Ep6:「記憶」「ユーキ」

青年はふと目が覚めた。窓から光が差し込み部屋の中が明るく照らされていた。


魔法の火が焚かれていた昨晩とはちがい、部屋の隅々まで見渡せた。


時計が壁に掛けられている。


「時計もあるんだな。しかも12時間単位。暦や一月の間隔はどうなんだろうか。箸やスプーンとか、所々に共通点があるな。そういえば布団もそうだ。」


少し感覚が違う世界であの世界のものがあることに違和感を覚えることも少なくない。それでも布団のように、その存在の不思議さに気づけなくなっているのはこの世界に少しづつ適用し始めているからなのか。


改めて時間を確認すると6時半。


いい時間だ。


そう思いすぐに立ち上がる。


玄関を出て大きく深呼吸。


晴天。圧倒的晴天。雲一つない晴天。


空を見上げて昨日の夜に見たものが見間違いではないことに気が付いた。


空には大小さまざま、色もカラフルにそれぞれ違う星、衛星が浮かんでいた。


「ファンタジーだなぁ。」


しみじみと答える青年。


「珍しい??」


聞き覚えのある声がかけられた。


「あ。あぁレン。起きてたのか。」


レンは自分と違い、寝起き感が全くない。


「あぁ。毎朝大体5時半くらいには起きてランニングしたり薪を切ったりしてるからな。それで?君の世界はこんな空じゃないの?」


ランニング・・・また違和感を覚える。


「ん、あぁ。空の色は同じだよ。この空みたいに真っ青。きれいでどこまでも続いてる。朝のこの感じが好きなんだ。まだ少し暗い所やオレンジのところがあってさ。」


そのまま青年はつづける。


「でもこんなに星はなかった。衛星??っていうのかこの世界でも。俺の世界の衛星は月って名前だった。」


「衛星だよ。この世界でも。しかし、月・・・。聞いたことがあるような、ないような。確か本で見たな。」


するとレンは少し考えこむように答えた。


「まじか。」


少し食い入るように青年は聞いていた。


「確かな。2文字だから何かと勘違いしてたら申し訳ないけど。」


ここにきて更なる情報。


「オーケー。でもショウが回復しなきゃ見れないんだろ。じゃあ今は何もできないわけだ。」


本とやらはショウ、つまり村長宅の隠された部屋にある。その隠された部屋には村長、つまりショウの許可がないと『魔法的な意味で』入れないのだ。


「まぁそれは置いといて、、、そうだな。この星たちに名前はあるのか??」


地球では月。ではこの世界の衛星はなんというのだろうか。ふと疑問に思った。


「ん、あるよ。たしか。それも本で見た。でも覚えないや!」


とても清々しい笑顔で答えるレンに呆れる。


空を見上げて。2人を少しの間静寂が包む。


「なぁ。そういえばさぁ。」


レンが切り出す。


「名前。なんで言うんだ??」


名前…


「俺の名前…??」


少し考えた。


-ん?考える?自分の名前を?-


瞬間、ひどい頭痛に襲われる。鈍痛ではない。とても鋭い痛み。


「ぐっ…ぁ…あぁああぁ…」


すぐさまレンが近寄ってくる。


「お、おい!大丈夫かっ!」


-名前…名前。なんで。なんでわからない?-


俺の、オレの、おれのなまえ、なんでわからない。いたい。あたまがいたいくるしいなまえなまえなまえ。


バッ!


