第43話 魅惑 ~イヴァ~

―イヴァリア歴16年4月3日―


「おはようカリン。ゆっくり休めた?」


「先輩。おはようございます。」


「お・・おはよう。」


「リンナさん!お体もう大丈夫なんですか?」


「も・・問題無いわよ・・・あ、ありがとね。」


「????」


1日ゆっくり休んだ3人は、この日、早朝からホロネル軍部の食堂に集まっていた。


いつも通り挨拶を交わすカリンとクリミナだったが、歯切れが悪く顔を赤くしているリンナの様子をカリンが不思議がると、クリミナは肩を震わせ静かに笑っていた。



****



「え?魔族が魔族を殺したんですか??」


「ええ。この目で見たわ。それに、あの羊角の男を殺したのはガルシア・デギンスだった。」


「え?歴史では死んだと言われている・・・魔族の剣豪ですか??」


クリミナとリンナはホロネル街での出来事をカリンに報告していた。


「そうよ。私1人では太刀打ちできそうにないほどの強さだったわ。」


「そ・・・そんな・・生きていたなんて・・・。」


カリンは、物語で勇者である『ユウタ・カザマ』と『タクミ・イノウエ』が2人掛かりでようやく倒せたと記されていた『ガルシア・デギンス』の生存に愕然としていた。


「上層部が何か対策を考えるはずだわ。」


「そうですね。」


「カリンはどうしてたの?」


「私は・・・・・・・。」


カリンは、ルゴートに蹴落とされたが崖の岩場から生えていた木の枝に捕まる事が出来、何とか生還してその後消火活動に努めていたと報告した。死にかけたリンナを前に、幼馴染に助けられて崖の下でイチャイチャしていたとは・・・口が裂けても言えなかった。


「そう・・・良く無事で。」


「・・・・。」


「どうしたの?変な顔をして。」


「あ!いえ、自分でもよく生還出来たなと思いまして・・あは、あはは。」


「あはは!じゃないわよ。あなたこそ下手したら死んでいたじゃない。単独行動は駄目でしょ!?」


口の端をピクピクさせながら妙な笑顔を見せるカリンに、リンナがツッコミを入れると、恐ろしい気を発しながらクリミナがリンナにジト目を向けていた。


「は!?!?ク・・クリミナ様。」


「リンナ・・・・人の事言えないでしょ!?カリンも反省して。」


「「すいませんでした。」」


腕を組んでご立腹の様子のクリミナに、カリンとリンナは慌てて席から立ち上がり、同時に謝罪を口にするのだった。





その後、報告の中で「フードの男」の話が上がると、クリミナは『また会えないかしら。』と頬を染め、その様子を見ていたカリンは『もしかしてエスト!?!?しぇ・・しぇんぱい!?!?』と心にざわつくものを感じ、リンナは『フードの男???そう言えば私の魔法を弾いたのもフードの男だった???でも命の恩人????別人なの??????』と困惑するのでした。(『』は脳内の独り言です。)



****



―イヴァリア歴16年4月7日―


神国イヴァリアに帰還した討伐騎士隊の人数は、出発時の半分近くになっていた。


それでも、あれだけの数の魔物や魔族と戦い、退ける事に成功した面々をイヴァリアの人々は英雄だと称え、ロイドとローズが、無事に帰ったカリンを号泣しながら抱き締めた。


しかし、何台もの馬車により無言の騎士達が帰還すると、神国イヴァリアには悲しみと憎しみが溢れるのだった。






同日のアルスト城の一室。


中央にある大きな円卓にはルアンドロ王、若い頃のルアンドロにそっくりだと言われている第一王子のアレクシス、宰相や大臣、騎士団総長他、各部大将格が席に着いていた。


絢爛豪華な装飾が施されたその室内には、軍服に身を包んだハワードとルエラの姿もあった。


沈黙の中、面々が報告書に目を通していると、まず最初に口を開いたのは王であるルアンドロだった。


「話は聞いていた・・・嘘だと思いたかったが・・・やはり本当の事なのか?」


バン!!!!と円卓に書類を叩くように置くと、声を震わせながらハワードに顔を向ける。


「はい。事実のみ記載してあります。」


「あのガルシア・デギンスで間違いないのか?」


続いて金色の髪をさらっと流したアレクシスが、凛々しい目を向けハワードに問いかけた。


「いえ。彼奴と対峙したのは私ではなく、ここにいるイーギス近衛騎士隊長でありましたが、私もホロネルを去っていく彼奴の姿を目視しました。あれはガルシア・デギンスで間違いありません。」


ルアンドロがハワードの答えに「そうか・・。」と小さく言うと、今度は白髪を短く整えたヴォルナード騎士団総長が、彫りの深いブラウンの瞳だけをルエラに向けて口を開いた。


