第2話 決裂① ~side horns tribe
襲い来る魔物を斬り伏せながら、森を駆けるアルストを樹の上で隠れ待っていた細身で黒いタイトな布の服に身を包んだ魔族の男は、アルストの足音がどんどん近づいて来ると・・・
(さぁ・・早く・・・早くこっちに来い・・・。)
面長の顔を歪めながらその逸る心を抑えこむように、両手に持った短剣を強く握り締めた。男はその両こめかみから小さい角を生やしている。
「シャーーーーーッ!!!!!」
そして・・・ザフッ!ザフッ!と雪面を踏み込みながら走るアルストが、自分の真下を通過するのを見計らうと太く伸びた枝から飛び降りた。
「く!?」
雪面に映った影のおかげで短剣を交差に構えた男に気づけたアルストは、何とか首元を斬り裂きにきたその短剣を剣で受け止めることが出来た。
キィィイイイイイ!!!
しかし、間髪入れずに魔族の男は受け止められた交差した短剣をスライドさせてアルストの両手を狙う。
「!?」
魔族の狙いに気づいたアルストはパッ!と剣を離すと、体を翻して回し蹴りを繰り出すが、魔族の男は身軽に後転して回し蹴りを躱し、さらに着地せず先程飛び降りた樹木の幹を両足で蹴ると交差した短剣で再びアルストの首を狙った。
「な!?」
「シャァアアッ!!!」
その機敏さに目を剥いたアルストは、何とか迫り来る短剣を仰け反って紙一重で躱すことに成功したが魔族の男にその突き出した胸部を蹴られ雪面に体を落とした。
「ぐぅっ!?」
「ッシャア!!」
蹴った反動で前のめりになった魔族の男はそのままでんぐり返って短剣を構えると、急いで寝返りを打ち慌てた様子で落ちた剣を拾い上げたアルストを目にし・・・
(なんだ・・・
すぐ殺ってしまえそうだ・・とニタリと下卑た笑みを浮かべた。
しかし、すぐに(こんな鈍間にどうしてルガタが殺られたんだ??)という疑念が沸くと、男は冷めたように笑みから真顔に戻した。
しかし、その疑念の答えはすぐさま目の前に現れた・・・
「はぁ・・やはり使わねば勝てんか・・。」
『
何かボソボソと呟いたかと思えば、突如身体から光を放つとアルストの剣先が男の眼前に迫っていた。
「ッ!?!?!?!?」
驚き目を剥いた魔族の男は咄嗟に首を右に傾けそれ躱すが、掠った頬から鮮血が飛び散る。
「シィイイイッ!!!」
しかし魔族の男は一瞬焦りはしたが次の行動に出た。そのまま体を右側に傾けてアルストの背中に左腕を巻き付けると跳躍してアルストの背後を取ろうとしたのだ。
「ふんっ!!」
だが、アルストは男に掴まれた右腰を軸にして体を左回転させると、正対する形になった男の突き出した短剣を叩き落とすとクルン!と一回転させた剣を突き出し男の胸を貫いた。
「イッ?????イイイィ・・・アアアアアアアアアアアア!!!!!」
一突きにされた左胸に視線を落とした魔族の男は、遅れてやってきた痛みに奇声を上げ右手に残った短剣を乱雑に振り回すが、胸から素早く剣を抜き構えていたアルストに袈裟に斬られて雪面に倒れた。
「がはっ・・・く・・・くそぉ・・・・。」
雪に半身を埋め吐血しながらもがく男に視線を向けたアルストは、大きく息を吐きながら剣を振り血を落とすと静かに剣を鞘に収めた。
「ふぅううううう・・・・・だいぶ連携を取るようにはなっているようだが・・・相変わらず一体一にこだわる連中だなぁ・・・・・。」
「う・・・く・・・・・・は・・・。」
自由に体を動かせぬ魔族の男は、そう言い落したアルストを睨み上げるが、その視界は雪に染みた己の血の色に染まっていく・・・・
「は・・・はは・・・失敗だったなぁ・・・・。」
自分の下を去っていくアルストの背を滲む視界のままぼんやりと眺めた魔族の男は、決別した
****さらに時は遡る****
―王国歴前3年12月某日―
ドイルが砦にいたバスチェナとフレドにライトがアルストの剣に倒れたと知らせてから10日後・・・
アルストに斬り伏せられた後、集落に燃え広がった炎はライトを焼き尽くしていた。
「ライト・・・。」
北の砦にある仄暗い一室に置かれたライトの遺骨や巻角を、薄っすら涙を浮かべながら愛おしそうに指でなぞる男がいた。その男の後ろには十数名ほどの人族殲滅派の面々が首を垂れて立ち並んでいる。
「ラスベル・・そろそろ・・。」
「ああ。」
少し擦れ気味の高音の声で返事をしたラスベルは、ライトの片側の角を胸に抱くと深紫の髪をサラッとした靡かせ踵を返した。
膝丈まである黒い革製のコートに身を包んだラスベルは、左のこめかみから鋭い角を生やしているが、片側の角は途中で折れている。まつ毛の長い少し垂れ目がちの瞳から、ツゥーーッと涙が零れ落ちるがその目には怒りが満ち満ちていた。
ラスベルが立ち並ぶ仲間達の後ろに回ると、殲滅派の面々は一人また一人と入れ替わりながらライトの遺骨の前に立ち祈りを捧げ始めた。その中にはスライスタンの姿もあった。
**
「もういいのか?」
祈りを捧げ終えたラスベルたちが大広間に姿を現すと、来るのを待っていたバスチェナが椅子から立ち上がり声をかけた。
「・・・・。」
