第54話 エンドスパイダー

「何て名前だっけ・・・前に図鑑で見た事あるんだよなぁ・・。」


キキ・・・。


松明の明かりに気づいた蜘蛛の左右に乱雑に配置された12の目がキラッと光った。


その蜘蛛は薄紫の毛で全身が覆われ、とても気味の悪いフォルムをしていた。



『毛の内側にある皮膚はゴツゴツとしていて甲殻類のように固く銃の弾も弾くほどだ。

厄介な点は薄紫の毛が毒針毛だということだ。巨体なキラーベアでも触れるだけで数時間動けなくなるほどの神経毒で、人が触れたら即死だろう。』・・・と図鑑にそう記されていた。


「あ!エンドスパイダーって名前だった。」


ギキュイ・・・。


エストがその名を思い出すと、その声に反応するようにエンドスパイダーは縮めていた8つの足を伸ばし体を少し起こすと、左右の頬とみられるの部分から牙のような突起物をズルッ!!と出した。


エンドスパイダ―という種は個体数が少ないため、魔物の森の中でもなかなかお目に掛かることが出来ない種だった。


その理由の一つは、彼らに外で活発的に獲物を捕えようとする習性が無かった事だった。彼らの捕獲方法は魔物が好む香しい匂いを尾から発しながら、陽が届かない洞窟や洞穴の暗闇に紛れ、ジッと獲物が来るのを待っているというものだった。 


しかし、ジッとしているのは獲物が洞窟や洞穴に入って来るまでだ。


エンドスパイダーは音に敏感で、魔物や角族(又は人族)がある程度洞窟の中に入って来たのを察知すると一気に襲いかかるのだった。


魔物であろうと角族(人族)であろうと、洞窟や洞穴の中でエンドスパイダーと遭遇してしまった者達は、迎え撃つにしても逃げるにしても一様に彼らの餌となってしまうのだった。


その事も目撃者が少なかった理由の一つで・・・発見しても生還出来なかったのだろうと考えられた。


またそのため『出くわしたら最期(the end)』と言われるようになり・・・それがエンドスパイダーという名前の由来になった。


エンドスパイダーの生息地は魔物の森だけでは無かった。


むしろその種が初めて公になったのは、エストが通ったグラティアとガルシアの家の間に広がる大きな森の中だった。



**



約100年ほど前から爪や牙、角などの魔物の素材が高値で取引されるようになった。鉄や鋼にその素材を合わせると強度や硬度、剛性が上がる事が広く知れ渡った事がその要因だった。


リュナの愛剣、今エストが腰にぶら下げているその剣も魔物の素材で作った一振りだった。ホワイトキラーベアの爪を織り交ぜた剣ゆえに、剣に魔力を込めると魔法を切り裂き、魔法を弾くことが出来る。ホロネルでリンナの『貫通perforate』を弾くことが出来たのはそのためだった。


その頃から、グラティアに魔物の素材収集を生業とするハンター(魔狩)と名乗る者達が溢れるようになった。


目的はその通り魔物の素材を高額で取引するためだが、その実態は力はそれなりにあるものの、性格等の理由で騎士としての適性が無いと判断された者たちや荒くれ者たち集団だった。故にグラティアの治安がそれ以降悪くなっていったというのは余談だ。


またグラティアにハンターが溢れた理由は、イヴァリアの東にある魔物の森から現れる魔物のほとんどが騎士団に持っていかれるためだった。


そんな折、いつも通り魔物を狩るため森に入った20人程の集団が発見した洞窟内にてエンドスパイダーと遭遇してしまった。


彼らは初め、見たことの無いその個体に興味を示し、高額で売れると興奮したのだがその興奮は一瞬にして恐怖に変わった。


襲い掛かるエンドスパイダーに火の魔法は効かず、剣も弾かれた。


さらに斬りかかった者は毒針毛に触れてしまいバタバタと倒れていくのだった。


そんな中、悲鳴を上げながら必死で洞窟から逃げ出せた生還者がいたのだが、その男は洞窟を出ると自分が1人である事に気づいた。


後ろで逃げていた仲間は???


