧を振り落とされると素早く躱し魔族の背中に飛び移ると後頭部に剣を突き刺した。
「あがっ・・がぁぁっいだ・・・かっ・・・・。」
「・・・・。」
「ヒッ・・ヒッ・・ヒッ・・・ギャッ!」
頭部を貫かれた巨人化した魔族の男が、苦しそうに喚きながら前のめりに倒れると、アルストは踵を返し全身に火傷を負いブルブルと小刻みに震えて立つ地面に隠れていた魔族の首を斬り落とした。
「ふぅーー・・・・・ん・・・・さぁ、ドンドン行こうか!」
剣に付着した血を振り落とし、再び息をつき雪をすくい口に運んだアルストは、再び森の中を走り出すと向かって来る魔族や魔物たちを斬り伏せていく。
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