第35話 Fang rush??


真っ直ぐ突き出されたその切っ先はセスの顔の中心を狙っていた。


カクッ!と首を傾げて男の突きを躱したセスは、羽織袴の男の胴体を斬り裂こうと剣を振り抜こうとするが、避けた刀がクルッ!と半回転するとセスの顔を横薙ぎに来た。


「・・・。」


その刀の動きに目を少し歪めたセスは、屋根を蹴って後方に下がり男の横薙ぎを躱した・・・・つもりだったが鼻先を少し掠めていたようだ。


「・・・ほぉ・・。」


「・・・・。」


少し驚いた様子の男を睨んだセスは、チョン!と傷ついた鼻先を親指の腹で軽く拭った。


「それは刀ってやつか?」


「!?!?!?」


アルガスが口を開くと、羽織袴の男は正解だと言わんばかりに目を大きく開き驚きを露わにした。


「聞いた事はあるが見るのは初めてだ。」


「そうか・・・・・。」


続けてそう口にしたアルガスだったが、素っ気ない返答をして目を元に戻した男は再びグッ!!と腰を落とすと水平に刀を構えた。


「!?」


が、正面にいたはずのセスの姿が無いことに気づき体をブルッ!!と震わせた男は、いつの間にか自分の左側に移動していたセスが剣を振り下ろそうとしている姿が目に入った。


「く・・。」


ギィイイイン!!!


腰を引いてさらに体勢を落としながらセスの剣を受け止めた男は、前足を踏ん張り少し後ろに下がると素早く水平に刀を構え直してセスに突きを放った。


「ふっ!!!」


セスは今回は顔だけでなく体を捻って突きを躱すと、今度は胴体を薙ぎに剣を水平に振り抜いた。


ビュン!!!


しかし、セスの剣は空を切った。


男は高く後方に跳び上がり、セスの横薙ぎを躱すとそのまま後転して切妻屋根の棟に着地すると緩やかな勾配を駆け下りながらアルガスに向かって行った。


「お!?分かってんな!!くそ!!」


剣を交え始めたセスにここは任せようと思ったアルガスは、2人から少しずつ距離を取り始めていたのだったが羽織袴の男はそれを許してくれないようだ。


「ったくしょうがねぇな・・・。」


面倒くさそうに剣を構えたアルガスは、駆け下りる勢いそのままに突き出された刀を上に捌くと、男のお株を奪うように心臓目がけて突きを繰り出した。


「ぬ!!」


しかし、体を横に回転させてアルガスの突きを躱した男は、その回転を利用して刀を袈裟に振り下ろした。



ギィイイイイイイイイイイイイ!!!



男の袈裟切りを落ち着いて剣で受けたアルガスだったが、羽織袴の男は眉間に皺を寄せて目を血走らせ口を歪めていた。


「は??どうしたよ??」


男の異様な表情に気づいたアルガスは、しばし男と競り合っていたが力を抜いて刀をいなすと距離を取って男の様子を窺った。


「貴様・・・そんな『突き』で俺を仕留めれるとでも思ったのか??」


「は?何にイラついてんだ?」


「・・・・。」


無言のまま頭にハテナマークを浮かべたような顔をしたセスが、首を傾げながら呆れ顔のアルガスの横に並ぶ。


「俺の『突き』はカザマ様が元の世界で影響を受けた『ハジメ』という名の武士の技・・・・・・。貴様如きのぬるい『突き』とはわけが違う!!!」


先程まで寡黙だった男が急に怒気が籠った声で饒舌に語り出した事にアルガスとセスは目が点になった。しかし、それに構う事無く再び体勢を低くした男は、引いた刀を水平に構えて高らかに声を上げた。


「俺の突きはハジメの『Fang rush』だ!!!」


「???????????」


「・・・・・・・・・・。」


ヒュ~~・・・と生温い風が吹き抜けた・・・・分かるはずのないそのまんま直訳した『るろうに○心』ネタをどや顔でぶつけられた2人は、男の語気にただただ呆然としていた。



というより、むしろどや顔をしている本人すらも元ネタを分かっていなかった。


「・・・・・はぁ。」


「で???」


「・・・・・!?!?!?きさまら!!!」


掌を天に向け肩を竦めて『で?』と言ったアルガスと、少し俯き被りを振りながらため息を吐いたセスの反応に、自分の尊敬する男が影響を受けた男・・・簡単に言えば『ハジメ』を馬鹿にされたと感じた男が激高した。


