第27話 1番幸せな先輩
最近、志保先輩が家に帰ってくることが遅くなっていた。何をしているかは分からないし、それを聞こうか迷っている所ではあったから。
もし、志保先輩の家庭の事情的何かだったら俺が変に首を突っ込める問題じゃないし、きっとなにもできないから。
そんな答えの出ない自問自答を繰り返していると、志保先輩が俺の前に現れた。
「ただいまと言ってるのだけど、無視は酷くないかしら?」
「え? あ、すみません……考え事してて」
「そう、何を考えていたの?」
「いや、なんでもないです……」
「なんでもなくない顔、してたわよ」
「志保先輩の帰りが、最近遅い気がして」
「それは乙女の秘密よ。秘密がある方が魅力があるでしょ? それに大丈夫だから心配しないで」
そう言葉では言っているものの、志保先輩は一瞬だけ動揺した。すぐにいつものクールな志保先輩の戻ったけど、志保先輩にだってなにか大丈夫じゃないことがあるんじゃないだろうか?
でもこれ以上質問したって志保先輩は何も言わないだろう。秘密がある方が魅力があって言われても、先行きが不安だからこそ隠して欲しくないって気持ちもある。
少しだけ志保先輩が抱えてるものを背負わせてくださいって言っておいて、きっと少しもまだ背負えていない。
「あ、そうだ。前にお花見に行きたいって言ったわよね? 行きましょう、お花見」
「え?」
「ちなみに拒否権はないのだけど、どうする?」
「拒否権が無いのに行くかどうか聞くんですか?」
「観覧車の時見たく、苦手な物を無理強いはしたくないわ。私の命令でも聞けない時は素直に言って欲しいから。私だって鬼じゃないわ」
「そうですね、志保先輩は優しい人ですね」
「そうよ、私は優しいの」
「自分でそれ、言うんですね」
それが私だからって、相変わらず志保先輩は志保先輩だった。
「行きますよ。志保先輩の頼みならどこだって」
「天国でもかしら?」
「もちろん、地獄でも付いていきますよ」
当たり前にそう答えた。別に間違えた覚えはないのに、志保先輩は目を真ん丸に見開いて驚きの表情をしていた。
「どうかしました?」
「いえ……そう言ってくれるとは、思わなくて。キミなら、またスケールがでかすぎるとか言いそうだったから」
「そ、そうかもですね」
きっとこれも彼女の、志保先輩の過ごした日々の中で変わっていったことなのだろう。別にこの変化が良いのか悪いのかは分からないけど、志保先輩のそんな表情が見られたのなら良い変化なのかもしれない。
「キミは、私と出会えて幸せかしら?」
「そうですね。満たされてます」
「そう。でもね、私はキミを1番幸せにしてあげられない。ごめんなさいね」
悲しそうに、悲しい微笑みを浮かべながら志保先輩は言った。別れが近づいているかのように、名残惜しくもこれで終わりにしましょうと言われてるかのように。
《なんでそんなこと言うんですか?》
言えなかった。その言葉を言ってしまえばその返答でこの先の未来を決定させてしまってるんじゃないかって思えて、そう思ったら何も言えなくなってしまった。
「キミと一緒にいると私、すごく幸せなの。きっと、キミが感じている幸せよりももっと幸せ。だからキミは2番目。1番は私」
やっぱり、どこか不安が拭いきれていないんだろうな。だから嫌の方向に、負の方向に話を考えてしまう。志保先輩は相変わらず志保先輩だと言ったのは俺なのに、肝心な時には笑えなくなってしまっている。
「どうしたの? そんな苦しそうな顔して。私なにか変なこと言ったかしら?」
「いえ、俺の心の問題です。でも、俺も1番じゃなくたっていいんですよ。別に2番でも3番でもいいんです」
「どうして?」
「志保先輩がこの世で1番幸せなら、それで充分ですから」
「そう……ふふふ、流石に今のはドキッとしたわね」
「いつもドキッとしてるのはこっちなので、たまにはやり返さないと」
「その挑戦的な態度、嫌いじゃないわよ」
ふふふ、と志保先輩はまた微笑んでいて本当に楽しそうだった。
▼
お花見に行くのが決まったのはいいんだけど、前日の夜に志保先輩がとある発言をしてきた。
「明日は10時に駅に集合よ」
「集合?」
「分からない? しゅうごう、1カ所に集まる、又は集めることよ」
「いや、集合の意味は分かるんですけど、そっちの意味ではなくてですね」
シンプルな疑問だ。ただ、一緒に出かければ良いって話でわざわざ待ち合わせをする必要がないのだ。
いつも出かける時は2人で一緒にこの家を出て一緒にこの家に帰ってきていた。それが急にどうしたと言うのだろうか?
「別に2人で向かえばいいじゃないですか。待ち合わせする必要あります?」
「キミはどうかはしらないけど、私はあるの」
「なんでですか?」
「素直に言うこと聞いてくれない人は嫌いよ。好きだけど」
「どっちなんですか……」
志保先輩曰く、服装やらを自分なりに考えているらしく、駅で待ち合わせをしてそこでお披露目をしたいらしい。
別にいつもの流れでもいいじゃないですかと意見をしたが、バカだとかデリカシーが無いだとか散々な言われようだった。
「キミは本当に乙女心が分かっていないわ」
「いや、その方が合理的な気がするだけですけどね」
「とーにーかーく。駅で待ち合わせをするの。いい? 異論反論講義質問等は一切受け付けないわ」
普段からおかしい志保先輩ではあるが、今日は特におかしい気がした。こんなにムキになるのも中々珍しく、ここは大人しく言うことを聞いておいた方が良さそうだった。
お花見にお出かけってイメージだけど、きっと志保先輩の中ではれっきとしたデートになるんだろう。だからきっとそういう雰囲気も味わいたいのだろう。
頑なにデートとする志保先輩の乙女心をまだ完璧に理解できてるわけじゃないけど、できる限りは志保先輩の要望を叶えてあげたい気持ちは当然持っている。
「分かりましたよ。それでいいです」
「うん、よくできました。お礼にパンツ見せてあげるね」
「パンツは見せなくていいですから!」
久しぶりにパンツを見せてくれようとしたけど、毎度のことパンツを見せる基準が分からない。
スカートを捲ろうとする志保先輩の手を慌てて押さえるのがお決まりの流れになりつつある。
「いや、ほんとにね。ダメですよそんな簡単にパンツ見せようとするのは!」
「キミにだけよ。それでも不満?」
「不満ってゆーか、なんかこう……言葉では言い表せないんですけど」
その行為が淫らってわけじゃない。俺だけに向けられた、俺に抱いている好意の延長線上だってことは知っているから。
見たいか見たくないかで言ったらそりゃ見たいさ。志保先輩のパンツは見たいけど、やっぱり見たくないって自分でもよく分かってない葛藤があった。
「パンツは飽きたのね。じゃあ今度からはブラジャーの方がいいわね」
「そーゆーことでもないです! いや、本当に捲らないでくださいよ!?」
志保先輩の見せたがりを直すのは前途多難だった。
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