第9話 建国記念祭②
「な・・・なんと・・・ありがたきお言葉・・・・・。」
『「勇者アルスト」への感謝を忘れてはなりません。』
その言葉は、イヴァの本心を知る由もないルアンドロを始めその場にいた者達に『女神イヴァ』と『勇者アルスト』との関係は今もなお蜜月であると思わせるには十分なものであった。
さらに、女神が国民が神聖視してくれている自分の先祖に『感謝を』と言うのだ・・・感涙しないわけが無い。ルアンドロの目から玉のような涙がボロボロと流れ落ちた。
しかし、嗚咽するルアンドロに、イヴァは口は笑みを浮かべているものの冷ややかな視線を向けていた。
『では良いですね?記念祭は従来通りの形で行いなさい。』
「ああ・・・はい、ありがとうございます。」
『では・・・ワタシはまだ行う事がありますので・・・。』
「そんな・・・もう行かれてしまわれるのですか?」
『まだ行う事があると申しましたが。』
「は!失礼致しました。」
膝まづくルアンドロを一瞥したイヴァは、スッと振り返ると静かに姿を消した。
アルスト王国から神国イヴァリアに改名する前、ルアンドロは王の間の直上に『神の間』を造らせた。ルアンドロは荘厳な装飾がふんだんに施されたその間をイヴァに捧げ、この国が『神が居る場所』だと国民に知らしめたのだ。
(はぁ・・・・ほんとあの男と同じ・・・子孫も余計な事しかしないわぁ・・・・)
しかし、そう項垂れたイヴァは『神の間』にいる事はほとんど無かった。
アルスト城の北西側にある一角に設けられた『力を司る神』と『結界(境界)を司る神』を祀る大きな祠で彼女は日々を過ごしていた。(ちなみに北東側の一角にユウタ・カザマが暮らしている。)
祠の一室ではスレイルが小さい寝息を立てて静かに眠っていた。アルストを召喚した時と同じように、3人の勇者召喚時にもイヴァに力を貸したスレイルは再び長い眠りに就いていた。
だが、『結界(境界)を司る神』はその場にはいなかった。常時大きなこの国を覆う結界を張っている神は、国の中央にあるタクミ・イノウエの像を依代にしていた。
『退屈だけど仕方ないわねぇ。ワタシも少し眠ろうかしら。』
質素な作りの天井を見上げたイヴァは、つまらなそうにそう呟くと自身の魔力を回復させるためスレイルが寝ている奥の間に向かっていった。
再び好きなようにこの世界で遊ぶために。
****
宿泊地に荷物を置いたエスト、イリーナ、クレイグの3人は早速街を練り歩いていた。
賑やかな街路に立ち並ぶ出店の一店から串焼きを買って食べ歩きを楽しんでいた。
「うぉっ!!!美味しい!!」
「でしょ!あそこのお店はどれも絶品なのよ。」
目を大きく開き頬をほころばせているエストに、イリーナが得意気にそう話すと自身も串焼きを口にし「ん~~~♪」と舌鼓を打った。その様子にクレイグがニコニコしている。
普段、この街で食べ歩きは禁止されていた。この日のみ許されるイベントに街の子供達も「「「わーーーーーー!!」」」とはしゃいでいた。
しばらく歩くと小さい広場があり、そこに人だかりが出来ていた。
「いけーーー!!!アルストさまーーーー!!!!」
「やっちゃえーーー!!!!」
大きな歓声が飛び交うその中心が気になったエストとイリーナに、クレイグが「行っておいで、僕はそこのベンチで休んでいるから。」と言うので、頷いた2人は中の様子が見える位置に移動し顔を覗かせた。すると、そこには舞台が設けられてあり木刀を銀色に染めた剣を持った金髪の男と、真っ黒なマントに模造の角を付けた男が向き合っていた。
「エスト!これ『勇者アルスト』の演劇よ!!」
「へぇ~!」
2人の男にエストが視線を向けると、翳した模造の剣をピュン!とマントの男に向けた金髪の男が大きな声を上げた。
「お前が魔族の王バスチェナだな!!!!!」
それに対してマントから長い模造の爪をバッ!と出したマントの男がドスが効いた声で台詞を返す。
「そう言うお前はアルストとかいう者だな???」
「そうだ!!これ以上、お前たち魔族の好きなようにはさせない!!!」
