第22話  動き出した世界②

「バスチェナさんよぉ・・・。何度も言うようにオレらはもう我慢出来ねーよ。」


羊の巻角を生やしている「ライト」が椅子を揺らしながらバスチェナに悪態をついていた。


金髪のくせっ毛に、切れ長の綺麗な目をしていたライトに


「お前は、お前が考えた行動をすればいい。」


と、目を伏せて答えた。


ドイルは、ライトたち若者(と言ってもバスチェナの2つか3つ下の連中)が無造作に人族を襲い始めているのを知り、バスチェナ城の基盤となる北の砦に集めていた。(現バスチェナ城から少し離れた小さな岩山)


その冷たい岩山を削って作った部屋の壁には、明かり取りの蝋燭台がいくつか設置してあった。その真ん中に6人掛けのテーブルと椅子がただ置かれていた。


その一脚に腰を下ろしていたドイルは話合いを持とうと考えていたのだが、既にライトもバスチェナも話し合う気などない様子を見て頭を抱えていた。


「ま、待て!!あいつらは洗脳されているだけだ!!殲滅するなど馬鹿げている!!」


すると、ライトの意見にフレドがそう反論を述べるが、呆れた顔を見せたライトは高い鼻の下にある薄い唇の片端を上げながら両の手を天に向けた。それを見てライトの両脇に立っていた取り巻きがクックッと笑っている。


「おい!!なんだその態度は!!」


ドイルはライトを叱りつけるも、ニヤついたライトは全く響いていない様子だった。


「おい!!お前も何とか言え!!」


ドイルがバスチェナに加勢を望むも、ライトと同じ様に両の手を天に向けた。


物語では、バスチェナの登場でバラバラだった魔族が統制し始めるという文言があったが、むしろ角族の統制が取れなくなるのはここからだった。


さらに物語とは真逆で、この時のバスチェナには『自分が角族を率いる!!』という気持ちは毛頭無かった。


「じゃあ・・俺らは好きにやらせて貰うから。」


そう言っていきり立ったライトを目にしたバスチェナは、青いライトの行為を見て思わず鼻で笑ってしまったのだった。


「フッ・・・。」


「何が可笑しい!!!」


それを見ていたライトが苛立ったが、バスチェナは


「お前もさっきフレドさんを笑ってたじゃないか。」


と腕を組みながら冷静の答えた。


「あ”!?もういい!!さっきも言ったように俺らは人族を皆殺しにする!!!!」


「ああ。お前は、お前の正しいと思う事をすればいいさ。」


「待てって!!!!!俺もさっき言ったようにあいつらは洗脳されているだけなんだ!!」


「なら、俺らを力づくで止めればいい。」


立ち去ろうとしたライトの肩を掴んだフレドだったが、そう言い放ったライトの目を見たフレドは・・・・説得は無理だと感じて項垂れた。


「・・・・。」


「フレドさん。あなたもあなたの正しいと思う行動をすればいいと思います。団結すべきと言った自分がこんな事を言うのは申し訳ないのですが・・・あまりに意見が違い過ぎる・・そして話し合うにはあまりにも我が強すぎました。」


「ああ・・・分ってる・・・。」


慰めるようにフレドに顔を向けたバスチェナに対して、フレドは俯いたまま部屋を出ていった。



自分の正しいと思う事をすればいい・・・・そう冷静に2人に話したバスチェナだったが、実際のところこうなるとは思ってはいなかった。


まず、南の砦に力を借りに出向いたバスチェナにとって、フレドの平和的解決の考え方は誤算だった。どうにも事実に目を向けようとせず、策も無く人族を救いたいと願うフレドを諦めて北に戻った。


その後、若く芯のあるライトを買っていたバスチェナは、自分と共に前線に出るよう引き連れていたのだが、ライトはあまりの人族の行為を目の当たりにして「この世界に人族はあってはならない。」と考えるようになっていくのだった。