そう思い慌てて振り返るのだが、その目に映ったのは洞窟の中から伸び出る鋭い足先により胸部を貫かれ、ズルズルと闇の中に引きずられていく仲間の姿だった。


**


この出来事により森とグラティアの街との境に大きな塀が巡らされ、塀の出入り口に駐屯所が設けられたのだが、先の恐怖により精神を病んだ生還したその男から聞けた魔物の情報は


〇洞窟内で遭遇した。

〇あっという間に仲間が倒れていった。

〇表皮は固く、魔法も剣も弾き返される。

〇その魔物は大きな蜘蛛のようだった。

〇足先は鋭く人の体を簡単に貫く。

〇動きが素早かった。

〇色は・・・紫っぽかった。


くらいだった。




ではなぜ図鑑に載ることが出来たのか?




その理由は彼らの習性のもう一つにあった。


例えば、ある洞窟である程度の獲物を捕らえると『匂いに釣られてあの洞窟に入ったものは帰って来ない。』という事くらいは魔物と言えども知れ渡る。あの穴に入れば終わりだと。


そうなれば当然狩場に餌がやって来なくなるため、エンドスパイダーは狩場を変える事を余儀なくされるのだが、陽の光が得意ではないエンドスパイダーが移動する時間帯は深夜だった。


今から30年ほど前に人族を襲った魔物を討伐するため騎士団が魔物の森の北部に入った際、ばったりその移動中のエンドスパイダーと遭遇してしまった。


だいたい移動中のエンドスパイダーは上記の理由で空腹状態にある。


騎士達に気づいたエンドスパイダーは躊躇なく彼らに襲い掛かった。


もちろん騎士達も反撃はするものの、ハンター達と同じように毒針毛に触れてしまっては同じように命を失うしかなかった。


だが、ハンターたちと大きく違ったのは、「外」であった事と騎士達の中に鎧に身を包んでいた者が数名いた事、そして土の魔法を使える魔法士も数名いた事だった。魔法士達は毒針毛を通さない固い盾を手にした騎士達が何とか抵抗している間にエンドスパイダーを取り囲むと、力を合わせて頭上に巨大な土の塊作り上げ、一気に叩き潰した。


これが洞窟や洞穴の中では上手くはいかなかっただろう。無論、洞窟内であったらば騎士団は壊滅だっただろうと思われる。


しかし、これによりエンドスパイダーの生態を知る事が出来たのだった。



****



砦にいたエンドスパイダ―は腹を空いていた。


前にいた狩場で餌が来なくなったため、その場を見限って見つけたのがこの砦だったのだが、何とか身を小さくして入れる四角い穴(窓)から入り光の届かない階段に身を潜めていたのだが、数日経ってもこの場には餌がやって来ないのだ。



あと1日来なければ別の場所に移動しようと思っていた矢先、嬉しい誤算が起こった。背後から木枝が斬り落とされる音がすると、明かりを灯した見た事のない・・・上手そうな生き物が姿を現わしたのだ。


キギキキキキキギ・・・・。


エンドスパイダーは体を少し仰け反らせ


グァパ!!


と口を大きく開くと


カ!カ!カ!カカカカカカカカカ!!!!!!


異様な音を立てながらもの凄い勢いでエストに襲いかかった。


図鑑に書いてあった説明文を思い出したエストはエンドスパイダーが夜行性だという事も思い出し、光溢れる砦の外に出たのだが、


バキ!!バキャッ!!!!!!!!!


自分が入れるくらいの大きさだけ切り開いた木枝を吹き飛ばし、エンドスパイダ―は陽の光に構う事なくエストを追って外に出て来た。


「え??話と違うじゃん。」


陽の光は得意では無い・・・・が、エンドスパイダーは腹を空かせていた。







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