第45話 アルギア・ニドラン②

ミューレル達がアルギア・ニドランと交戦を始めた頃・・・


「くぅー・・・・すぅ・・・・。」


高等学校の保健室にあるベッドの上でクリードが穏やかに寝息を立てていた。


「魔法で傷は癒えたけど、流血は結構あったように感じるから・・・警鐘が解除されたら念のため街の診療所で治癒士に見て貰って欲しんだ。」


ベッドの脇で丸椅子に座りクリードを見ていたエストが立ち上がるとエリシアにそう告げた。


「え?」


「クリードの事・・・頼む・・・。」


「は?何言ってるんだい?」


「え?待って!!!クリードを置いて行くの??今もあなたの名を呼んでいるのよ!!それなのに・・・。」


エストはクリードを心配する2人に頭を下げたが、エリシアは腕を掴んでエストが立ち去ろうとするのを止め、壁にもたれ掛かっていたエドリックは組んでいた腕を解くと、保健室の入り口の前に立って行く手を塞いだ。


そして、意識を戻していないがクリードはたまに「エスト・・・・にげて・・・・。」と口にしている。


ベッドに背を向けていたエストだったが、再び『逃げて』というクリードの呟きを耳にするとその視線をクリードに向けた。


「ごめん・・・やらなくてはいけない事があるんだ・・・・。」


「でも!!クリードは親友でしょ!!!!!それにクリードはあなたを体を張って守ったのよ!!!」


腕から手を放し、首だけ振り返りクリードを見ているエストの胸元を掴んだエリシアが金切り声を上げた。


「・・・・・。」


「ちょっと!・・・!?」


しかし、反応を示さないエストに苛立ったエリシアが顔を覗くと悔しそうに寂しげに・・・それでいて愛おしそうにクリードを見つめるエストの目から涙が零れ落ちていた。


「あ・・ごめんさない・・私・・・・。」


その表情に心が痛んだエリシアはゆっくりとエストの胸元から手を放し視線を落とした。


「クリードは俺の・・・・だ。」


「え?」


ボソボソと呟いたエストの言葉にエリシアが顔を上げると、エストは再度エリシアに「クリードを頼む!」と告げるとエドリックが通せんぼしている入口と反対方向に走り出した。


「あ!おい!!!!ここ2階だ・・・・って。」


窓から飛び出したエストに驚き、エドリックが慌てて駆けつけ窓の外に顔を出すがその姿は既に無かった。


「な・・・何なんだ・・・・。」


「・・・・。」


一瞬のうちに姿を消したエストにエドリックが呆然としている中、エリシアは小さく「任せてください。」と呟くと先程までエストが座っていた丸椅子に腰を下ろし、クリードの手を優しく握るのだった。



****


―教会前―


「すぅぅぅぅううううううう・・・・・。」


身を低く構えたアルギア・ニドランが大きく息を吸い込んだ。


「来ます!!!」


腰の後ろで組んでいた手を解き、ミューレルが身構えると短く息を吐いたニドランが地面を強く蹴った。


「ふっ!!!!!」


「うあああああああああああ!!!」


「な!?・・・んだと・・・。」


バガンは目を疑った。


地面を蹴ったニドランは教会囲う塀を利用し、三角飛びの要領でミューレルとバガンの背後に回り込むとそこにいた魔法士の男(蛮族)を斬り裂いたからだ。


「くそっ!!!」


「ふっ!!」


魔法士の隣にいた男がニドランに斬りかかった・・・が、軽く躱され腹部を貫かれた。


「うぶぅっ・・!!」


「おい!!!卑怯だぞ!!!!」


青筋を立て走って来たバガンが剣を振り下ろした。


ガィイイイイイイイイイイイイイン!!!


しかし、ニドランは男の腹部から剣を抜くと、そのまま振り上げてバガンの剣を弾き返した。


「卑怯???はぁ・・どう戦おうがオレの自由だろ?」


「ぐ・・くそっ!!!」


堂々と腕を広げてそう話したニドランは、『卑怯』と言い放ったバガンに落胆したような視線を向けた。そして、鎧を脱ぎ喜怒哀楽が激しくなったニドランにミューレルは驚き口をポカンと開けている。


「なんと・・・彼は鎧を脱ぐと性格も変わるようですね・・・いや、こっちが本性でしょうか・・・。」


「ぬぅううううううううう!!!」


「ふっ!!!!」


両手を広げている隙を逃さず、ニドランの背後からタンザが斧を振るう・・・が、またしても小さく息を吐いてタンッ!と地面を蹴ったニドランは高く後転してそれを躱すと、讃美歌を歌う修道女たちの前にある階段に着地した。


