第2話 歴史の授業


-イヴァリア歴 11年9月某日-


「さて、今日は旧アルスト王国建国時の出来事の復習をしましょう。」


「「「はぁーい。」」」


「はい!!!」


30人いるクラスの真ん中で一番前の席にいるエストが、目をキラキラさせながら前のめりになって1人だけ勢いよく返事をしていた。


綺麗な銀髪をお団子にし、美しい切れ長の目に髪と同じ色のチェーン付きの洒落た眼鏡を掛けている女教師はメリルと言った。このクラスの担任でもあり、歴史の担当でもある彼女は目を爛々とさせて、『当ててくれ!』と念じているエストの様子を見て苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、エスト君。初代勇者アルストが建国を決意した時、一番最初に悩んだのは何でしょうか??」


「はい!!!」


当てられたエストはガタッと音を鳴らしながら立ち上がると、胸をドンッと叩いて鼻息を荒くしている。


前髪は眉毛辺りで整えられていた(パッツンではなく軽く流している)。服は髪の色より少し深い色のネイビーのパーカーを着て、黒いズボンを履いていた。エストはいつも濃い色の服ばかり来ていたが、その理由は「あんたすぐ汚すから。」という母親の意向であった。なので白い服などは着たことがなかった。


短髪ツンツンスタイルの頃から比べると、少し大人になったような容姿ではあるが、中身はそんなに変わっていなかった。


(この子ホントにアルストの事になると人が変わるんだから・・・)


「そういうのはいいから。」


メリルは再び苦笑いを浮かべて回答を促すと、


「はい!!国を立ち上げる場所です!!!」


エストは、自信満々にはきはきと答えた。


「うん。正解。初代アルスト王は当初は大陸のどこかの集落か、集落の跡地を基盤に出来ればと考えていました。だけど、その考えは変えなきゃいけない事が起こりました。」


教壇から下りて、ゆっくり歩きながら教科書を読み上げていたメリルは、ポンッとカリンの肩に手をのせた。


「では、カリンさん。アルスト王がその考えを変えざるを得なかった理由は何だったでしょうか??あ!立たなくて良いからね。」


カリンはそう言いながらウインクしたメリルを見てクスッと笑った。


「はい!!バスチェナの側近達が条約を破るかもしれないって不安になったからです。」


「うん。いい答えね。」


「ありがとうございます。」


カリンは微笑みながらペコっと会釈をした。


「その通りです。お互いにお互いの国に戦争を仕掛けないっていう約束。不可侵条約を結んだ場所に現れた魔族の王バスチェナの側近達がアルスト王に向ける憎しみや殺気は異様なものだった。」


話しながら教室の後ろまでたどり着いたメリルは、くるっと振り替えると窓際の一番後ろの席に座っている男の子に声を掛けた。


「では、ドゥーエ君。なぜ側近達が条約を破るかもしれないと思ったのでしょうか?」


「はい!条約を結ぶ場で、バスチェナが長い眠りにつくと言ったからです。」


茶色の髪をお洒落に流し、黒いポロシャツにグレー主体のチェックの制服ズボンを履いる少しつり目のドゥーエはドヤ顔で答えた。


ちなみにこの学園に制服はあるものの、着用義務は無く自由な校風が売りとなっていた。


「はい。正解です。アルスト王は、バスチェナが眠りに入る事で、側近達が勝手に行動しちゃうんじゃないかって不安になったのね。


魔族の中で最強だったバスチェナが眠りに就いたのはアルスト王にとっては喜ばしい事だったの。だけどその反面、バスチェナがいなくなった側近達の動きを予測出来なくなってしまった。」


教室を一周し終え、教壇に戻ったメリルは、エストの隣に座っている男の子に目を向けた。


「では、クリード君。アルスト王はなぜ魔族領の西側を選んだのでしょうか??」


「えーっと・・えーーっと・・・・。」


当てられたクリードはがっちりとした体格で見た目はガキ大将のようでありながら、おどおどした性格の持ち主だった。生真面目に紺色のブレザーの制服をきちんと着用していた。