「うおっ。」


レンは青年に払われ少しよろめいた。


「どうしちゃったんだ…?」


おどおどしだすレン。変わらず呻いている青年。


--ユーキ--


「…??名前??ユーキっていうんだ。なんてことない。普通の名前だけど結構好きだぜ。みんなにはユーキって呼ばれてる。」


スッと何事もなく立ち上がった青年“ユーキ”


そして何事もなく先の質問に答える。


その顔や言動は明らかに先程の様子とは違った。


まるでホラーを見ているような感覚に襲われるレン。


-昔ショウの家で見た怖い本を見た時の感覚…-


「ま、まてまて。大丈夫か?!」


レンが問いかける。


「あ?何がだよ。」


「何がって!さっきまで頭抱えて蹲ってたじゃん!死ぬんじゃないかってぐらい呻いてたぞ…」


発言中にレンはユーキの顔をみた。


何が何だかわからないという表情。


-あ、こいつ覚えてないな-


そう感じたレンはあえて聞いてみた。


「覚えてないのか??」


「覚えてないのか、だって?何を覚えてれば正解なんだ?レンが質問してきてそれに答えただけだろ?」


不思議な感覚に襲われる。


-オレがおかしいのか。一瞬幻覚を見たのか?-


そう感じるレン。そう感じさせられたレン。


妙に納得してしまったレンは何事もなく会話を継続させる。


「そ、そうか。オレの勘違いだな。ごめんごめん。ユーキっていうのか。ユーキ。いい名前だな!」


何事もなかったように話は進行し、ユーキが蹲り呻いていたことなど会話に出る余地はもうなかった。


「だろ!ありきたりだけどな。勇気あふれる男の子になって欲しいって…あれ?」


「どうした…?」


急に黙り込むユーキにレンは聞いた。


「名前って…誰につけられたんだっけ…?苗字はなんだっけ。」


徐々に目から光が消えていく。


こんなにも第六感を信じたことは人生で一度もない。


目の前の人物が自分の名前について真剣に考える様をみてレンはそう考えた。


一瞬ではあったが、脳はすぐに察知し、話題を変えた。


「そ、そういえばさ!島の案内なんだけど…!!」


ここで話題を変えなければどうなっていたのか。わからない。


なにも起きなかったかもしれない。


起きる可能性は1%にも満たないかもしれない。


しかしレンは目の前のユーキからなにかを感じ話題を逸らした。


そしてそれは先ほどの頭痛の件が自分の見間違いでは無かった事をレンは悟った。


「・・・え?あ。あぁ。なんだ??島の案内?」


「あ。あぁ。島の案内。してほしいんだろ??ならさっそく行こうぜ。まぁあんまり案内するような場所はないんだけど・・・海と、、、後は森くらいかな。結界の中だと。。。」


「異世界の海か。気になるな・・・。いこう!!」


わくわくが止められない少年のような瞳で言うユーキ。


「昨日は最悪ーってな感じだったのにすごい変わり様だな。」


実際にユーキの心情は大きく変わっていた。


「いやな。夢・・・ではないことはわかってるから。本当に異世界にきてしまったんだっていう絶望はあったよ。でも、・・・まぁなんていうか。俺はさぁ。中二病・・・って言ってもわかんないか。んーなんていうか、子供なんだよな。こういういつもいない世界にときめいたりしちゃうのさ。」


「ふーん。そういうもんなのか。あ、まぁ俺も他の世界のこと知るのは楽しいし、行きたいって思う時もあるな。そういうもんか。」


納得したレンはつぶやくようにそう答えた。


「そうそう。そういうもんさ。確かに帰りたいよ。元の世界にはさ。でも悩んでても仕方ないじゃん。だったら楽しんでさ、実際に元の世界に帰った時にいい経験だったなぁ・・・って思える経験したいじゃん。」


思いきりのいい笑顔でそう答えたユーキ。


「なんか。いいなぁ。達観してるというか、考えが大人というか。。。でもポジティブさなら負けないぞ」


正直に今思っているユーキへの感情を伝えた。負けまいとレンも自分のいいところで勝負にも出た。


すこし気張ってみた。昨日の不安を拭うように。


「なんとなくわかるよ。レンのいいところも昨日今日でたくさん見れたし、ポジティブさで勝てるとも思わないよ。」


笑いながらそう答えるユーキ。


二人は見た目や感情、実際に起きた出来事や会話など、ではなく、もっと深いところでつながっていた。


その繋がりが、二人をこの単時間で急激に接近させたのである。


そのことを当該の二人が知るのはもっと、ずっとずっと先のことである。

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