第30話 突入!

アリエナ中央区には3つの主要施設があった。


1つは中央区の西側を占めているアリエナ騎士団本部である。


もう1つは『女神の心』がある教会で、その位置は中央区の真ん中にあった。


そして、最後の1つは都の役所として使用されているアリエナ城だ。騎士団本部と教会の中間地点にあるそこには、交易都市の長である『都長』が居るのだが都市の実質的な主導権を握っていたのは騎士団総長の方にあった。



****



―イヴァリア歴16年7月17日 グラティアとアリエナの間にある森の中にて―



ミューレルは悩みに悩んだ結果、二兎を追う事にした。計画を変更したとしても・・・どうあっても『女神の心』を破壊したかったのだ。


そのため、ミューレルは頭の中から『脱出』という項目を捨てた。


当初の計画では、参加してくれた仲間たちを『出来る限り生かして帰す』という考えだった。そのため陽動場所を城壁付近の訓練施設にしていたのだが、(また都民にも影響が少なくて済むため)目的に『原石の破壊』も加わってしまったミューレルは陽動場所を『教会』に変更した。


当初の陽動作戦では、自分や覚悟を決めている主要メンバーのみで『女神の心』の破壊に向かう予定であった。アルガスやセス、アリシアほどの手練れであれば、破壊後に自分が囮となれば彼らが脱出できる可能性は少なからずと考えていたからだ。(囮になるという事は彼らには伝えていない。)また、訓練施設を襲撃する多くの仲間達を逃がす算段まで立てていたのだが・・・・それも砦付近に仕掛けていた沢山の罠同様に無意味なものとなってしまった。


しかし、やるからには最悪でも原石の破壊は達成したい・・・・そう強く思ったミューレルは、騎士団を確実に自分達に引きつけ、且つ『女神の心』を破壊するために全勢力を持って『教会』を攻め込む事にした。


その決断に多くの犠牲者(自分達にも、騎士団側にも)が出るだろう・・・また、アリエナ都民にも被害が出る可能性も増えた・・・それでも二度とは無いこの機を逃してしまっては、永遠に人族はイヴァの思うがままになってしまう・・・・・。


迷いに迷ったミューレルだったが、アリシアが渡してくれたグラスに映る老いた自分と向き合うと、もう形振りなど構っていられないのだと悟るのだった。


しかし、そんな中でもひとつアリエナに・・いやイヴァリアに付け入る隙はがあった。先に農民たちに紛れてアリエナに潜り込ませていムントの話では、『現在、工業区の中で警護が厳重になっている場所はひとつも無い。』という事だったからだ。 


そこから推測されるのは、ドゥーエの情報通り『女神の心』の原石がアリエナにという事は極秘事項になっているという事だ。


よくよく考えれば『女神の心』という代物は、『女神イヴァ自らが生み出した。』という神秘の象徴とするために、イヴァ自らがモンドという一個人を廃人にするほど秘密にしたい代物だ。


秘密にしたければしたい程、それに関わる人数は少ない方が良い・・・現状の体制がそう言い表わしている事を読み取ったミューレルは、少数精鋭・・・・腕が確かなアルガスとセスの2人のみを工業区に送り込む事にした。


さらに、今回の作戦で目的通りに『女神の心』の原石を破壊出来たとして、その情報がすぐにアリエナ騎士団に流れるはずはない・・・騎士団が後手後手になろうとも何と言ってもイヴァ自身がそれを望んでいないからだ。




『女神の心は女神イヴァ自らが生み出したものである。』




その下らない嘘で作り上げた女神の自尊心が、自らの首を絞める事になっていく。



**



セスの報告を聞き、仲間を集めたミューレルは彼らに変更内容を伝え終えると、声を荒げた砦を出る時の宣言とは打って変わり、目を閉じ静かに思いを語り始めた。


「皆さん・・・・・お伝えした通り前作戦以上に騎士団に捕縛される・・・または、命を落とす危険性が増してしまいました。


皆さん・・・砦を出る前にも言いましたが、これは無理強いではありません。


皆さんには今も選択肢があります。


この先付いて来ないという選択を取っても私は一切責めはしません。その選択を私は大いに歓迎します・・・・どうか思慮を深めて判断して下さい。」


思いを言い終えて頭を深く下げたミューレルだったが、


「何言ってんだよ。」


「俺らの覚悟を馬鹿にすんなよ!」


と、顔を上げたミューレルに『抜ける』と口にする者は一人もいなかった。


「どうして???」


「長から聞いてたろ?あんたらは勝手に俺らを『蛮族』と呼んでいるらしいが、俺らは誇り高き『クフ(彼らが祀る山の神の名)の民』だ。先代たちがあんたに命の借りがあるならば、それに命で応えるのが俺らの誇りだ。」