セスとしては、自分と似たタイプの男か??・・・などと思った自分に後悔していただけだが・・・。


「もう一度見せてやる!!!これが『Fang rush』だ!!!」


怒声を挙げてグッ!!と右足に力を入れた男が、再度『突き』を繰り出すためその右足を蹴り出そうとしたその瞬間・・・


「このアホォお!!!」


突如男の後ろに現れた影が飛び上がると、思いっきり彼の頭頂部に拳骨をかました。


「ぐぅう!!」


「アンタ!『カザマ様』と『突き』の事になるとムキになるその癖直せって言っただろ!!ったく、いつもは何も喋らないくせして!!」


よほど痛かったのだろう・・・頭を抱えて屈んだ男を見下ろし、フン!!と胸を張って両手を腰に置いた10代後半のように見える女性は、男と同じく紺色と黒を基調とした子振袖を見に纏っていた。言葉の調子から20代後半っぽい男の上司らしい。


青いショートカットのその髪は少し癖毛掛かっているが、ピョンピョンとサイドに跳ねている様子は、彼女の身の軽さを表わしているようで何とも愛らしいものだった。



「極秘任務だって言ってたのに、アンタが大声出したら元も子もないでしょうよ・・違う????」


プンプンと頬を膨らませ、クリッとした青い目をした女性はその目をジトーッとした視線に変えて男を睨むと


「返事は????」


と言って再び男の頭を叩いた。


「・・・・・はい・・・・すいません。」


チッと舌打ちするも、一応女性の言葉に応じて抱えた頭を少しだけ下げた男は、謝罪を口にするとゆっくり立ち上がり元通りに口をへの字に結んだ。

 

「よし!じゃあ、加勢してあげる。」


フン!と可愛らしく鼻を鳴らしてアルガス達に視線を向けた女性は、男と同じく刀を腰に携えていた。


その和装2人の一連のやり取りをただただボーッと眺めていたセスは、何事もなかったように無言で剣を構えるもアルガスは眉間に皺を寄せていた。


「ん?どうした?」


「不味いな・・2対2か・・・。」


「勝てないわけではないだろ?」


「ああ・・だが、すぐに・・とはいかなそうだ。」


2人に視線を向けながらセスと言葉を交わしたアルガスは、女性の隙の無い佇まいに小さくため息を吐いた。


「あまり時間を掛けてられないんだがな・・・。」


出来るだけ早く足元の下にある『女神の心』の原石を破壊してミューレル達の下に戻りたかったアルガスは、その焦りからかジワッと額に汗がにじむのを感じていた。


剣を握る手に力が入ったアルガスがその剣を両手持ちにして身を構えると、子振袖の女性はスラッ!と刀を抜いて姿勢を整えた。



間合いを詰めるべく、少しずつ距離を縮め始めたアルガスの背後で



タンッ!!!!!



という軽い音が聞こえた。



「!?」


「くっ!!」



焦って振り返ってアルガスとセスは、そこに黒いジーンズに同じく黒い動きやすそうな半袖のパーカーを見に纏った少年が立っている事に気づくと、和装2人と現れたこの少年に背を取られないよう、どちらも視界に入る位置に素早く身を動かした。


「新手か・・・くそ・・・。」


アルガスが少年を目にしてそう呟き顔を歪めたのには理由があった。


大き目なフードを被り顔を隠しているものの、そして和装2人と衣装は違っているものの、少年の腰には刀がぶら下がっていたからだ。


「ん?」


しかし良く見てみるとその少年の腰にはもう一本、刀ではなく剣を携えていた。


「・・・・。」


「あ?仲間じゃないのか?」


そして、和装の2人は少年を睨みつけて警戒している様子だった。


そんな緊張感が漂う中、ニッ!と笑った少年はその空気に関係なく気さくにアルガス達のもとに駆け寄るとピッ!と片手を上げて口を開いた。


「ども!!」


「!?」


「あ?どこから来た?お前もイヴァリアの手の者じゃないのか?」


あまりの軽い少年の雰囲気に呆気に取られそうだったアルガスだったが、気を取り直すと少年への警戒を解かないままにそう問いかけた。


「違いますよ!あなた方の協力者です。」


あはは!と手を振りながらそう答えた少年に、またしても首をカクッ!と傾けたセスが珍しく口を開いた。


「もしや・・・・・ドゥーエの??・・か??」


「はい!!!」


深く被ったフードで鼻先から上は見えないものの、ニッコリと微笑んだエストは元気よく頷きそう答えた。

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