第58話 姉妹の素性

「あの・・アルスト様。」


「え?あ??」


何からどう説明すべきか頭を悩ませていたアルストは、ルエナに声を掛けられドギマギしてしまった。


「フフ。そんなに焦らなくても。」


「いや・・だってだな。」


クスクスと笑うルエナにアルストが頬を掻きながら弁明しようとするも、ルエナは続けて問いかけた。


「それよりも、アルスト様は南東にある集落で暮らしているとお聞きしておりましたが、この度はどうしてこちらにいらっしゃったのですか?」


「え??ああ。ここから東にある集落に『よく燃える黒い石』があると聞いて、そこに向かっていたんだ。だが、それ以上に途中で馬に出会えたらと思っていた・・・ん・・・・だ・・・。」


「え?」


アルストはここに至った経緯を説明している途中、自分の言葉で自分の目的を思い出すと、我関せずと草をムシャムシャ食べている馬にバッ!と目を向けた。


「あ!!!馬!!!!!」


そう叫ぶと、ルーバスの店で『キュロ―ト』と呼ばれていた人参を数個分けて貰っていたアルストは、腰に下げている袋からその人参を1本取り出し馬に跳ねるように駆けて行った。


「あっ!アルスト様!!危ない!」


「あ!!!おい!!そいつはじゃじゃ馬であたし以外は・・・・て・・・。」


アリエナが乗っていた馬にスゥーッ!と近づいていくアルストに2人が慌てて注意するも、アルストは慣れた手つきで馬に人参を与えた。


ブルッブルルッル!!!


「ははは!!!そうか!気に入ってくれたか!!あははは!

!ん?お前も欲しいのか??よしよし!!!」


ルエナが載っていた馬も羨ましそうにアルストに近づくと、寄り添う馬たちの鼻に額を着けてアルストは嬉しそうに微笑んでいた。


「わぁ!!あの子達もアルスト様を気に入ったみたいね。」


「・・・・そうね・・・・。」


呆然とするアリエナに対してルエナは手を合わせてニコニコとその様子を眺めていた。



****



「野宿するから大丈夫だ。」


「ダメです!」


「いや、だいじ「ダメです!」


「・・・。」


2人が秘密にしている場所があるからと、『野宿する』と言うアルストの言葉を遮り手を取るルエナに抵抗出来ず引っ張らていくのだが、秘密の場所に着いたアルストは目を丸くした。


「ふ、2人はここに寝泊まりしているのか?」


そこは人が2~3人入れば窮屈に感じてしまうくらい小さい洞穴だった。洞穴の外では2頭の馬が体を休めている。


「どうしてこんな所に??」


「あ・・えーっと・・・話せば長くなるので。でも、こんな場所でも雨は凌げますよ。」


「質問に答えて欲しい。」


「いや・・・でもぉ・・・。」


さっきまで鼻息荒くアルストの手を引っ張っていたルエナだったが、急に歯切れが悪くなったため、ふぅ・・と息を吐いたアルストは、無理強いは良くないと思い直し口を開こうとした。


「無理に「あたしのせいだよ!・・・・それとこの肌の色のせいだ!」


「アリエナ!!!」


「だって、そうでしょ!!」


「肌の色??落ち着いてくれ。どうしたんだ?何があった?」


アリエナが声を上げると、すかさずそれをルエナが咎めた。が、それに対して口ごたえし出したアリエナを見たアルストは、質問を交えて2人の仲裁に入った。


「あ・・・いえ・・・それは・・・・。」


「姉さん・・・話そう??こんな場所に連れて来たのは姉さんじゃない。問われても仕方ないとあたしは思う。」


「そ・・・そうよね・・・。」


「ああ、そうしてくれると助かる。」


気まずそうにするルエナに対してアリエナが『話そう』と促してくれた・・・それをありがたく感じたアルストは強く頷き耳を傾けた。


「あの・・アルスト様は・・・この肌の色が気にならないのですか??」


「ん?ならないな。南から集まる人族たちの中には2人より肌の色が濃い者もいたからな。」


「だから、あまり私たちの肌の色を見ても何とも思わなかったんですね。」


「ああ。」


「ですが。私たちが暮らしていた村では・・私たち姉妹以外は皆肌は白いのです。じ・・実際にそうなのですが・・・あの・・・。」


「姉さん。言いずらいならあたしが言う。」


「ごめ・・・おね・・がい・・・。」


涙を滲ませながら、情けないという思いが籠っている・・そう感じさせるトーンでアリエナに説明を頼んだルエナの表情はアルストの心に刺さった。


(この姉妹に何があった??)


スゥーーーー・・っと鼻で息を深く吸い込むと、アルストはアリエナが口を開くのを静かに待った。



「お、驚かないで聞いてくれよ?」


「んー。驚きはするかもしれないな。」


「い、意地悪い事を言わないでくれ・・。」


「ははは!すまん。」


わざとらしく『冗談だ』と笑い声を上げるアルストに、フッと微笑んだアリエナは重たかったはずの上唇が軽くなったのを感じた。『この人ならきっと・・。』そう思ったアリエナは自分たちの素性を話し出した。