それがバスチェナにとって2つ目の誤算であり、過ちであった。


しかし『共に行動する者全てが、ずっと自分と同じ考えて持っていてくれる。』とはさらさら思っていなかったバスチェナは、ライトの意思をただ受け止めるのだった。





そして、人族と対峙し始めてから数か月後・・・角族は3つに別れた。



1つはバスチェナとドイルが率いる「制圧派」だった。獣人族を殺そうとする人族や向かってくる人族だけを力で押さえ付ければ良いという考えだった。


それに対してフレドは、「人族を出来るだけ傷つけないようにしたい」という考えを持つ「保守派」だったが、やはりこの派閥は一番人数が少なかった。


そして、「制圧派」を越える人数に膨れ上がっていたのは「この世界に人族は悪である。」という考え持つライト率いる「殲滅派」だった。



物語には、「バスチェナ率いる魔族が人族を滅ぼそうとしていた。」とあったが実際にはバスチェナから袂を分けたライトたちが人族を滅ぼそうとしていた。


しかし、人族やイヴァにとっては誰が先導していようと同じだった。


●魔族が我々を滅ぼそうとしている。


●魔族を率いているのは「バスチェナ」という名前らしい。


ライトは殺す相手に何も話す気は無いし、人族たちはイヴァの洗脳によって魔族を見れば「戦う」「逃げる」以外の選択肢を持っていなかった。


さらにイヴァが魔族に関する事を人族に伝えるはずもなく、魔族に関する情報を先程の2つくらいしか得ていなかった人族たちは、集落を見つければ何も言わず襲い掛かってくるライトたちをバスチェナの部下としか認識していなかった。



****



そして、今、召喚されたアルストがいる場所を襲撃しようとしていたのは言うまでもなく「殲滅派」のルガタという男だった。


北の砦でライトの左側に立っていたその男が、スーーッと両手を軽く目の前に差し出すと両五指から鋭い爪がジャキ!!!!っと伸びた。


黒いシンプルでタイトな布の服に身を包んだルガタは、腰ほどまである銀髪のサラッとした髪をかき上げ、天を仰いで目をつむり微笑んだ。


「スゥウウウ・・・・。」


小さく息を吸い込みバッと顔を正面に向けると、細く長い眉の間に皺を寄せると赤く鋭い瞳を、何やら歓声を上げて騒いでいる人族の集落地に向け静かに走り出した。


****


その頃・・・集落ではイヴァの言葉に人族たちが歓喜の声を上げ、アルストがその光景に呆然と立ち尽くしていた。


「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


「凄い!!アルストさまぁあああああ!!!!」


「神様の加護を・・・・何て事だ!!」


「救世主様ーーーーーーーー!!!」



「な・・・何なんだ・・・ここにいるたちは・・・何なんだこの世界は・・・・。」


「あああああ!!!!イヴァさま・・・・アルストさまぁああああ!!」


泣き出す人族もいるほど高揚している周囲を見渡し、さらに唖然としていたアルストだったが大きな笛の音が鳴り響くと雰囲気は一変した。


「魔族だ!!!!魔族が現れたぞーーー!!!」


「きゃあああああああああああ!!」


「落ち着け!!アルスト様もいる!!!!」


「女、子供は家に戻れ、男たちは武器を手に北の門に集まれ!!!」


「恐いよーーーー!!!かあちゃん!!!」


「大丈夫よ!!!!!」


「急げ!!!!」


アルストが首を左右に振りながら急に慌ただしくなる周囲をポカンと口を開けて見ていると


『さぁ・・・さっそく出番ですわよぉ。勇者様♥』


人差し指を唇に当ててイヴァがアルストにそう囁いた。


「くっ!!!」


歯ぎしりをしながらイヴァを睨んだアルストは腰に携えていた剣に手を伸ばした。


『ああ・・・すまん・・イヴァよ・・・こんな時に我はもう・・・。』


既に体が透けているスレイルの体がさらに透けていく。


『あ!?!?!?!?スレイル!?!?!?イヤ!!!イヤよ!!!』


『すまぬ・・・我はあのほ・・こら・・・・・に・・・・・。』


スレイルに縋りついたイヴァは、今更になってこの世界に来て初めての拠り所を失う事を目の当たりにしていた。




『ああああああああああああああ!!!!!』




「ぎゃああああああああああああああ!!!!!」




次の瞬間消え去ったスレイルにイヴァが慟哭すると、同時にルガタの爪により斬り裂かれた人族の悲鳴が重なった。



「うわああああ!!!助けてくれぇえええええええええええ!!!!!!」


消え去ったスレイルに泣き崩れるイヴァをにべもなくその場を立ち去ったアルストは、助けを求める叫び声が聞こえた方に走り出した。






ビシッ!!!





ガシャガシャガシャ!!!!!!






空間にヒビが入り・・・映像の破片が散らばり落ちていくと、神国イヴァリアの中央公園のベンチに腰掛けていたエストが背もたれに体を預けて青空に視線を向けた。

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