第9話 追放されし者② ~イヴァ~


―イヴァがサバヌを魅惑する数日前-


「どうして、あの『果実』を食べちゃダメなのかしら。」


『能力の果実』を見上げながているイヴァは恨めしそうな顔をしていた。


「おや??果実を睨んでどうされたのですか?」


「え?あら、見慣れない顔ね。それに私は睨んでいたわけじゃないわよ。」


イヴァに声をかけたグレーのコートに身を包んだその男は、膝ほどまで伸ばした黒髪の隙間から高く鋭く尖った鼻先を突き出し、髪の奥にある目は紫の光を放っていた。


「ああ!失礼しました。わたくしの名前はスネーカーと言います。以後お見知りおきを。」


顔を真横に裂くように口を開いて自分の名を名乗ったスニーカーは、スッと頭を下げて舌なめずりする。


「私はイヴァと言いますわ。」


彼女の名乗りを聞き、ヌルッとした笑顔を浮かべたスネーカーは、シュッと真顔に戻すと頭を上げてイヴァに質問を投げかけた。


「イヴァ様ですか、お名前もお姿もお美しい・・・それで、イヴァ様はそんなに一生懸命果実を見つめてどうされたのですか?」


「どうして食べちゃダメなのかな??って思っていたのよ。下界の子達は色んな果物をあんなに美味しそうに食べているのに・・・。」


「ああ、その果実は食べたら特殊能力を手に入れられるって話ですよ。」


「え??能力??」


「そうです。ああ!!だから神々はその果実を食する事を禁じているんでしょうね。しかし、その味は甘美だと聞いております。」


「そ・・・そうなの・・・。」


再び果実を食い入るように見つめ出したイヴァを見てほくそ笑んだスネーカーは、地面に落ちていた小石を拾い上げた。


「では、わたくしはこれで。」


「・・・・ええ・・・・。」


上の空のイヴァに頭を下げたスネーカーは去り際にピッ!!と小石を弾くと、イヴァが見つめていた果実よりさらに高い場所に生っていた果実を一つ落とした。


ポン!!と草の上に落ちた果実に気づき、震える手を伸ばすイヴァを肩越しに見たスネーカーは歪んだ笑みを浮かべながらその場を去っていくのだった。



****



私の毎日は退屈だった。


下界に生きる者達を眺めるだけ・・・ただそれだけの役割をこなす下らない日々をずっと過ごしていた。


だけど・・・目の前に落ちてきた果実を拾い上げた瞬間から私の運命は変わった。


この地に生まれた時から在った禁じられたあの果実・・・私はあの果実がずっと疎ましかった。


食べさせたくないのならどうしてそこに生らせたのか??どうして目に入る場所に存在させたのか??その疎ましさは徐々に対象が『果実』から『果実を生み出した神々』へと変わっていった。