「アルスト様は褐色肌の魔族と戦った事がある??」


「あ!あるぞ!」


「そう・・・あたしたちの祖先にはその魔族がいるの・・・簡単に言えばあたし達の曾祖父が褐色肌の魔族だったの。」


「え??」


「だからその血を継いだ証拠がこの肌の色って事・・・だから・・・。」


「差別か?」


「察しが良いね。そう・・でも、あの女が現れる前まではそうじゃなかったんだけどね・・。」


「ククク・・・・。」


「どうして笑うのですか!?!?」


神妙な面持ちで自分の代わりに自分たちの素性を語ってくれたアリエナに対して、堪えるように笑うアルストにルエナがムッとした表情を見せた。


「ククク・・・いや、すまない。『あたしのせいだ。』と言った理由が分かったものでな。『あの女』か!!!ククク!最高だな!!」


「最高??」


「で、ここにいるに至った原因は??」


「う・・・あたしがあの女の言い成りになる仲間に『どうしてあんな女の言う通りにするんだ!これまで一緒にやってきたじゃないか!!』って言ったからだよ。」


「なるほどな。」


「アルスト様は怒らないの??」


「怒るも何も、俺も今住む集落でイヴァを『あの女』呼ばわりしたからな。」


「え!?大丈夫だったんですか?」


「ん?そこの集落の長に、もの凄い形相で睨まれたが・・・。」


「が??」


「威圧して黙らせた。」


「まぁ!?!?」


「ピュ~~!やる~~!」


黙らせたと言ってニヤッと笑ったアルストに、ルエナは口を両手で多い目を開くとアリエナは口笛を吹きその後アルストと同じようにニッ!!と笑顔を見せた。


「流石勇者様だね!!あたしたちはそうはいかなかったよ。そう言ったら仲間たちが今まで見た事のない顔で『イヴ様を蔑むものは許さない!混ざり者を追い出せ!!』って村を追われてしまったよ・・・まぁ・・今日の出来事なんだけどね。それで久しぶりにこの場所に訪れたら出くわした魔狼に襲われたって話・・。」


「そうか・・。繰り返しになるが、あの女が姿を現す前は普通に暮らしていたのか?」


「うん。何のわだかまりもなく暮らしていたの。だけど、あの日・・・・・。」


その後、アルストはこれまでの出来事を一生懸命語るアリエナに、何度も相槌を打ちながら真面目に話を聞いていた。


「でも、おかしくなったのは仲間たちだけじゃなかったの。あの女の言葉を耳にした途端、あたしも姉さんも『自分たちの血に魔族の血が混じっている』・・・その事を恥じる気持ちが芽生えた・・・。」


「あの女の特殊な力のせいだな。」


「やっぱりそうなのですか??」


「ああ。だが、どうしてその事に気づけたんだ?俺がいる集落ではその事に気づけた者は今も一人もいないが。」


「あの女が姿を消してから少し時間が経つと、自分の気持ちの変化に気づいたの。どうして自分の血を恥じたんだろう??って。自分たちの事だからそう思えたんだと思う。だけど・・・。」


「他の者達はそうならなかった。」


「うん。あたしたちを魔族の回し者だと思う人が出て来たの。今まで仲良くしていた人達に『混ざり者』と罵声を浴びせられて、自分たちの心にも淀みが生まれれば、何が原因かって考えるのが普通じゃない?」


「そうだな・・・。」


元の世界にも根強い差別はあった・・・が、アルストは種族間の差別を口にはしないものの良く思っていなかった。そのため、この姉妹がイヴァの言葉一つで突如その対象とされてしまった事を不憫に思うのと同時に怒りが込み上がるのだった。


ギリ・・・と悔しそうに拳を握るアルストを目にしたルエナは目を細めるとキュッ!と口を結んだ。


その後、スゥーーーッと息を大きく吸うと意を決したように口を開く。


「アルスト様は話を聞いて、魔族の血が混じっている私達ことをどう思いましたか?」


「どう??特に何とも思わないが??そもそも差別は嫌いだからな。」


「??なら、どうして魔族と戦われるのですか??」


「ひとつ言うが、俺は自ら魔族を殺そう出向いた事はないぞ?襲ってきたのを撃退しているまでだ。(ま、アイツ等との戦いはワクワクするが・・・それは言わないでおこう・・・。)」


「そうなんですか?益々聞いていたのと違いますね。」


「どういう事だ?」


「魔族を屠るため勇者を召喚したって聞いて言ましたから。」


「それこそあの女が勝手に言ってる事だ。今の俺はそれよりも人々の暮らしが良くする事に興味を持っているしな。」


「あの・・それなら、人族の女と魔族の男が結ばれた事はどう思う??」


「うーーーん・・・・。」


アリエナの問いに腕を組んで天を仰いだアルストの頭に、ニッ!!と笑うバスチェナの姿が浮かび上がった。


『アイツはいい男だったな。』


そう思いながら一度頷いたアルストが


「いや、魔族の男に惚れるというのも分からなくはないぞ。」


と、2人に答えるとルエナは裂けるんじゃないかと思うほど目を開き、アリエナは同じく口を大きく開いた。


「はぁ!?!?!?!?勇者がそんな事を言っていいの??」


「ん??ダメなのか??」


「ブッ!!!!アハハハハハハハ!!!!!!!」


「ど、どうしたのだ????」


「のだ?じゃないですよ!アルスト様♥」


破顔したアリエナと頬を染めたルエナがアルストに抱き着いた。


「おい!!どうした!!!!や、やめろ!!!美人に抱き着かれることに慣れていないんだ!」


目をギュー――っと瞑り、両手を上げて焦るアルストの顔を胸元で見上げたルエナが嬉しそうに口を開いた。


「え?私たち美人ですか??」


「いや、姉さんだけだろ!」


「いや!!!2人とも美人だから!!!!だから、だから離れてくれ!!」


「「!?」」


「アリエナ!!!!」


「うん!!」


「うぉい!!!!」


目を合わせて微笑みあった姉妹は、さらに力いっぱいアルストを抱き締めるのだった。

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