彼はいつも通りキョドキョドしながら答えに迷っていた。


「はい!はい!はい!はい!」


「エスト!うるせーぞ!!」


なかなか答えないクリードを見てエストが割り込んで何度も手を上げると、ドゥーエがそれに注意した。メリルとカリンは苦笑いをし、他の男の子達は「また始まった。」というような呆れ顔をで、女の子達はクスクス笑っていた。


ちなみにカリンも学園では真面目に制服を着ていた。ブレザーの首元に少し大きめの赤いリボン、そして男子と同じくグレーを主体としたチェックのスカートを履いていた。


「間違えても大丈夫よ。」


クリードに優しく語り掛けるメリルを見て、彼はコクっと頷き答え始めた。


「うー・・えーっと。ア、アルスト王は、い、いつ攻めてくるか分からない魔族達を見張るために、み、み、見晴らしの良い西側を選びました。」


「はい。良くできました。」


メリルが笑顔で拍手をすると、クリードは顔を赤くして俯いていた。


「初代アルスト王は、魔族達がいつまた攻めてくるか分からなくなってしまった。そのため、いつでも魔族達の動きが分かるように魔族領の西側にある、見晴らしの良い草原「コンクルー草原」の先で見つけた集落跡地を基盤にして王国を立ち上げる事にしました。」


メリルは解説しながら黒板に、旧アルスト王国周辺の地図を書き込んでいった。



****


元々大陸の東側にある山岳地帯を拠点にしていたバスチェナは、そのままそこを魔族の領土とした。魔族領の東側は海が広がっていた。また、魔族領を囲うようにある魔物の住む森は、囲うようにあるものの楕円を描くように南北に長く伸びていた。それに対して西側は比較的森の範囲は狭く、更に森の手前には視界を遮るものが無い大きな草原が広がっていた。アルストとバスチェナ双方同意の上、不可侵条約を結んだ場所はそのコンクルー草原の真ん中だった。


草原の更に西側には川が流れていて、その更に西側には魔物ではなく動物たちが生息している森があった。


アルストは西側の調査を進めると、自分が理想としていた昔耕作をしていたと思われる集落の跡地を見つけた。何より幸運だったのは、その地は荒れてはいたが、雑草等に紛れて、食べる事が出来そうな食物も結構育っていた事だった。アルストは自分の「身体強化」のスキルを駆使して森を切り開き、ここに自らの国を築く事に決めた。


建築・土木の整備。自国の防衛力の強化。食料の確保。国外の調査。知恵・知識の教授。etcと国を立ち上げた後、アルストのやる事は山の様にあったが、その中でも特に力を入れたのは食料の確保で、先の交易都市アリエナの話に繋がっていく。



****



メリルは黒板に地図を書き終えると、現「神国 イヴァリア」がある部分にチョークを押し当てた。


「はい。では、イリーナさん。アルスト王がこの場所を選んで正解だった理由はなんでしょう?」


「はい!15年前、バスチェナが目覚めて攻めてきた時に、いち早くその動きに気づくことが出来、また侵略への対応を素早く出来たからです。」


「素晴らしい答えです!」


メリルが再び拍手をし、エストが「おお!!」とさらにキラッキラに輝かせた目を向けると、イリーナは当然と言ったような澄ました表情をしながらも、嬉しそうにポニーテールを揺らしていた。まつ毛が長く少し強気な目元が魅力的な彼女は、赤いカーディガンにフリルの付いた白いワイシャツ、グレーのスカートを履き、クラスの中でもお洒落な子だった。


「その通りですね。この事からも初代アルスト王の先見の明は素晴らしかったと言えます。皆さん、よく学んでいますね。」


嬉しそうに生徒たちに笑顔を向けるメリルだったが、「毎日ずっと歴史の授業になれば良いのになぁ・・・。」と、両手を後頭部に組み、口を尖らせながら呟くエストには苦笑するしかなかった。

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