第1章 旅立ち

第1話 交易都市アリエナ

-イヴァリア歴9年―


「おーーし!!!カリン!!今日も僕が勇者アルスト役ね!!」


「ええ?今日も勇者ごっこするのぉ??」


いつもの待ち合わせ場所である大きな木の下で、腕を組み、クリッとした青い目をキラキラさせた男の子の名前はエストと言った。腰にはお手製の木剣を差している。

ツンツンと立たせた髪は瞳の色と同じ深い青色だった。スッと整った鼻の下にある口は白い歯を見せニッ!!!と笑っていた。


先日まで憧れの勇者アルストの真似をして髪を伸ばしていたエストだったが、長髪が嫌いな母親に「いい加減にしなさい!」と怒られ、椅子に縄で括られ無理やりご自慢の長髪から短髪にイメチェンさせられてしまった。切られた直後は酷く落ち込んだが、「また伸ばせばいいや!!」とすぐに立ち直れるのがエストの良い所だった。


キラキラと目を輝かせているエストに対して、カリンと呼ばれた女の子は頬を膨らませ眉間に皺を寄せている。綺麗な金色の髪を可愛く後頭部の上辺りでツインテールに結びんでいた。普段おっとりとした柔らかい目つきはカリンのチャームポイントだったが、今はその碧眼をジト目にしてエストを睨んでいる。


「いつも勇者ごっこしてるんだから、今日は違う遊びしよ・・・・って!?」


「行くぞー!!」


「ちょっと・・待ってよー!!」


うずうずしていたエストは腰から剣を抜き頭上に掲げると、カリンの不服を聞き終えることなく田んぼ道を走り出してしまった。慌てたカリンは仕方なくエストの後ろを追いかけるのだった。


エストとカリンが暮らしているのは「神国 イヴァリア」から西に80kmほどの所にある「アリエナ」という名の交易都市だった。


交易都市アリエナには、都市を縦断する大きな河があった。緩やかな曲線を描きながら穏やかに流れるその河をアルストが「マーテル」と名付けたと言われている。


その昔、アルストが旧王国を立ち上げた際に、まず力を入れたのが食料の確保だった。そのためアルストは各地から自分の下に集まって来た人々の話を聞く事にした。各地の情報を知りたかったのだ。その中で西に大きな河が流れている事を知ると、さっそく信頼の置ける仲間を集め調査団を結成した。


その調査団の中に『アリエナ』という名の女性がいた。彼女は各地に散らばっていた集落の一つを束ねていたおさの娘で、一を聞いて十を知る有能な人物であった。日に焼けた褐色の肌は健康的で、気は強く、男勝りで喧嘩も強かった。


調査団を率いたアルストは話に聞いていた河に辿り着くと、河の南西部に肥沃な土壌が広がっていることに気づくと、特に農業に興味を持っていた彼女にここの発展を任せてみる事にした。


その後アリエナはアルストの助力を得ながらも見事その期待に応えてみせた。


アルストはその功績を称え、この地を『アリエナ』と名付けたと言われている。これが交易都市アリエナの始まりだった。


話はイヴァリア歴9年に戻る。


交易都市アリエナは大まかに中央(居住)・農産・商業・工業・軍部の5つの区域に分かれていた。その中心部には政治を行う行政機関があった。


エストとカリンの家があるのは、マーテル河の西南にある農産区域だった。そこでは稲や様々な野菜が生産されていた。しかし、農産区域にある農地は広大であるものの、アリエナと神国イヴァリアの人口分の食料を常に確保する事が難しかったため、アリエナの西部に多く点在している農村や町と交易をすることで足りない分を補っていた。そのため農産区域の西部に関所周辺には各地から集まってくる作物を捌く為の流通機関や保管しておく為の倉庫など数多く建築物が建ち並んでいた。


アリエナの北部、マーテル河の上流には一見海にも見える程の大きな湖があった。アルストの調査団により発見されたその大きな湖にはマスやイワナ、ワカサギ、シジミ等数々の魚貝類が生息していた。アルストが初めてそこに訪れ際、その豊富な資源に感激し、湖に「グラティア」という名前を付けたと言われている。


そのグラティア湖周辺には元々漁業を営んでいた先住民達が暮らしていた。投網漁を主流としていた先住民達にアルストは、その他の様々な漁法や、養殖の技術を伝えると彼らから「神」と崇められたと言う。その後、アルストの助言により水産業と共に観光業にも力を入れ発展し、水産都市にまでなった「グラティア」からは、毎日河を利用してたくさんの魚貝類がアリエナに運ばれた。

さらにアリエナの南部には鉱山地帯があり、西からは農産物、北からは魚貝類、南からは鉱石や石炭等が日々この交易都市に持ち込まれていた。


マーテル河の南東部には巨大な卸市場があり、アリエナとイヴァリア神国の食料流通の拠点となっていた。その流通機関からアリエナの最東部にある工業市場まではが商業区域となっていた。


アリエナ北東部は工業区域になっていて、鉱山から運ばれた鉱物や周辺の資源を加工するための工場や製作所が建ち並んでいた。そこで作られた武器や防具、生活用品等は工業市場に集められ、商業区域と神国へと左右に分けられていった。


イヴァリアでも商業や工業、農業も行われているが、アリエナが沈めば神国も沈むと言っても過言では無いほど、毎日大量の食料、物資がアリエナから神国へ運ばれていた。


そのためアリエナも簡単に攻め落とされてはならなかった。都市は神国と同等の高い城壁で囲われ、中央区と西北区には軍部(騎士団)があり、定期的に有能な騎士が神国から派遣されてもいた。また、西北区には訓練するための本格的な演習場があった。ちなみに演習場の北部には酪農を営む人々が暮らしている。




農産区域の中で北東部に住んでいたエストとカリンは中央区で最も西側にあるミューレル学園に通っていた。エスト達はそこで語学・算数・歴史・地理・工学(理科みたいなもの)などの基礎知識を学んでいる。


あまり勉強が好きじゃないエストではあったが、初代勇者アルストが大きく関わる歴史は大好きだった。

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