クレソンの花言葉は「不屈の力」
「知らない天上だ」
明らかに前住んでいたアパートとは段違いに高い天井
真っ白な天井にシーリングファン(天井にある扇風機みたいな奴)
まるで豪邸にような家にしか無いモノだった。
そして起き上がれば今日引っ越し業者に持っていかれた自分のベットであることがわかった。
他の家具も同じ部屋に纏められていた。
「これは……新しい新居かな?」
どうしたものかと辺りを見渡すとメモが置かれていることに気が付いた。
拝啓 華道 蒼汰様
此度は内の玲菜が誠にご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
お部屋の方はタイガーズマンションの最上階となっております。お部屋の鍵は指紋認証と顔認証になっておりますので必要はありません。
部屋の家具の配置についてですがネット環境を中心に元の部屋になるべく近くなるようにしております。
何かしらの不具合がございましたらこちらがご負担しますので家具の配置換えや動画投稿などに対する補償をお受けします。
再度申し上げますが此度は本当に玲菜がご迷惑をお掛けして申し訳ございません。
蒼汰様に今後更なる迷惑をお掛けしますかもしれませんがその際は私めに言ってください。
すぐに玲菜を叱りに行きますので
敬具 甘夏 春菊
ガチの謝罪文が書いてあった。
一応スマホを取り出し日付を確認するとまだその日の夜18時であった。
とりあえずパソコンを開いてデータが無事な事を確認して夕食の準備をしようと台所を探した。
「あ、これはしまったな」
台所に辿り着いたまでは良かったのだがコンロがガスコンロではなくIHコンロだった。
蒼汰が持っていた調理器具はIH対応でないモノのため新たに買う必要があった。
念のため調理器具が交換されていないかの確認もするが春菊さんもそこまで確認していなかったのだろう。
案の定変わっていなかった。
仕方が無いのでスーパーに行くか出前を取るかするのだがあいにく持ち合わせが心もとないためどうすることもできなかった。
「うーん。コンビニATMを使うか?」
蒼汰は庶民であるがためにもったいない癖がついてしまっている。
コンビニATMの手数料を払うのを渋っているのだ。
「とりあえず今日はもう遅いし後から春菊さんには電話するとして何も食べなくていっか」
幸いお腹はさほど減っていない。
とっと録画作業をしようとパソコンを操作し始めた。
カタカタカタ
とゲームパット(コントローラー)を操作する音のみがしばらくの間響いていたのだが……
「ふう、とりあえず満足いくのはできたかな」
ヘッドセットを外して置くと自分しかいない空間からふと包丁の叩く音が聞こえてきた。
「ん?」
音につられて台所に向かうと
「蒼汰さんお仕事お疲れ様です!」
ピーポーパーポー(携帯電話の電話する際の効果音)
プルルルルルルルル(接続音)
「蒼汰さん?」
不法侵入者が再度呼びかけるが待ったなしに電話相手に連絡を掛けた。
「はいもしもし、甘夏ですが」
「すみません春菊さん、玲菜さんが俺の部屋に侵入してきたんですが……」
「なんですって!?マスターキーは全部没収したはずなのに……」
なんとも末恐ろしい。
このマンションも甘夏さんがオーナーのマンションなのだろうからマスターキーを持っているくらいの予想はしていた。
だがとても厳しい春菊さんの目を盗んでまでマスターキーを隠しておくとは
「あ、蒼汰さんお母さんと話してるんですね。そうはさせませんよ」
アンテナの入った機械を操作すると何やら電話が上手くできなくなっていた。
「い……ち…む………す……ま…——プツン」
電話が突如切れてしまった。
「フフフ、妨害電波はこんな時のために用意しておいて正解でした」
「けどそれ意味あるの?」
「何をしても無駄ですよ。Wi-Fiは愚か電話回線にも妨害電波をこの部屋に張り巡らせているんですから」
「けどそれ、春菊さんがここにきたら意味がないよね」
「その前にいただいちゃえばいいだけですよ」
舌をペロリと舐め擦りする姿はまるで極上の獲物を前にした肉食獣のようだった。
だが蒼汰も負けていなかった。
アフリカスイギュウは一見ライオンの食料に観られがちだが実はライオンを最も多く殺しているのは紛れもないアフリカスイギュウなどのウシ科に属する角を持った草食動物たちだった。
サバンナの二強が今雌雄を賭けて対決せんとしていた。
「く、仕方ありません。今日は諦めますが晩御飯くらいは食べておいてくださいね。もう冷めてしまいましたけど家から調理器具と材料を持ってきて作ったので」
「食事だけなら一緒に食べてもいいよ」
「じゃあ温め直しておきますね」
結果はスイギュウの勝ち
しかし襲わないことを条件に一緒に食事を約束する肉食令嬢様と草食系庶民男子の図は「あらしのよるに」のオオカミとヒツジのようだった。
「今日の献立は西洋野菜のサラダとポトフですよ。お好みでマスタードをつけてくださいね」
甘夏さんの用意した食事は西洋の家庭料理と呼ぶにふさわしいモノばかりだった。
サラダはクレソンやセロリといった栄養価の高い野菜とキャベツなどをバランスよく盛りつけられ見た目も良く味に飽きを来させないように作られていた。
ポトフも本格的で硬い部位の肉を柔らかくなるまで煮こまれてつつ臭みを出さないよう香味野菜を上手く使っていた。
「美味しいですか?」
「美味しいよ。おすそ分けありがとうね」
「勝手に入ったのは悪かったですけど蒼汰さんの部屋ってガスコンロだったじゃないですか。もしかしたらIH対応じゃない調理器具なんじゃないかと思いまして」
「うん、そうだけど。盗聴器とかそう言った物はつけてないよね」
「そ、それはもちろんですよ」
夫婦と一瞬幻覚した読者諸君、恋愛には障壁は付き物なのだよ。
この程度で作者がゴールさせると思ったかね?
答えは否だ。
「玲菜、これは何ですかね?」
ストッパー春菊さんは数十点に並ぶ監視カメラ、盗聴器の数々を並べこんでいた。
「蒼汰さん、一応お風呂場も確認しましたがマジックミラーなどは施されて無いようですのでご安心ください。それと調理器具の方はこちら至らず申し訳ございません」
「いいですよ。春菊さんが来てくれたんで一先ず安心して眠れそうなんで」
「はい、ありがとうございます。そして玲菜!今度からは
「…はい」
返事はしたもののその目には不屈の闘志が宿っていた。
今日の料理のクレソンの花言葉「不屈の力」は狂喜の乙女に宿り続ける。
「あらしのよるに」
著・木村裕一 西暦2000年頃より教科書に掲載
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