第55話 フレドとバスチェナ ~side horns tribe

外に出て来たエンドスパイダ―は12の目を光らせエストの居場所を探していた。



キキギキ!!



カカカ!カカカ!と音を立てながら大きな体を小刻みに左右に体を動かしていたエンドスパイダーは、正面の大木の上に飛び移っていたエストを見つけると


ギキ!!!グァ!!!


まるで『逃げるな!』と言うように声を上げた。


「はぁ・・やっぱり諦めてくれないかぁ。」


面倒くさそうに頭を掻きながらそうぼやいたエストは、今や魔物からすれば『最期』という存在に近かった。


ガガガガガガガガガ!!!!


と、激しい音を立て、幹に穴を穿ちながら登ってくるエンドスパイダーの姿を目にしたエストは、大木から飛び降りると右手をかざした。


「風の牢獄Prison


ギキキ!?


あの餌が何かをしているようだが構わない。いい加減逃げるな!自分は腹が減っている。


エンドスパイダーが地面に着地したエスト目掛けて飛び掛かると目の前が少し歪んだような感覚があった。


それがエンドスパイダ―の最期だった。


ギギィィィイ!?!?


気づいた時には吹き荒れる風の球体に飲み込まれた。


ガガガガガガガガ!!!!!


鋭い手足で必死に打ち破ろうと足掻くも、削れていくのは自分の手足の方だった。


さらに・・・


ギ!?


キィィイィイッィクゥウウウ!!!!


エストが開いた右手をゆっくり閉じていくと球体は徐々に縮んでいく。


風の牢獄内は外気との接触が絶たれていた。そのため空気圧がエンドスパイダーを圧し潰していく。


キィィイッィイイイイ・・・・キュィィイ・・・


苦しそうに藻掻くも・・・・到頭ブシャッ!!!と音を上げエンドスパイダーは圧死するのだった。


「ふぅ・・・。」


パッ!と手を開いて牢獄の魔法を解いたエストは、地面に落下したエンドスパイダーの死体を一瞥すると、主がいなくなった階段を上がっていくのだった。




が、苦労したのはここからだった。


「ぷぅーーーっ!!!ぷっ!!!フッ!!!!」


階段を登りきると、そこは大きい空間があったのだがもの凄くかび臭く埃っぽかった。数か所見える木窓の一つは朽ち果て光が差し込み、その他も触れるだけで落ちてしまいそうな状況だった。


出来るだけ風通しを良くしようと思ったエストは、一番近くにある木窓に向かって進みだすなりいきなり普通の蜘蛛の巣の糸に顔が引っかかってしまった。


「プッッッ!!!ペッッッ!!!あぁ・・・もぉ・・ゲホッッツゲホ!!」


蜘蛛の糸が口に入ったような錯覚に陥って唾を吹きながら、髪や顔にかかった蜘蛛の糸を取って声を上げると、今度は埃っぽリ空気を吸って咳込んでしまった。


実際にここが使われなくなったのは100年ほど前なのだが、それでも積もり積もったものは凄かった。


「スアニャ。」


『えー・・あまりお勧めしないよ。』


「うーーん・・でも一気に吹き飛ばしたいんだ。」


『いいけど・・・知らないよ?』


「うん。」


室内の奥に向かって両手をかざしたエストは暴風の魔法を使った。


イメージとしては室内の埃を外に吹き飛ばすようなものだったのだが、少し苛立っていたエストのその安直な考えは甘かった。


ボフン!!!!!!!!!!


魔法を放つと部屋にあった木窓は全て吹き飛び、そこから灰色の埃が雲のように吹き出した。木窓の反対側の壁に並ぶドアは吹き飛ぶ事無くガタガタと音を鳴らし・・・あ・・一つ吹き飛びさらに奥から何かが壊れた音がした。


一見成功したように見えたが、


「ブーーーーー!!!ゲホッッ!!!ゲホゴホ・・ゴホ・・・ゴホァッ!!!!!」


室内に巻い上がり滞留した埃にやられて、窓から顔を出したエストは髪も顔も服も真っ白になっていた。


「ゲホ!!グフ!!!」


『ほらぁ・・・だからお勧めしないって言ったのにぃ・・。』


『ミプゥ・・・。』


「ゴホ・・・・。」


胸の中で呆れ顔をしている2人を尻目に、リュックからタオルを取り出し顔に巻き付つけると、「おらぁあああああああ!!!」と叫び声を上げさらに数回暴風を使った。



少し目が血走っていた。



『エストがおかしくなったミプ・・・。』


『・・・・。』


最期に放った暴風で室内に埃が舞い上がらなくなった事を確認すると、エストは両拳をグッ!!と掲げて「スッキリしたぁあああああ!!!」と気持ちよさそうに仰け反り声を上げた。