「・・・・。セスは??あなたたちは狩人です。一度バガンと相談しては??」


「アイツが『死ぬ危険があるから抜けてもいい』と言われて『はい、分かりました。』と言うと思いますか?」


「・・・・・・・言わないですね。」


「なら、行きましょう。あなたの目的を果たすために。」


「・・ありがとう・・。」


「お!雷帝が泣いてるぞ!!」


「ははは!よえーー!」


自分たちの顔を見つめるミューレルの目に、光るものがある事に気づいた彼らは揶揄うように笑い声を上げた。


「泣いてないですよ。」


そう言いながらスッ!と人差し指で軽く目を拭ったミューレルは、自分の勝手な思いに命を懸けてくれる彼らに感謝の意を示すため、静かに微笑むと再び彼らに深く頭を下げた。



****


―イヴァリア歴16年7月20日 0時38分―


マーテル河に架かる大橋に足を踏み入れたミューレルは、橋の欄干に手を置くと目を閉じ小さく呟いた。


「長く待たせました・・・約束を果たしに来ましたよ・・ロウ。」


「・・・・。」


少しの沈黙の後、目を開けたミューレルは背後でジッと自分の言葉を待っているバガン達に一度視線を向け微笑むと、スッ!と踵を返し高々と右拳を掲げた。



「女神よ!!!!!!我らはお前の思い通りにはならない!!!!!!



行くぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」



ミューレルが叫びのような声を上げると、それに続いて拳を掲げ雄々しく声を上げたバガン達は一斉に橋を揺らしながら勢いよく駆け抜けて行った。




そして、彼らを見送るように橋の上に立ったままだったアルガスとセスは、視線を交わし静かに頷き合うと河岸を伝い工業区に向かって行くのだった。



**



「ひぃいい!!!」


「わっ!!!何だ!?!?」


深夜に突如出現した荒々しい姿をした武装集団を目にしたカップルが悲鳴を上げると、ニヤーーーッ!!と笑ったバガンが揶揄うようにそのカップルに声を掛けた。


「おーーー!!!こんな遅くに逢引かぁあああ??」


「ひぃいいいいいいいいいいい!!!」


「カカカカカ♪」


「下らないことしてんじゃないし!」


「痛っ!!!」


怯えたカップルの反応に満足している様子のバガンに、イラッとしたミュンはバガンの背中に跳び蹴りをくらわせた。


「いいなぁ・・・・ねぇ!ミュンちゃ・・いだぁ!!!!」


そして、羨ましそうにカップルを眺めているロックが、同じく下らない事を口にすると察知したミュンは言い切る前にロックの頬を張った。


「あははははは!!!まったくあなたたちは・・・


!?


見えてきました!あそこに一発お願いします!」


街路を走り抜けながらこんな時でもマイペースにじゃれ合う彼らに破顔したミューレルだったが、自分が勤めていた学園が視界に入ると顔を引き締め体育館を指差し声を上げた。


「よし!!!派手にかませぇえええええええええええ!!!!」


「任せろ!!!火の精霊、力を貸してくれ!」


タンザの威勢の良い掛け声にニッ!!と笑った赤髪の男が、ミューレルが指差す体育館に同じく指を差し出すと


爆発Blast!!!』


躊躇なく火の魔法を放った。


ボォオオオオオ!!


男の指先から出た細い火の糸が体育館の屋根に触れると、そこに小さい炎が上がり始めた。それに視線を向け目を細めた男が、続いて指をピンッ!と弾くと指から離れた炎が導火線に付いた火のようにゆっくりと体育館に向かって火の糸を辿っていく・・・・・・・・そして数秒後・・・・・







ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!






激しい爆発が起こり体育館の上部を吹き飛ばした。



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