猫はBlueな夢をみるか
part.1
秋山と八神が出会って三年、二人に静かな年末が訪れた事は一度もなかった。
二人の初めての年末は八神が半殺しの憂き目に合い、自分も理髪師の命とも言える利き腕を折られると言う大騒動で暮れを迎えた。
二年目は父親の墓参りに郷里へ帰り、雪の降り積もる山道で遭難した挙句、男二人まっ裸で車内から救出されると言う大失態を犯し、病院で正月を迎えることとなった。
そして今度こそ、静かな年末をと思った三年目。年末を待たずして災難が降りかかった。
エロ行為のまっ最中に床が抜け、新装開店だった八神の店、ルナ・ロッサと理髪店を隔てていた壁が床と共に倒壊する言う前代未聞の珍事件が起きたのだ。
そんなこんなを乗り越えて、今年こそ!今年こそはとビクビクしながらも迎えた年末。二人にとっての鬼門のクリスマスをくぐり抜け、大殺界である年末を乗り切った。
二人はこの日、仕事が終わった店内で、15インチのテレビから流れてくる『ゆく年くる年』の除夜の鐘をしみじみとした気持ちで聞いていた。
「ああ、嘘みたいに静かだなあ、僕は波風一つ立たないこう言う年末年始をどれだけ過ごしたかったしれません!」
秋山は感極まった様子でうっすらと目に涙まで溜めていた。
恐らくこの界隈で一番この除夜の鐘を感慨深く聞いていたのは秋山だったに違いない。
「神様っているんだなあ先生!こりゃあ幸先いい歳になりそうじゃねえか!そうだ、シャンパンシャンパン!シャンパンで景気良くニューイヤーだ!」
テンション高く八神はいそいそとバーカウンターへと酒を取りに行った。
今やルナ・ロッサと理髪店は床続きとなっていた。
あの時、両者を隔てていた壁がぶっ壊れたのを機に八神の店と秋山の理髪店はワンフロアで繋がった。と言うより、実のところは改装費が捻出できず壁を取っ払ってしまったと言う方が正解だろう。
お陰で理髪店とバーがドッキングした奇妙な業態の店が出来上がったと言う訳なのだ。
「この日のために取っておいたドンペリのピンクだ!ほれ先生グラスグラス!」
グラスを渡した八神はコルクに親指を当てがうと、テレビではカウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1…ハッピーニューイヤー!!」
掛け声と共にポンっと景気のいい音が弾け、八神はわざとシャンパンの泡を噴き上げた。
「乾杯だ!先生!」
「明けましておめでとう八神さん!今年もよろしく!」
「こっちこそよろしく、…秋山」
こんな風に八神が秋山を本名で呼ぶ時の声は腰が蕩ける。
元ホストの片鱗が垣間見えるような何故だかとても色気がある声色だ。
甘く囁くような、少しスモーキーで掠れた低音が耳を擽ると、まだシャンパンが回ってないのに秋山は照れて耳まで赤らんだ。
照れ隠しに一気に煽るシャンパンは、冷えているはずなのにあっという間に秋山の喉を体を熱くした。
「そう言うとこ、可愛いなセンセイ」
色気のない店の三人がけのソファに並んで腰を下ろしていた二人。気付くとピッタリと寄り添っていた。
その秋山の肩を八神の腕がスルリと抱いた。
秋山は八神のすけべスイッチが入る音が聞こえた気がした。
「ちょっ、…や、八神さん、待っ、」
牽制しようとしたが、八神のキスの方が早かった。
秋山はあっという間に腕の中に収まって、シャンパンの味のする唇に押し包まれた。
小刻みに小さなタップ音を立てた幾つものバードキス。忍び入り込む生ぬるい舌。歯列が擦れ合い口角から滴る透明な甘い蜜。
酒と口付けに酔った秋山の手からはいつの間にかグラスが抜き取られていた。
「やがみさん…くらくらする…っ…」
何度目かの口付けの合間に熱い吐息と共に秋山の声が漏れた。
「そろそろ俺に慣れろ」
「何に慣れろって言うんですか?いつ入るかわからないスケベスイッチにですか?それとも…あ…」
「エッチな事に、だよ。もっとも、いつまで経っても
そう言いながら、八神は楽しむように、秋山のシャツのボタンを一つ一つ外していく。
上下する喉仏に歯牙をたて、露わになっていく滑らかな白い胸元に犬のように八神はむしゃぶりついた。
秋山の呼吸は乱れ切なく眉根が寄せられる。
八神だけでなく、秋山も分かっている。八神にこんな風に好きにされるのが堪らなく好きなのだと。
ああ、今夜こそきっと僕は100%八神さんのモノになるのか。
外では何処かで新年を祝う花火が打ち上がり、秋山の期待値の昂まりと高揚感で下半身が熱くなり始める。
八神の指先が抜け目なく布越しにその昂りを舐り始めた時だった。
不意にその手が止まった。秋山に嫌な予感か走った。
八神がこんな風に急に動きを止める時は何か必ず良からぬ事が起きるのだ。
「な、なに?八神さんっ!」
「いや、…雪が…。見ろよ、綺麗だな…」
店のガラスドアの向こうを見ればいつの間にやら散々と雪が降っていた。
「…ロマンチックですね」
「こんな夜にはピッタリじゃねえか?」
「…本当に、そうですね」
秋山はムードに流されるタイプだ。八神の温もりに包まれながら、ふとセンチメンタルな眼差しで窓を眺める八神にキュンキュンしてしまう。
八神に遅ればせようやくその気になった秋山は、今度は自ら八神の首に腕を絡め、続きを強請るように引き寄せた。
八神は雪の降る窓を眺めながら唇を重ねた。
八神とは不思議な男で俗物で即物的な男のくせに、こう言う場面でやけにアンニュイになったりもする。
秋山にはそんな八神のギャップが堪らなく好きなのだ。
「僕は八神さんが…す」
秋山が「好き」と言いかけた時、今度こそ二人はその微かな異変に気がついた。
甘いムードは吹き飛んで、二人ははっと顔を見合わせた。そして同時に見たのは店の玄関だった。
ドアに何かが当たる微かな物音を聞いたのだ。
「何か…いる…?」
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