もう一度巡り会えたら

白乃いちじく

第1話 物語の始まりに

 今でも変わらず愛している。

 もう一度会えたらそう言うんだ、そう決心しているけれど……。

 花咲き乱れる色鮮やかな春の野に埋もれながら、

「なぁ、竜王様……アシュレイに嫌いって言われたら、どうすればいいんだ?」

 私が時折感じる不安を口にすると、まぁ、嫌いって言われたのなら、そこから始めるしかないね、なんて答えで、竜王様は私の不安を増長してくれる。

「……竜王様は優しいんだか冷たいんだかわからないな」

 そう言って私が口をとがらせると、だって君はそれだけのことをしてしまったもの、そう言われてしまう。君だって、嫌われるかもって思うだけの理由があるから、そう思うんでしょう? こんな声が虚空から聞こえてきて、そうだけど……そう言ってうなだれれば、ふわりと頭を撫でられた。

 ふわふわキラキラ温かい。

 ぶつかっていきなさい、厳かな声にそう諭される。それが一番だからと。ありのままの君で大丈夫、十分可愛らしいから、なんて嬉しいことを言ってくれる。

「やっぱり竜王様は優しいなぁ」

 私が笑うと、虚空から漂う気配がふわりと微笑んだ。

 次いで、手元に視線を移す。花冠が大分出来上がっている。いろんな花を編み込んでいるから、色とりどりでとても綺麗だ。私が生きていた所は一面銀世界で、こんなに色彩豊かな花なんてここへ来て初めて目にしたけれど、

「アシュレイはこういった花は好きかな?」

 首を傾げてしまった。分からない。

 アシュレイには氷の花しか見せたことがないからなぁ、私がそう言うと、聞いてみると良いよ、そんな言葉が返ってくる。ただし、それは持って行けないから、生まれた後、君がもう一度作って上げなさい、そんな風に言われた。

「持って行けないのかぁ?」

 せっかく一生懸命作ったのに、そういってむくれると、そりゃあね? 生まれる時は何も持って行けない、それが天と地の約束事だからと、厳かな竜王様の声がそう告げる。私は首を傾げてしまった。

「ふうん? 人間は不便だなぁ。私のパパが私を創った時は、言葉も知恵も力も全部持たせてくれたけどな? お城も綺麗なドレスも全部用意してくれた。なのに、人間は生まれる時は裸で言葉すら話せない」

 ふふ、そうだったね。君は赤子の時代がなかったものね? 大人の姿で生み出されて、老いることがない。

闇人デイモンはみーんな、そうだぁ」

 竜王様の言葉に私はそう答えた。だって自分にとってはそれが至極当然のことだったから。子供だったアシュレイを思いだし、

「だから、赤ん坊だったアシュレイの可愛さに、もうもうキュン死させられたぞ!」

 興奮気味にそう訴えた。

「もんの凄く可愛かったなぁ。にぱあって笑う顔も、泣きべそかいてグズる姿も、マンママンマって、私の後を追いかけてくるのも、全部全部覚えてる。竜王様にも見せたかったなぁ。あんな可愛いものを生み出すなんて、竜王様は天才だぁ!」

 はははと虚空から軽快な笑い声が返ってくる。

「可愛くて、可愛くて、でも大人になったら、もんのすごく格好良くて、アシュレイにはだーれも敵わなかったな。アシュレイが一等好きだった。今でもそうだけれど」

 立ち上がり、出来上がった花冠を頭に乗せ、くるりくるりと舞った。自分の長く白い髪がふわりふわりとたなびく様子が目に映る。

「早く会いたい、アシュレイに……」

 私がそう言うと、会えるよ、もうすぐ。優しい声が耳をくすぐる。

「なぁ、竜王様」

 私がそう呼びかけると、ん? と虚空から返答があった。

「私はな、アシュレイの次に竜王様が好きだぁ」

 そう言って笑うと、再び虚空から軽快な笑い声が返ってきた。嬉しいよ、そんな声と一緒にきらきらと光が舞う。竜王様の周りはいつもそうだ。きらきら輝いてとっても綺麗。私のパパとは全然違う。私のパパは氷と暗闇に閉ざされた世界にいるからな。色彩のない世界。ここへ来る前の私と一緒だ。

 でも、何故かな? 違う筈なんだけど……竜王様を見ていると、時々ふっとパパの事を思い出す。似ていないんだけど似ている? そんな風に思ってしまう。

 そこが不思議でたまらない。

 竜王様の気配が遠ざかると、私は自分の力を使って春の野に雪化粧を施してみた。はらはらと粉雪が舞う様子を眺め、この力ももうすぐ使えなくなるなと、そんなことを思い、しんみりとした気持ちになった。

 いろんな事ができなくなるとそう自覚する。

 パパからもらった力は闇の力。パパと同じようにあらゆるものを凍てつかせ、そして闇の軍勢を生み出す。私に忠実な氷鬼達……人として生まれるには、それは封じなければならない。人の身にあってはならない力だから。

 でも、ない方がいい。そうじゃないと、またアシュレイと争うことになるから。竜王様の力でこの力を封印してしまえば、人間として生まれれば、きっとパパも私を見つけられない。竜王様の力に守られる。人として生きられる。

 今度こそ、今度こそ一緒に生きられますように……。

 アシュレイ、愛している。

 粉雪の舞う中、くるりくるりと舞いながら、私はそう呟いた。


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