第57話 姉妹との出会い


―ドイルが北の砦にてライトの死を知らせる7日前―



『北東にある村にはよく燃える黒い石がある。』


北部から来た人族の男の話から『石炭』を連想させたアルストは、その話を確かめるため現ホロネルがある場所を目指して歩いていた。


北東という事でまず北に向かいルーバスがいる村に立ち寄り、彼の料理に舌鼓を打ったアルストの足取りは軽かった。


東西に渡る森に沿うように東に向かって歩いていると叫び声が耳に届いた。森の奥で誰かが魔物に襲われているようだ。


しかし、女性のものと思われる高い声が耳に届いたのだが、「キャー!」とか「だれかー!」という類の叫びではなく


「おりゃぁああああああああああ!!!」


という威勢のいい声だった。


「・・・・。何だか・・・大丈夫そうだな・・・。」


キャン!!という甲高い声が数回聞こえて来たので、魔狼に襲われているものの返り討ちにしているのだろうと想像出来た。


一瞬素通りしようかとも思ったアルストだったが、前の世界で聞きなれた足音がこちらに近づいている事に気づいて再び足を止めた。



バカラッ!バカラッ!バカラッ!



その跳ねるような足音が大きくなってくると、どうにも胸躍ってしまうアルストは半笑いになっていた。


**


ゾラの集落で牛や羊は目にしていたアルストだったが馬だけがいなかった。絵を描き『こういう動物はいないのか?』とゾラに問うと『見た事はありますが。』という返答だった。


さらに『どうして馬を飼わないのか?』と問うと、答えは『さほど必要性を感じていなかったから。』・・というシンプルなものだった。


人族たちは昔から田畑の耕作には牛の力を借り、羊から羊乳と毛糸を得ていたそうだ。それ故に耕作に馬の力を借りる必要は無かったし、また今まで他の集落との交流は少なく、争いも皆無・・・早く移動するという目的が無かった。それゆえ『さほど必要性を感じていなかった。』という事らしい。


しかし、状況が変われば必要性も変わって来る。


アルストがこの旅で求めたのは、『鉄鉱石類』『石炭』そして『馬』だった。


**


バスッッ!!!と茂みを蹴破り現れたのは馬とそれに跨る女性だった。


「この世界にも乗っている者がいるじゃないか!」


その姿を見て嬉しくなったアルストは満面の笑みを浮かべていた。


「え?人??」


馬に跨る女性は驚きの表情を見せるが、すぐ険しい顔に戻すと「逃げて!!!」とアルストに叫ぶと草原に馬を走らせた。


その女性は、薄茶の長い髪を靡かせ、キリッとした眉でありながら若干垂れ目の愛らしい容姿の持ち主だった。少し日焼けしたような小麦肌がアルストの目に輝いて見えた。


ポー・・・・・っとその女性に見とれてしまったアルストは、後方から魔狼の吠える声と馬が駆ける音が近づくのに気づいて被りを振ると、剣を抜いて森の方へ振り返った。


が、


バサッ!!!!!!っという音と共に別の馬に跨った女性が姿を現したのはアルストが立っている位置から数十m右方だった。


草原に飛び出したその1頭を5匹の魔狼が追いかける。


草原で振り返った最初に森から飛び出して来た女性が、魔狼に追われる女性に向かって「アリエナ!!!!」と大きな声を上げると、『逃げて!』と言ったはずの男がそのまま、その場に立っている姿が視界に入った。


「どうして・・・逃げてって言ったのに・・・。」


当のアルストは馬を追う魔狼を追おうと思ったが、自分の正面に気配を感じそのまま身構えた。


ガァアアアアアアアア!!!


すると森の中から魔狼が4匹飛び出して来た。


「逃げてぇ!!」


女性がそう叫ぶが、口を真一文字に結んだアルストは臆することなく魔狼たちへ突っ込んだ。


「ん!!!!」


ギャン!!!


キャウゥウウン!?


あっという間だった。


アルストは飛び上がっている魔狼たちを一瞬で斬り捨てた。


「え!?」


アルストに飛びかかる魔狼を目にした瞬間、グッ!!と強く瞼を閉じた女性は、甲高い魔狼たちの鳴き声を耳してそぅーー・・っと片目を開けると、横たわる4匹の魔狼に一瞥もする事無く、妹を追いかけている魔狼たち目指して駆け出す姿に驚いた。


「嘘・・・。」




今度は風を切りながら残りの魔狼を追いかけていたアルストが自分の目を疑った。


「広いとこに来ればこっちのもの!!!」


そう言って馬からピョン!と飛び下りた女性が、ポン!と両手て地面を叩くと土が浮かび上がり矢のような形に変化した。


先頭の2匹が牙を剥いて飛びかかるが


「行け!!」


と女性が両手を勢いよく交差させると土の矢は大きく開いた2匹の口を貫いた。


ギャイン!!!


