第64話 ルエナの魔法

「行くよ!ルガタァ!!」


「うん!」


木の枝を剣代わりにした幼き日のライトとルガタが、燦燦と輝く太陽の下で剣術ごっこをしていた。


「ルガタ!!僕たち角族は1対1でたたかうほこりたかい種族なんだって!」


「うん!ボクも昨日おしえてもらったよ。」


「かっこいいよな!!」


「うん!」


「ボクたちもほこりたかき角族だ!!」


「うん!!」


「へへ!うれしいね!!!」


「うん!!!!」


コン!コン!!と剣代わりの枝を交えながら、笑顔の2人は声を弾ませていた。



****



さっきまでの数倍の力があった。


その強烈な斬撃を弾き返すどころが、剣を弾き飛ばされ体を引き裂かれたライトは苦悶の表情を浮かべて地面に倒れていた。周囲はガラガラと燃え尽くした家が崩れ落ちる音が響いている。



「ぐ!!!!ぐふっ・・・がはっ!!!!!!!!!!!」



血を吐き出したライトの半身は細かく痙攣していた。



「く・・。」



そして斬ったライトの脇に立っていたアルストは、顔を歪め腹部に手を当てるとガクッと飾膝を地面に着けた。



「ルガタ・・・ごめん・・・ゴフッ!!お前のか、仇・・討てなかった・・・・。」



ボソボソと呟きながら、宙を彷徨わせていたライトの光の無い眼には幼き日の思い出が蘇っていた。



『『あはははは!!!!』』


「ああ・・・ルガタ・・・。」


その幻影に手を差し伸ばすライトの耳には、楽しそうに剣術ごっこをする幼い自分と、同じく幼い頃のルガタの笑い声が聞こえたような気がした。



「あぁ・・・あそぼ・・う・・ル・・ガ・・・・・・・・・・・・・・。」



言葉途中でバタッ!と差し出していた手を地面に落としたライトは息絶えていた。



そして・・・



ライトのその死に顔は・・・・微笑みを浮かべていた。






が、アルストはそれに憤怒した。





ライトの微笑みを目にしてギリギリ!!と拳を握りしめたアルストは勢いよくその拳を振り上げ、


「散々人々の顔を歪めてきたお前が、そんな良い顔して逝くんじゃねぇええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」


と怒りに満ちた形相でそう叫ぶなり勢いよくその拳をライトの顔面に振り下ろした。




グシャ!!!!!!!





生々しい音を立てた美しかったライトの顔は、面影も無いほど歪んでいた。



「ぬぅううう・・・ん??」


腹部を片手で押さえ、剣を杖代わりに立ち上がったアルストは正面に魔狼がこちらを見ている事に気づいた。


特に襲い掛かってくるような様子はなく、ただこちらを観察しているようなその視線を怪訝に思ったアルストだったが、ふと(アイツに遣われてる者か?)と感じるとその魔狼はピクッ!!と何かに反応して慌てるようにその場から逃げ出した。


