街色の海と海色の街

阿紋

1-1

 冬のこの時期に、暖房のないアパートで一日中過ごす。

 寛太郎はほとんど陽の当たらない窓の下の壁によりかかって、自分を現実の世界と隔離するように耳にヘッドフォンを当て音楽を聴いていた。

 頭の中をグルグルとアカペラのコーラスがゆっくりと回転する。

 無宗教のはずなのに、不思議とルネサンスの宗教曲を聴くと心の中が静まっていくように思えた。言葉は全くわからないけれど、その荘厳なハーモニーと緩やかで優しい旋律は、しだいに無に近づいているように感じられた。

「これは試練なのか。苦行なのか。それとも永遠につづく虚無への扉なのだろうか」

 寛太郎は一人自問自答している。

 いつかはじける。何かはわからないけれど、自分の中からぬぐいきれない不安におびえながら、ただじっとこうしている。

 時間が止まってしまったような錯覚を覚える。

「でも音楽は止まっていない」

「時間は流れている」

 寛太郎は何度も自分に言い聞かせる。

 どうやったら、自分をすべてのものから遮断できるのか。虚無近づけるのか。

 死はあまりにも安易な答え。寛太郎にはそう思えた。

 日が沈むと寒さは一層増して、寛太郎の体を冷気が包み込んでいた。

 寛太郎は少しばかりの固く冷たいパンを口に入れ、朝沸かしたきりですっかり冷えてしまった湯といっしょに飲みこんだ。

 人間はこの程度の寒さでは死なないんだ。ものを食べるとほんの少しだけ体温が上がる。薄っぺらな毛布でもぬくもりは感じられる。自分が自分自身を温めるんだ。

「今日はいつもより明るい夜だ」

 寛太郎は視線の先のキッチンの窓を見てそう思った。今日は満月なんだろうか。今日が何月何日なのかも、何曜日なのかも忘れている。いつもならそろそろ眠くなってもいい頃なのにと、寛太郎はうつむいていた顔を少し上げてみる。

 やはり満月のせいだろうか。月の引力が身体に与える影響。そんなもの感じたことはないのに。

 寛太郎の耳をふさぐヘッドフォンは、ずいぶん前に頭から外されていた。

 隣の部屋のテレビの音も聞こえなくなっている。

 自分の心の中から離れない不安はいったい何なのだろう。寛太郎はゆっくりとかみしめるように考えはじめる。そしてかすかに笑みをうかべた。

 いつも同じことを考えている。答えなんてあるのだろか。寛太郎は毛布にくるまったまま、薄っぺらな布団の中にもぐりこんだ。

「結局こうして眠ってしまうんだ」

 寛太郎はかすかにくちびるを震わせてつぶやいた。

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