part.6

「ちょっ…待て、先生?どうしたんだ急に…」


八神の唇に伸び上がって、無数の口付けをする秋山。その吐息から甘いアルコールが香る。 


「あんたカルーア、飲んだのか。あれは口当たりの割に強いんだぜ?どんだけ呑んだ?」

「そんなのどうだって良いじゃないか。八神さん、早く…っ」


いつになく積極的な様子が不自然だ。訝しさが先に立って、あちこちにある筈の八神のすけべスイッチが入らない。

秋山はとうとう八神を布団に押し倒し、積極的に八神の股間に己のモノを擦りつけた。

八神がその気になれば、秋山などあっという間に組み敷かれてしまうのだが、今日の八神は動かないまま己を秋山の好きにさせていた。

必死にその気にさせようとしていた秋山が、動こうとしない八神に焦れてその胸を拳が打ちつけた。


「酷い…っ!酷いよ八神さん!自分がしたい時には積極的になる癖に…、僕がして欲しいって言ってるのに、なんで…っ、そんなに意地悪なんだよっ!…もう、僕になんて欲情しない?もう抱きたく無くなった?」

「先生…、いったいどうしちまったんだよ、あんたらしくねえじゃねえか。俺は良いけど、先生はそう言う人じゃないだろう?このままなし崩しに最後まで行くのか?良いのか?本当に…」


秋山にも八神との一年があったように、八神にも秋山との一年がある。こんなやり方で100%を遂げたとしても、秋山に後悔が残るのは目に見えるようだった。


「生娘じゃあるまいし、良い歳の男がそんなに純情ぶったって良い事なんか…」


秋山は八神の胸に両腕を突いて声を詰まらせるとはたはたと涙を流していた。


「生娘より先生の方が純情な癖によ、似合わねえ事すんな」


恥ずかしい。

冷静な人間の前でとんだ痴態を晒している事に今更ながら気がついた。秋山は八神の上で泣き崩れていた。


「浅田さんの方が魅力的?僕より楽しい?なんで家にいてくれないんだ!それにあの綺麗な女の人は一体誰なんだよ…っ!最近の八神さんは変だよ…!」


恥も外聞も無く、一旦吐き出した不安の種は勢いよく芽吹いて止まらない。

八神は八神で秋山の口から思わぬ言葉が出て驚いていた。


「えっ、桃香が来たのか!ここへ?!」

「綺麗な女の人だった。…お金、借りたの?もしお金が入り用なら何で僕に言ってくれ無かったんだよ!」


秋山は涙を流しながらまたも八神の胸板を打った。


「待て!待て待て待て、色々と誤解があるんだ。…ったく、桃香に言うなって言っておいたのに」

「何も聞いた訳じゃないよ、だけど封筒に現金が…」


桃香とは一体誰なのか。

八神の口から改めて女の名前を聞くと、ますます秋山の涙は膨れ上がる。

仰向けになっていた八神はまだ膝に秋山を乗せたままで慌てて起き上がった。


「すまん、今はまだ言えないが、明日の夜なら全部答えられる。俺を信じて待っててくれねえか。必ず言うから」


秋山の両手を取って握り締めながら、八神が真摯な眼差しで覗きこむ。


「大丈夫だ、先生が泣くようなことじゃ無いんだ」


大きな暖かい手が、秋山の涙を拭う。

八神と言うのは不思議な男だった。どんな変な事を言っていたとしても、その優しさは本物だと思えるし、なによりもその手の暖かさに秋山はいつも安堵する。

今だって何も納得できていないのに、訳もわからず少し気持ちが凪いでいた。


「はははっ、それにしても…。なんだか俺は嬉しくなっちまったよ。先生はそんなに俺の事好きなのか」


その言葉には流石の秋山もカチンと来た。ここ数日の己の胸苦しさも知らずにヘラヘラとそんな事を言って来る八神がなんだか憎らしくなって来る。赤くなった目で相手をギンと睨みつけた。


「何が嬉しいんだ…!こっちはどんだけ不安だったと思うんだ!よくもそんな、っ、んーー」


もう一度振り上げた秋山の拳は八神によって止められ、ぐいと引き寄せ言葉ごと唇を奪われた。


「先生、やるか?100%…、なんか俺、スイッチ入っちまった」


荒ぶる吐息で耳元で囁かれ、ところ構わず八神の熱い唇が触れてくる。秋山の内腿に触れた八神の股間はさっきと違い、熱く固く己を主張している。

打って変わって形成逆転。八神が秋山の身体を押し倒していた。

このまま八神の好き放題では何だか悔しい秋山は釈然としない顔でキスを迫ってくる八神の顔を押し返した。


「なし崩しに事に及んだら僕は後悔するんでしたっけ?」

「・・・誰がそんな事を?」

「アンタだ」


すっかり酔いの醒めた秋山は八神の下から這い出してそそくさと布団に包まり背中を向けて寝る体制だ。


「おいおいおい、どうすんだよコレ!」

「明日考えます。八神さんだってなんでしょ?」

「それ、俺への仕返しのつもりか」

「似合わない事したので疲れました」

「それはさっき俺が言ったことへの嫌味だな?」

「………」

「秋山〜っ」


八神はまだ漲りまくっている己の股間を指差して文句を垂れた。そのまま襲ってしまえば良いものを。

弁える所が違う八神と発奮するタイミングを逸した秋山。せっかくのチャンスをみすみす逃すなんとも焦ったい二人だった。


兎にも角にも明日だ。

八神は明日の夜全てを話してくれると約束してくれた。

八神は約束を違える事のない男だ。いくらでも信じて待つ事は出来ると思うだが、朝起きた時すでに八神の姿が消えていた。

例のスーツの箱と共に…。



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