その瞬間、ザクッ!!!!!と魔狼が居た場所に土の矢が突き立った。


「このぉおおお!!」


魔狼に気づいたアリエナが攻撃を仕掛けていたのだった。



「アリエナ!!・・・うっ。」


魔狼が逃げ出した方向に駆けだそうとするアリエナを止めようとしたアルストだったが、ガクッ!!と膝から崩れ落ちると今度はそのまま仰向けに倒れてしまった。


「アルストさまぁああああああああああああああ!!!」


走って来たルエナが顔をぐしゃぐしゃにしながら膝を着き、手間取りながらも必死にアルストを抱きかかえた。


「ふぅ・・・ふぅ・・・よぉ・・・お、俺の血で・・服が汚れるぞ?」


苦しそうに息をするアルストだったが、ルエナの顔を眺めるとそう言ってフッ!と微笑んだ。


「アルストさま・・・ごめんなさい・・・私が・・き、たばっかりに・・・いま「アルスト様!!!!!ああ!!」


駆けつけたアリエナに気づいて彼女に顔を向けると、アルストは同じように微笑んでみせた。


「いや・・・いい。守れて良かった・・・・。」


「姉さん!!」


「うん!!勿論だよ!今しようと思っていたとこ!」


「うん!」


「????」


強い視線で見つめ合い、頷き合う姉妹の会話の意味が分からなかったアルストはポカンと口を開いていた。


「精霊よ・・・私に力を貸してください。」


アルストの腹部の傷に手を当てたルエナが、目を閉じそう呟くと彼女の体が光輝きその光は一気にその手に集束していく。


「ん??なんだ!?!?暖かい・・・ルエナ!?」


「動かないで下さい!アルスト様。今姉さんが傷を癒しています。」


「は?????」


額に玉のような汗が吹き出させながら眉間に皺を寄せているルエナに驚き、起き上がろうとしたアルストだったがアリエナに体を押さえつけられた。


「ルエナはこの傷を治そうとしているのか???」


「そうです。」


「何と・・・。」


目を大きく開いて腹部に目を向けたアルストは、確かに痛みが和らいでいくのを感じていた。


徐々に患部に当てたルエナの手から放たれていた光が小さくなっていくと、ゆっくり瞼を上げたルエナは「精霊よ。感謝致します・・・ふぅーーーーーー・・・・。」と呟き深く息を吐いた。


「お、終わったのか??」


「はい。」


パチパチと何度も瞬きしながら、戸惑いの表情を見せているアルストを見下ろしていたルエナの顔は慈愛に満ちているようだった。口の両端を上げて微笑むルエナが、そっと腹部から手を上げるとライトに貫かれたその傷口は見事に塞がっていた。


アルストはゆっくり上半身を起こし腹部を確認すると、ルエナに目を向け感謝を口にしようとしたが、スッと距離を取っていたルエナとアリエナが並んで地に額を着けている姿に驚いた。


「な!何をしている?」


「アルスト様。あらためて謝罪申し上げます。私のせいで、いらぬ傷を負わせてしまい申し訳ございませんでした。」


「ごめんなさい。本当であればあたしが姉さんを守らなければならないところだったのに・・・・ごめんなさい!!!」


気にするなと言っても簡単に頭を上げないだろうと感じたアルストは、土下座をしている姉妹の前に跪くと自らも頭を下げた。


「俺こそすまなかった。」


「え??」


「なんで!?」


「ああ!!やめて下さい!!アルスト様。頭を上げてください!!!」


責められても仕方がない・・・いや、むしろ責めて貰いたかった2人はアルストの謝罪に耳を疑った。アルストの『すまなかった。』という言葉にビクッ!!と体を震わせ少し顔を上げると、首を垂れているその姿に今度は目を疑った。


「なんで!?!?なんでアルスト様が!!!あたしたちが悪いのに!!」


「そうです!!お願いです!!頭を上げてください!!!」


「すまない。いくら人々に酷い事を言われたとしても、焼かれている故郷を目にしてジッとしていろという方が無理な話だった。考えれば『そこに居ろ』と言われても俺だって同じことをしたと思う。」


「いえ!!それでも魔族がいる事を考えれば・・・留まっているべきでした。」


「そうです・・・だから・・・頭を・・・・。」


「分かった。それよりここは危ない。村から離れよう。」


「「あ・・・はい。」」


顔を上げたアルストは静かに微笑むと、未だ燃えている周囲を見渡し2人を連れ村の外に出た。


***


ブル!!ブルルル!!!


「ルエナ。傷を癒してくれてありがとう。」


馬を待たせていた場所まで戻ると、アルストはあらためてルエナに礼を告げた。


「いえ。私こそ・・・守っていただきありがとうございました。」


胸の前で両手を握り首を左右に振ったルエナは再びアルストに頭を下げた。


「フッ・・・。それにしても凄い魔法だったな。傷を癒す魔法があるなんて知らなかったぞ。他にも使える者がいるのか?」


「いえ。私達がいた村でも使えたのは私だけでした。」


「あ・・あの!!アルスト様!」


「ん?」


「姉さんの魔法のこと・・・秘密にしてくれませんか?」

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