首を垂れたまま無言で歩く殲滅派の先頭を歩いていたラスベルは、バスチェナを一瞥するとライトの遺骨を持ち帰ってくれたことに思う所があったのだろう・・・口は開かず会釈だけをし砦を去ろうとした・・・その往く手を腕を組んだドイルが遮る。
「待て待て。少し話があるんだ。」
「こちらは先程の礼以外に話す事は微塵もありませんが。」
「これからどうするんだ?まだ人族を襲い続けるのか?」
「ドイルさんの頭はボクの言葉を理解出来ないのですか?話す事など無いとお伝えしたのに質問をしてくるとは・・・それこそ理解出来ませんね。」
外に続く階段の前にある扉に背を預けて話すドイルをギロッ!!と睨み上げてそう語るラスベルだったが、ドイルは言葉遣いは丁寧であるがその内容の酷さに思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「・・・何を笑っているか分かりませんが、言葉を理解出来ない方とやり取りするつもりはありませんよ。そこをどいてください・・・ああ、これもご理解いただけないかもしれませんが。」
ドイルのその笑みが癇に障ったのか、ラスベルは睨み上げてた目を閉じると口早に話しながら両手を天に向け被りを振った。それに対して苦笑したドイルは、薄っすら開いたその口の端をピクピク痙攣させながら何とか怒りを堪えている様子だった。
「久しぶりにお前の声を聞いたが、そこまで嫌味たっぷりだと逆に可笑しくなってしまうものだな。」
2人のやり取りを見兼ねたバスチェナが、そう言いながらラスベルに向かって歩みを進めた・・・が、首をバスチェナがいる方にカクッと傾けたラスベルは鋭い視線をバスチェナに向けると殲滅派の面々もそれに吊られるように彼へと視線を向けた。
「用があるのはあなたなのでしょうが・・・指を銜えて何もしない方の言葉を聞くつもりはありませんよ。砦に留まり様子を見ているだけの臆病者の言葉など・・。」
「「そうだ!」」
「戦いもしない臆病者が!!!」
ラスベルが嫌味たっぷりな言葉をぶつけると、それに殲滅派の面々も乗っかり声を上げるが、
「フッ・・・まぁ、そう言うな。」
一切それに対して動じる様子を見せないバスチェナにラスベルはため息を吐いた。
「はぁ・・・・そう言えば逆に聞きたい事がありました。今上の階に何やら大きな一室を作らせているようですがあれは何でしょうか?」
「あれは『王の間』だ!!王となるバスチェナにはそこにいてもらう!!」
『お前が気にするようなものではない。』と答えようとしたバスチェナだったが、ラスベルの問いに即座に反応したドイルがフン!とふんぞり返ってそう答えてしまったため、バスチェナは頭をもたげ額に手を当てた。
「『王』???確か一族を統率する者の名でしたか・・・あなたがその『角族の王』になると仰ると??」
ドイルの発言にゆらっ・・と振り返ってバスチェナを指差したラスベルの表情は先程以上の怒りを滲ませていた。
「俺はあんな部屋いらないと言ったんだがな・・・・いや、質問の答えになっていないな・・・・・ああ、そうだ!!!」
先日、フレドに『王になれ。』と言われ迷ったバスチェナだったが、ライトの死を知りその決意を固めるもここではないタイミングで広く伝えようと考えていた・・・が、その事をドイルに伝えていなかった自分にも落ち度がある・・・(こんな事で『王』など務まるのだろうか・・・)と自分に呆れたバスチェナであったが、知られてしまった以上後戻りはできない・・・・・顔を上げ胸を張ったバスチェナはラスベルの鋭い視線を見つめ返した。
「ふざけてますね。ここに至るまで人族を一人も殺しもせず、指を銜えていたあなたが角族のために戦っているボクたちの上に立たれると言うのですか?」
「ならば人族をたくさん殺した者が上に立つべきなのか??それに角族のためと言うが、人族を殺しても何の解決にもならないと以前話したはずだぞ?」
「脳は働いておりますでしょうか?ボクが言いたいのは『今頃になってしゃしゃり出て来るな!』ということです。」
「いや、言わせてもらう。お前たち殲滅派の頭を張ってる4人の中で、あの男と戦い2人が殺され1人が逃げ帰って来た。」
バスチェナが立ち並ぶ殲滅派の面々を見渡しながらそう声を張ると、逃げ帰った本人であるスライスタンはばつが悪そうに顔を顰めて前に立つ者達の後ろに隠れた。
「クク・・・ククク・・・・・・何を仰りたいんですか?」
それに対しバスチェナの言葉にガクッと項垂れたラスベルは、肩を震わせながらゆらゆらとバスチェナに近づきその胸倉を掴むと・・・・
「分からないのか?お前も理解が遅い男だな。俺が言いたいのは『お前らがあの男に一体一で挑んでも返り討ちにあうか、ライトやルガタのように殺されるだけだ。』って事だ。」
バスチェナはそう言い放ち逆にラスベルの胸倉を片手で掴んで己の方へと引っ張った。
「本当に・・・・・・人を怒らせるのが上手なお方だ。」
そして・・・わなわなと体を震わせながらギロッ!!!と血走った眼で睨んでくるラスベルにバスチェナはフッ・・と目を細めた。
「お前が言うな。」
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