第29話 潜入


「無駄口叩いてないでさっさと進んでくれ。」


「っせーな。分かってるよ。」


リュナを指差し固まっているバガンに、門をくぐり中に入って来たアルガスが注意するとバガンはブツブツ言いながら前に進んで行った。


城門の前は大きな広場になっており集結するにはもってこいの場所だった。


その後も続々と蛮族たちがアリエナ内に入って来る中、広場の脇に避けたミューレルとリュナが話を続けていた。


「先程は取り乱してしまいました。お恥ずかしい。」


「いえいえ、あたしも顔を隠しながら話しかけちゃったので。」


「それにしても驚きました、エスト君のお母様は「ふふ。そうですよね。でも、素性を探るような野暮な事はしないでくださいね♪」


言葉を遮られたミューレルは、リュナの軽く目を細めた笑みにゾクッと背筋に走るものを感じた。しかし、底知れない瞳に一瞬唖然とするも怯まずミューレルは笑顔を返した。


「は?あははは!ご協力いただいた方にそんな事はいたしませんよ。」


「ふふ♪さすがは学園長。」


「元ですけどね。」


「あ!そうでした!卒業式後にわざわざ息子にお声を掛けてくださってありがとうございました。あの子喜んでました。」


「え?ああ・・・・。(何とも・・掴みどころが無い方だ。)」


貫くような視線を向けたかと思えば、コロッと母親の顔になるリュナに苦笑いを浮かべたミューレルは、調子を取り戻すべく一度被りを振ってから口を開いた。


「いえいえ・・・私の方こそ彼に感謝しているのですよ。」


「え?あの子何かしましたか?」


「はい。私に立ち上がる力をくれました。」


「はぁ・・・・?????」


「フフフ。それは彼も覚えがない事ですよ。」


首を傾げるリュナにミューレルが口の両端を上げると、アリシアがススッと静かにミューレルに近づき口を開いた。


「セレニー様・・・整いました。」


「ありがとう。では、手筈通りに!」


「畏まりました。」


ペコッと頭を軽く下げたアリシアが今度は静かにミューレルの背後に下がると、リュナはチラッ!と向けられたミューレルの視線に頷いて応えると頭巾を深く被り直した。



****



交易都市アリエナを囲う城壁には3つの城門があった。


都市を囲う防壁を『城壁』『城門』と呼ぶのには理由があった。それは最初にこの地を治めたアリエナ・デイズが、アルスト城を模倣した小さな城を作ったからだった。そのため都市を囲う初めに作られた防壁を『城壁』と呼び、今は役所として使われているアリエナ城を囲う防壁を『本城壁』と呼び分けていた。


話は城門に戻り、3つある城門の中でメインとなるのは神国イヴァリアとの輸入輸出が盛んな東門だった。門の造りは一番大きく、一番豪華だ。また、南門にはラビナ鉱山から鉱物が、西門には各集落からの農産物が毎日集まって来るため城門は関所のような役割を果たしていた。


そのため日中はどの門にもたくさんの門兵や騎士が在中しているのだが、夜間の扱いには差が生じていた。


交易都市となってからこれまでに幾度も魔物などから夜間襲撃を受けてきたアリエナであるが、その割合は東側が約5割、南側が約4割・・・そして西側は約1割(実質1割以下)となっていた。南側から東側は『魔物の森』に面しているため、襲撃を受ける割合が高かった。


アリエナの西側に魔物が生息していないわけではないが『魔物の森』ほど種類も数も多くはなかった。かと言ってそれが直接1割以下という数字に繋がっているとは考えられてはいなかった。その理由はアリエナ西部にある魔物が生息する森の周辺にはいくつかの狩人の集落があり、アリエナの東側・南側にはひとつも存在していなかったからだ。そのため彼らの存在も襲撃割合に大きく影響を与えているとアリエナの学者たちはそう考えていた。


(ちなみに、アリエナの東側・南側にも約320年前にはいくつかの集落があり、その中で狩りを行っていた者達も複数いたのだが・・・女神イヴァの呼びかけ(洗脳)に応じて集落を捨ててしまっていた。)


そのため、夜間の見張りや門兵は東門と南門に多く割り当てられ、襲撃される割合が皆無といえる西門に割り当てられる人数は少数であった。しかし、だからと言って西門のそれが10人を下るという事は無かったのだが、集落防衛任務とラビナ鉱山に人員を取られてしまった今・・・


「集落防衛に当てた騎士達に出現する魔物の討伐を命じている。これ以上西側に人員を割くわけにはいかない。」


と、騎士団は西門に当てる人数を半減させていたのだった。



****




真っ暗な農産区の農道を駆けていたバガンは、両側を走るアルガスとセスに顔を前に向けたまま声をかけた。


「農道を抜けたらお前らとは一時お別れだな。」


「ああ。」


「ちゃんと引き付けてくれよ。」


周囲に聞こえない程度の声量で言葉を交わしていた彼らだったが、徐々に近づいてくる橋の明かりに視線を向けたバガンは、


「ああ!任せとけ!!!」


気持ちが高まり声を張りあ上げた!!・・・・・が、間髪開けずに両サイドから思い切り頭を叩かれた。


「痛っ!?」


「お前馬鹿か?」


「潜入中だぞ?」


「・・・・・すまん。」


2人にギロッと睨まれ叱られたバガンは、ボリボリと頭を掻きながら気まずそうに顔を顰めていたが・・・突如背筋にゾクッと悪寒が走る。


「げ・・・。」


その悪寒に振り返ったバガンは凍るような視線を向けるミューレルに気づいた。ちなみにミューレルはタンザに背負われているのがさらにバガンの恐怖を煽った。


「うげっ!?」


「アルカス君と同じく留守番させていた方が良かったですかねぇ???」


タンザに背負われたままボソッと呟くミューレルの圧に、さらにゾワゾワッと鳥肌が立ったバガンは思わず謝罪の言葉を口にした。


「・・・・・すいませんした。」


「はぁ・・・まぁ、まだ農道だったから良かったものの・・・次は無いですよ?」


「・・・・・。」


「ぐ・・・。」


左右と背後から刺さるような視線を向けられたバガンは、その気まずい空気に耐え切れず走るスピードを上げた。


「まったく・・・しょうがないですねぇ。」


前を走っていくバガンを背中を見つめながらため息を吐いたミューレルは、困ったように眉を顰めているが口元は少し笑っていた。


「あの馬鹿には相変わらず甘いですね。」


逆にスピードを少し落とし、笑みを浮かべているミューレルの隣に位置付けたセスがそう問い掛けると、前を走るバガンの背にミューレルは目を細めた。


「はは・・・彼は何だかんだ言って頼りになりますからね。」


「フッ・・・・そう言って下さるのは同郷の者として嬉しい限りです。で、そろそろ農村の居住区域域に入りますが、全体のスピードを落とさないで大丈夫ですか?」


「ええ。計画も変わってしまいましたしこのまま突っ込みましょう。農産区の住民が今頃我々に気づいたとしても・・・・・・何も出来ないでしょう??」


妙な言葉の間と、ニヤリと笑うその笑顔にゴクッと喉を鳴らしたセスは「畏まりました。」と首を垂れるとそのままミューレルの横を並走し続けた。


****


ミューレルの本来の作戦はアリエナの西北部にある訓練施設を爆破して、騎士団を惹きつけている隙に中央区にある教会の『女神の心』を破壊するというものだったが、ドゥーエからの報告でミューレルはその計画を変更していた。

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