「はははははははは!!!愚かな・・・私に勝てると思っているのか!?」
「お前が強いのは知っている・・・・だが!!!!!俺は人族のためにも負けるわけにはいかないんだ!!!!」
ギリッと強く模造の剣を握り直したアルスト役の男がバスチェナ役の男に飛びかかると、周囲の観客からさらに大きな歓声が沸き上がった。
「イケイケ!!!」
演劇に入り込んでいるイリーナの隣で、それを冷めた視線で静かに見ていたエストは「本当はこんなんじゃないんだけどな・・・・。」と小さく呟き被りを振った。
「え??何か言った??」
「いや。何も・・ねぇ?違うとこに行かない?」
「えええ!?!?見なくていいの??あんたが大好きな物語の演劇よ??」
「うん。物語は穴が開くほど読んだから内容は分かっているし。」
「へぇ・・・意外。」
ジトっとしたイリーナの視線にエストは首をすぼめた。
「え?何??」
「まぁ、いいわ。お父様も待ってるしね。」
「うん!」
フッと笑ったイリーナに頷いたエストは、人だかりを抜けベンチで休んでいるクレイグのもとに足早に戻って行った。
「あれ??もういいのかい??まだ途中だったろ?」
思っていたよりも早く戻って来た2人に驚いたクレイグがエストにそう尋ねると、ニヤニヤ顔のイリーナがエストよりも早く口を開いた。
「エストはもう大人になって、物語の世界からは卒業したんだって。」
「ほぉ!?」
「え?そんなんじゃ・・・って、意地悪だなぁ。」
イリーナの表情に気づいたエストが顔を顰めると、クレイグはエストの表情に苦笑いを浮かべた。
「ま、まぁまぁ。そう言えばエスト君は甘いものは大丈夫かい?」
「え?はい。大丈夫だと思います。」
「そうか!なら、2人に最高に美味しいデザートをご馳走しよう!」
「え!お父様、もしかしてあの店の最新のパフェのこと?」
クレイグの目配せに瞬時に反応したイリーナが顔を緩ませた。
「そうだよ!!」
「やったぁ♪♪♪」
ピョン!とその場で飛び跳ねたイリーナに目を細めたクレイグが、ポカンとしているエストに顔を向け微笑んだ。
「本当に美味しいんだよ!!僕もイリーナも大好きなんだ!!」
「そ、そうなんですね。分かりました。行きましょう。」
「ほら!!早く行くわよ!!!お父様も!!!」
はしゃぐイリーナが2人の手首を掴んで引っ張るように歩き始めると、エストは目を丸くしクレイグは破顔した。
「わ!!ちょっと!!」
「あっはははははははは!!!!」
****
「ルアンドロ様。そろそろお時間でございます。」
「ん。分かった。」
日が暮れ始めるころ、王座に腰かけていたルアンドロは宰相の言葉に応じると、王の間を出て城下が一望出来る城壁に足を向けた。
この日を祝う国民に、アルストの子孫として感謝の言葉を述べるためだ。
そして、アルストの子孫一族の全てはもちろんの事、宰相や大臣すべての官僚も顔を出すその一時が一年で一番城内が手薄になる時だった。
そして、主がいない『王の間』がもぬけの殻になる事が確実である一時でもあった。
****
甘いデザートに舌鼓を打ったあと、3人は美術館で飾られているアルストを描いた絵画や像を見学したり、とある広場で的屋やくじを引き等をして『記念祭』を大いに楽しんだ。
「あと10分後くらいに始まるみたいよ!」
「そうなんだ。」
そして、少し早めに中央広場の一角に設けられた来賓席に腰を下ろした3人は、第13代 アルスト王や王妃、その子供たちが広場に集まった国民や招待者へ言葉を述べるために姿を現わすのを待っていた。
「ちょっとドキドキするわね。」
「そうだね。」
少し顔を寄せ小声でそう話すイリーナがドキドキしているのは、王族からの御言葉ではなく、その後に城壁の内側から打ち上げられる盛大な花火に対してであった。
そして、エストがドキドキしているのは、その一時を狙って『王の間』に潜入する事に対してであった。
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