鳴き声を上げた2匹の魔狼がそのまま女性の脇を通り抜けると、再び女性は土を叩いて今度は土でこん棒を作り上げた。


女性は駆け出すと同時に目の前に浮かんでいるこん棒を手にし、残りの3匹に向かっていく。


芸無く残りの3匹も牙を剥いて飛び上がると、女性は最初の1匹を振り上げたこん棒で叩き潰すと、体を回転させながら残り2匹を横殴りして吹っ飛ばした。


吹っ飛んだ片方の魔狼が素早く体勢を立て直すも、その隙を見逃さなかった女性は1匹目と同じように魔狼を叩き潰す。


そして、叩き潰したと同時に前転すると残りの1匹に目を向けた。



ギャッッ!!!



が、残りの1匹は脳天を剣で貫かれていた。


「え?」


アルストがいる事に驚いた女性は目を大きく開いているが、魔法を解除してこん棒を土に返した。


その女性は最初の女性と同じく薄茶の髪だが短めで、キリッ!とした眉はまた同じだが少し気の強そうな目をしていた。そして、小麦色の肌は彼女の健康美を際立たせていた。


魔狼から剣を抜き、ビッ!!と血を払い鞘に収めるとその様子を女性は黙ってみていたが、顔を上げたアルストは目を輝かせて口を開いた。


「凄いな!!素晴らしい魔法を見せて貰ったよ!!」


「へ??」


予想範囲外のアルストの表情と言葉に、間の抜けた声を出してしまい少し顔を赤らめると、馬から降りた最初に森から飛び出して来た女性が駆け寄って来た。


「アリエナ!!」


「姉さん!大丈夫だった?」


「私は問題ないよ。アリエナこそ大丈夫なの?」


「勿論大丈夫だよ!一網打尽♥」


「もお!」


心配する姉を余所に力こぶを見せたアリエナと呼ばれた女性は、安心させるように笑って見せた。


その様子を微笑ましそうに見ているアルストに気づいた『姉さん』と呼ばれた髪の長い女性がトコトコとアルストに近づくと頭を深く下げた。


「あ、あの・・・ありがとうございました。」


「いや。ちょうど通りすがっただけだ・・から・・。」


「は?何したの????この人??」


「他の魔狼を倒してくれたのよ。凄かったんだから。ズパズパ!!!って!!」


「あ・・いや・・・。」




「・・・・へぇぇ・・・・。」




ピョンピョン!と興奮気味に語る姉と少し照れてる男を冷めた目でアリエナは見ていた。


「・・・・・。」


「どうしたの?アリエナ?」


「・・・・別に。」


一歩引いている妹に女性が首を傾げて顔を覗くとアリエナはプイッ!とそっぽを向いてしまった。


「もぉ・・。」


その態度に女性はプクッと頬を膨らませた。


「妹さんは、アリエナと言うのか?」


「あ!はい。妹のアリエナです。私はルエナと言います。」


「ども。」


「どちらも良い名だな。俺はアルストと言う。旅の者だ。」


「え!?!?あんたが??」


「女神に召喚された勇者・・・。」


「!?・・・そうか・・やはり貴方たちの前にも姿を現していたんだな・・・。」


名を名乗るとそう口にして少し後退った2人を目にしたアルストはガクッと項垂れた。


「え?現わしたんだな????」


「あ!!いや、俺はあの女の使徒ではなくて・・いや、ここはイヴァ様と言うべきなのか??」


「あの女??って・・・女神の事ですか??」


「ああ・・いや、あの・・・うーーーーーーー!!!」


ガシッ!!と頭を両手で挟んで何やらもがき始めるアルストの様子にルエナとアリエナは戸惑った。


この2人は、イヴァの『魅惑fascinate』を受けながらもイヴァに怨みを抱く者たちだった。


**


ある日突如村の中央で姿を現した『イヴァ』と名乗る女神により、彼女たちの生活は一変した。


『混ざり者』と言われ急に村人たちから蔑まれるようになってしまったからだった。


これまでそんな事を言われた事もなく、仲良く暮らしていた村人たちがイヴァの『角を生やす魔族の思うまま悪道に進んでしまう事でしょう。』という言葉により自分達を見る目が変わってしまった。


イヴァの顕現の際、その美しさに目を奪われ『この方の言う事を聞かなくては・・・。』とその姿を目にした当初はそう思っていた。


しかし、イヴァの言葉によって自分たちの人生が一変したとなると、2人にとってイヴァは女神どころか忌まわしい存在になっていた。


そのため2人はその後村にイヴァが顕現しても極力彼女を視界に入れないように努めた。そうしていれば、自分たちの意思は保たれる事に気づいたからだった。


だが、姿を現したイヴァがこの地に『勇者』を召喚したと満足気に話し出した事に驚いた。


しかもその勇者は既に数人の魔族を屠ったらしい・・・。


『皆さん。安心してください。』


そう言うイヴァに村人たちは歓喜の声を上げるが、忠誠を誓う振りをして首を垂れたままの2人は胡散臭いと思っていた。


そして満足気に語る彼女が召喚したその勇者と呼ばれる男は、彼女と同じ思想を持っている者なのだろうと勝手に決めつけていた。


しかし、実際に目の間にいる勇者と呼ばれる男は、少年のように目をキラキラ輝かせては、照れて頬を赤らめたり、いきなり落ち込んで見せたりする。


「なんか、思ってたのと違う・・・。」


「そうね。フフッ♪」


アリエナがそう溢すと、ルエナはその言葉に頷き頭を抱えているアルストを見てクスッと微笑むのだった。

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