『はぁあ。気が済んだ???酷い事になってるわよ。さっき見つけた川に行って埃を洗い落として来たら??』


『ミプ!』


「・・・・はい。」


胸の内から白い目を向けられている事に気づいたエストは、2人の視線に素直に従い窓から飛び降ると砦の数百m前にあった川へと走っていった。



****


「はぁ・・・やっと落ち着いた。」


川に入って体を洗い、服を洗濯して着替えたエストは砦に戻って一息つくと、南西側に並んだ窓から光が差し込み中の様子がよく分かるようになっていた。


ちなみに着替えた服はイヴァリアでイリーナに見繕ってもらったものだった。


**


『あんたいつまでそのお決まりのパーカーでいるつもりなの??』


『え?ダメ???』


『もうちょっとお洒落になって次会った時にカリンを驚かせなさいよ!』


『え??うーーーん・・・・べつ『ほら!!行くよ!!!!』


『わ!!ちょっと待ってよ!!』


と、長年愛用しているパーカー姿にダメ出しをされ服屋に連れていかれたのだが、グレーのシャツに太ももほどまである薄手の黒いコート、さらに黒のパンツに身を包むと『カッコイイ!!』とスアニャ、ミルプから好評だったので満更でも無かった。


イリーナには『まぁまぁね。』と言われる始末だったのは余談だ。


**


先程の暴風によって室内の奥に家具の残骸が転がっている様子に顔を引きつらせるも、視線を室内の中央にあった石で出来た大きなテーブルに移すとその表面に指を滑らせた。


「ここで何があったのかな?」


感慨深くそう呟いて目を閉じスキル『過去視past viewer』を発動しようとしたエストにミルプが素朴な質問をぶつけて来た。


『中に入る必要があったミプ??』


『あ!ミルプ!!』


スキルの『記録record』を使えば自分の半径500m範囲で過去の出来事を記録出来るため、砦に入る必要なく中の出来事を記録出来たのは確かだった。


「いや・・そこは・・・冒険心とか、浪漫とかさ・・・。」


『ミプ????』


よく分からないと言いたげに首を傾けるミルプに苦笑するも、再び目を閉じたエストは『過去視past viewer』を発動した。



****


蠟燭の明かりに灯された室内に、テーブルに両肘を着いて座っているフレドの姿があった。


その顔には疲れが滲み出ていた。


「来たか。」


「フレドさん・・・話とは何でしょうか?」


背後にある階段を上り姿を現わしたのはバスチェナだった。


コツコツと床を鳴らしながらフレドから少し離れた椅子に腰を下ろしたバスチェナは、フレドの顔を覗くとその疲れた様子が気に掛った。


「ああ。すまない。呼び出して。」


「いえ、それより少し休んだ方が?」


「大丈夫だ。この話が終わったら休ませてもらうよ。」


「分りました。相変わらず人族たちの目を覚まそうと躍起になってるんですか?」


「いや、それはもう諦めたよ。分かってはいたがあれは完全に洗脳だ・・・。俺の言葉はもう届かない。」


「そうですか・・・。」


少し俯いたフレドだが、すぐ顔を上げると話を続けた。


「それよりも、あの女がこの世界に呼び出したあの人族の男・・・アルストと言ったかな。あの男が秀でているのは戦いだけではないようだ。」


「ああ。正確には人族ではないそうですが。」


「は?誰が言っていた話だ?」


「本人が。」


「あ!?お前戦ったのか??」


「いえ、ちょっと偶然にも一時会話を交わしただけです。」


「そ、それは他の者にも伝えたのか?」


「いえ、今初めてフレドさんに話しました。なのでこの事は内密にお願いします。」


ガタッ!椅子から立ち上がったフレドは、淡々とそう話すバスチェナに唖然とするも・・・その後首を左右に振ると再びゆっくり腰を下ろした。


「なぜそれを俺に??」


「結構話せる男だったのと、面白い事に魔族と戦う意志を持ちながらあの女に洗脳はされていないようだったので・・・今後フレドさんがあの男と対峙する事があるなら耳に入ってた方が良いかと思いまして。」


「な!?なんだと!!!それは確かなのか???」


「はい。俺の角を目にしても襲い掛かって来ませんでしたから・・・くくっ・・それにあの男もあの女に苦労しているようでしたので。」


アルストの話を楽しそうに語るバスチェナに、しばらく開いた口が塞がらなかったフレドだったがフッと微笑むと


「新しい風というのは気づかぬ内に通り抜けているものなのだな・・・。」


と小さく呟いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る