「今後ホロネルを襲う可能性が低いとあるが、その理由は??」


「はっ!それに関しては直接対話したイーギスがお答えします。」


「頼む。」


この中で一番階級が低いルエラは返答するため立ち上がる。


「はい。気奴は『もうここには来ない。』と・・


「それを信じろと言うのか!?」


「何の根拠にもならぬではないか!!!!」


宰相や大臣たちが、ルエラの報告の途中で声を荒げるが、ルアンドロが彼らを手で制し、ルエラはルアンドロに頭を下げ、報告を続けた。


「私も同じく彼奴に問いましたが、彼奴は『ならこのまま見張ってればいい。』と不敵な笑みを見せました。」


「ふむ。こちらがホロネルに人員を割くなら、それはそれで好都合という事か?それとも陽動か??」


ヴォルナードがそう話すと周囲がざわつき始めた。


「これは・・・一大事だぞ。」等々焦った様相を見せる面々だったが、その内容は半分正解で半分不正解だった。


ホロネルを攻めたブレナの意図は確かに陽動ではあったが、ガルシアの『もうホロネルには来ない。』という発言は、ただ本音を漏らしただけだった。


しかし、それがかえって彼らを困惑させた。


「ホロネルを意識させておいて、こちらに攻めて来るつもりか?」


「そうは言っても再び彼奴はホロネルに姿を現すのではないか??」


「いえ、ガルシアは暴れまわっていた同族を斬り殺しました。それは無いかと。」


「それすら演出だったらどうする??」


「そんな事をして何の意味があるのだ?」


円卓に怒声が飛び交う中、魔法騎士団中将のエミリアが甲高い声を上げた。


「アハハハハハ!アハハハハハハハハハハ!!」


前髪から後ろまで、同じ長さで真直ぐに切り揃えた茶髪を艶めかしくかき上げると、円卓の上に腰かけルアンドロに視線を向けた。


ガタガタ!!とルアンドロが椅子から下がり床に片膝を着いた。


「な!なんだ!エミリア!!」


「王???」


「控えろ・・・・イヴァ様だ・・・。」


「ふふふ。流石ね。ルアンドロ。」


ルアンドロの言葉にその場にいた全員が席を立ち、エミリアに向かい片膝を着いて首を垂れた。


「ねぇ?ルアンドロォ・・水晶はまだなのかしら??」


口元は妖艶な笑みを浮かべているが、眉はハの字を書き、下から睨み込むような視線をルアンドロに刺した。


「も・・申し訳ございません。現在も継続して全力で発掘作業中です。」


ルアンドロは床に視線を落とし、脂汗をかきながらイヴァにそう答えた。


「そう・・人族の平和のために必要な物なんだけど、見つからないなら仕方がないわね・・・。引き続きよろしくねぇ?」


「人族の平和・・・は!かしこまりました!!!」


ルアンドロが「人族の平和のため」と聞いて嬉しそうに顔を上げると、アレクシスが声を上げた。


「イヴァ様。 僭越ながら申し上げます。」


「あら。アレクシル、久しぶりね。どうしたのぉ?」


「は!!ホロネルに魔族が出現し大打撃を受けました。騎士も多数死傷し、尚且つガルシア・デギンスの生存を確認しました。ですので・・・「おい。アレクシス!恐れ多いぞ!!」


ルアンドロはアレクシスの出過ぎた行為を咎めたが、イヴァは妖艶な笑みを浮かべたまま首を横に振る。


「いいのよ、ルアンドロ。それにアレクシス、あなた達の話は聞いていたわよ。それで?」


「は?」


「それでその魔族最強の剣士は、この国の結界を破れるのかしら??」


「そ、それは不可能かと・・・。」


ツーッと、円卓の縁に手を添えながらアレクシスの前に移動したイヴァは、椅子に座り足を組み直すとアレクシスの顎に指先を当て目を見つめた。


「イ・・・イヴァ様・・?」


「そうでしょ?じゃあ、貴方達がすべき事は何かしら??」


「そ、それはイヴァ様の御心に沿う事でしゅ。」


妖美に輝くイヴァの瞳に飲み込まれたアレクシスは、恍惚の表情を浮かべていた。


「でしょ??でもあなたの想いは受け取ったわ。」


「あ、りがとお、ございま、しゅ。」


イヴァは椅子から立ち上がると、艶やかに両手を広げた。


魅惑fascinate


「ルアンドロ。」


「は!」


「ホロネルにいる我が子達に救いの手を伸べなさい。ワタシは命を落とした我が子達に愛を贈るわ。」


「おお!なんと・・・。」


「ありがたき幸せ。」


部屋にいる誰もが、彼女の言葉と美しい立ち姿に心を奪われていた。


それはハワードもルエラも例外では無かった。イヴァは文字通り彼らの心を虜にし、理性を失わせていた。

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