何を言っても「ならぬ。」「禁じる。」しか言わないアイツらに不満が溜まりきっていた時、果実を眺めていた私の足元にあの果実が落ちて来た。


美しく輝く果実を目にした私は「ダメよ、禁じられている果実・・・・食べてはいけない・・・。」そう自分を諫めようとする度に、逆に欲求が高まっていくのを感じていた。


震わせながら伸ばした指先が、宝石のように輝く果実に触れた瞬間、私の欲情はもう止められなかった。


ああ・・・甘い・・いい匂い・・・何て美味しいの・・・・この味を覚えてしまったらもう我慢なんか出来るわけがない。


もう一度味わいたい・・・もう一度・・・・・私はもう一度あの果実を味わうために





私より背が高く、果実に手が届きそうなサバヌを頼る事にした。





だけどいつもボーっとして使えないサバヌという男・・・彼を思い通りに動かしたかった私は『魅惑』のスキルを手に入れた。


そして、彼を虜にした私は思惑通りにまたあの果実を口にする事が出来た。




最高だった。



口の中いっぱいに広がる濃厚な甘さ、鼻の中を通り抜ける爽やかな香り・・・たまらない!!それにまたひとつ能力を手に入れる事が出来る。


これ以上の幸福はない・・・・至福の時間に浸っていた私だったけど、幸福は長くは続かなかった。



食べ終わってすぐ神々に見つかってしまった。



****



遠く離れた神々しく輝く神殿を見つめながら、スネーカーは歪な笑顔を浮かべていた。


「もうバレてしまったか・・・流石は天上の神々たちだ。だが、あの女は十分に欲望を下界に垂れ流していただいた。あの女は我々にとっては女神だな・・ククク。」


この地にもう用は無いと、神殿に背を向けると正面に『秩序を司る神』が立っていた。


「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」


「!?」


驚いて後方に跳んだスネーカーは、着地と同時に両手を広げる。足元に漆黒の渦が現れると、スネーカーを飲み込み始めた。


「させん。」


「うがあああああああああああ!!!!」


スネーカーが叫び声を上げると、地面にその両腕がゴトリと落ちる。


「これでもう逃げ出せまい。」


そう呟いた『秩序を司る神』はスネーカーの背後で剣身に美しい装飾が施された剣を抜ききっていた。






****





次元の狭間を彷徨いながらも余裕の笑みを浮かべていたイヴァは、元の世界で『能力の果実』を2つ口にしていた。


1つ目の果実でイヴァが選んだ能力は『魅惑』であったが、2つ目の果実を口にした後、彼女はその2つ目の能力を選択していなかったのだった。


「あは!あははははははははははははは!果実よ!私は次元を越える能力を望むわ!!」



そう叫んだイヴァの全身が光輝いた。能力を手に入れたのだ。


「さぁ。こんな所から抜け出すわよ!!」


ニタァッと笑ったイヴァはさっそくこの狭間から抜け出そうと能力を使用してみるも・・・・・・・何も起こらなかった。



「なんで・・・。なんで、何も起こらないの???」



イヴァは苛立ちながら能力にその理由を問い詰めると、単純にエネルギー(魔力)不足だった。


「使えない・・・あの男以上に使えないわ!!!!!どうにかしなさいよ!!!」


怒っても叫んでも、エネルギーが足りない事には変わりは無かった。イヴァは永遠と思われる時間をこの狭間で過ごすしか無かった。


どうにもならない時間が流れる次元の狭間の中で、少しずつだが能力を発動するためのエネルギーが溜まり始めているのを感じていた。


イヴァはあの世界で生を受けてから、数百年・・・あの下界を見続けるだけのつまらない日々を永遠に生きていかなければならなかった事を考えれば、いずれ抜け出せる可能性がある今の方が余程マシだと思っていた。


しかし、何の変化も無い次元の狭間は彼女の精神を蝕んでいった。


・・・


なんでこんな思いを・・・・なんでこんなに時間がかかるのよ・・・なんで??なんで??なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


・・・


いつになったらエネルギーが・・・魔力が溜まるのか・・・それこそ永遠に続くように感じる空間の中で精神が壊れてしまいそうになりながら・・・「必ずここから抜け出してみせる。」というその強い思いだけが彼女を支えていた。




追放されてから約300年・・・遂にその時を迎える。



そして同じく約300年前に次元を超える能力を使っていたイヴァの目に、魔力が溜まりきり完全発動したその能力によって暗闇にひび割れが発生し、そのひび割れから光が溢れ出すと・・・イヴァは発狂した。



「きゃあああああああああああ!!!!!やったわ!!!!!!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!ワタシはツイにこの牢獄から抜け出せるワァァァアアアアアアアア!ざまぁあああああああああああああみろぉおお!!!」



イヴァは、正面に現れた亀裂を突き破るとグエナ大陸に舞い降りた。



「アハッ!!あの堅苦しい、頭でっかちでバカなアイツらがいない世界のようね。最高よ!!最高だわ!!!ウフフフフフフフフ。」



妖艶な笑みを浮かべながらこの世界に生きる人々の下に降臨したイヴァであったが、次元の狭間から能力を使って無理矢理に脱出した彼女は・・・その肉体を失っていた。



****



―イヴァが追放された日から3日後―


禁じられた果実の木の下。


「うあ・・・わたくしは・・・そそ・・のかさ・・れ・・・あ・・・・・・シュ!?シュシュ!?!?!?」


終には言葉を失った手足を斬り落とされた男が地面を這いずり回っていた。


「シュウウウウウウ・・・・・シュウウウウウウウウウウウ・・・・。」


ボロボロと涙を流すが、涙がこぼれ落ちていくにつれ男の体は干からびていき、最後は灰となって消えていくのだった。

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