「ああ・・やっぱりいいねぇ・・この全てが解放された感じ♪」


「チッ・・・歌劇の主役にでもなったつもりかよ・・・。」


屈強な肉体を晒し、両腕を広げ、まるで修道女たちの歌に合わせるように一歩ずつ階段を下りて来るニドランにタンザが舌打ちをした。


「すま・・ん・・・・・ラット・・・・。」


「あ・・兄貴・・・・・・この・・・なんだそれ・・・ふ・ざ・・。」


先程、腹を斬り裂かれた男が息絶えると、その脇で膝を落とした実年齢より若く見える毬栗頭のラットは、ニドランに視線を向けると怒りに身を打ち震わせた。


ラットや兄貴と呼ばれた男は、ミューレルやバガンと同じく『殺しに行ってるのだから殺される事もある。』という考えの持ち主だった。それ故その怒りは兄貴分が殺されたからでは無い・・・当の本人にはその気は無いのだが、さも自分が主人公であるが如く悠々と階段を下りて来るニドランの満足気な笑みに激しい怒りを覚えた。


「ふざけんじゃねぇえええええええ!!!」


地面に置いていた剣を取り、怒声を上げたラットがニドランに向かって走り出すと、それに続いて他の者達もそれぞれの武器を掲げて走り出した。


「おい!俺たちも行くぞ!!!!」


「おお!!!!」


「おらあああああああああああ!!!!」


しかし、ニドランは走って来る蛮族たちを冷めた目で見下ろし「・・・然もない・・・。」と呟いて階段を駆け下りると、彼らの攻撃を踊るように躱しながら次々と斬り伏せていった。


「ぶふぅっ!!・・・ぐぞぉおおおおおおおお・・・。」


「ぐはぁあ!!!」


「ぎゃああああああああああ!!!」


「あ!!このおおおおおおおらああああああああああああああ!!」


出遅れたバガンが倒れていく仲間たちを目にし走りながら怒声を荒げると、ニドランは自分に向かって来るバガンに気づいてニヤッ!と笑みを浮かべた。


「よし!来い!!!!」


「うらぁああああああああああああああああああ!!!」


声を荒げたままバガンが袈裟切りにいくが、力が入り過ぎている大振りの剣はあっさりと体を捻ったニドランに躱されてしまう。


「おいおい・・・さっきより雑だな!」


「っと!!!」


剣を躱され体勢を崩したバガンの背後を取ったニドランは、残念そうにそう言い放ち背中を斬ろうと剣を掲げた・・・・が、ニヤッ!と笑ったバガンはいつの間にか左手に腰に携えていた短剣を逆手にして持っていた。


「らぁああああああ!!!」


そして、その姿勢のまま後方に跳びニドランの腹部を刺しにいく。


「おっ!!」


しかし、それに反応したニドランはバガンと同じく後方に跳び、さらに体を『く』の字に曲げてバガンの短剣を避けた・・しかも横薙ぎ付きで・・・。


「やべぇ!!」


バガンは首を狙って飛んでくるニドランの剣に焦った・・・・・


「くらいなさい。」


が、その直前に跳躍していたミューレルがニドランの背後を取っていた。



バチン!!!!!!



「ぐああああああっ!!」



ミューレルの『電撃』にニドランが声を上げた・・・・が、ミューレルにはそれほど手ごたえが無かった。


「!?!?」


背中に直接手を当て『電撃』を放ったつもりだったが、ニドランの皮膚に掌は直接触れておらず、ニドランの体を覆う見えない膜のようなものに遮られていたからだ。


「くっ!!!」


しかし、さっきの電撃に対してニドランは声を上げた・・・・完全に届いて無いわけではなさそうだ・・・・・・・眉間に皺を寄せたミューレルは、ビクン!と体を仰け反らせているニドランの背中に(見えない膜に)両手を叩き付けて激しい『電撃』を放った。


「おおおおおおお!!!!!」


バチッバチチチチチチチチチチチ!!!!!!!


「ぐあああああああああああああ!!!!!ぐっ・・・・ぬぅぅ!!」


けたたましい音を上げる『電撃』に、ニドランは体をさらに仰け反らせて苦しそうに声を上げていた・・・・が、ギッ!!と歯を喰いしばると真後ろにいるミューレルを後目で睨みつけた。

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