第25話 超えてくる先輩


 季節は幾度となく巡り春が来た。

 俺は高校2年生へと無事に進級をして、同様に志保先輩も無事に3年生へと進級を果たした。


 まぁ、俺が進級できる時点で俺よりも数倍頭の良い志保先輩が進級するのは当たり前の話なんだけどね。


「そういえば志保先輩って、大学とかって行くんですか?」


 リビングに置いてあるソファーに座りながら、同じく座っている志保先輩に、何の気なしにそう質問してみた。


「大学は行きたいわね」

「行きたいわねってことは、行けない理由とかがあるんですか?」

「両親が認めないわね。高校を卒業したらすぐに結婚させられるはずだったから」

「なんだか、すみません……」

「なぜキミが謝るの?」

「いや、前に両親の話はしたくないって言われたので」

「今のはキミに悪気があったわけじゃないし、私から両親ってワードを出したから謝るの必要はないわ」

「そう、ですか」

「でも、いつまでも夢物語を見てはいられないのも事実よね」

「夢物語?」

「今の日常、それこそが私にとっての夢物語。夢なんかにはしたくはないけれど、この先のことを考えると、ね」


 その先のことを考えるだけでゾッとしてしまう。もしこの日常が崩れたら? 志保先輩はこの世から居なくなってしまうんじゃないだろうか。


 だけど、こんな家出は子供の癇癪と同じ、ずっと永遠に逃げられることはないと薄々は感じていた。

 それでもそんな現実から逃げたくて、目を背けたかった。


「キミがそんな悲しそうな顔しないでよ。今を生きるのよ。それが何よりの幸せよ」

「前までは死んでやる! っとか言って人を俺は知ってますけどね」


 俯きながらそう答える。だけどそんな俺を見かねた志保は言葉を呟く。


「だから言ってるじゃない。キミがその価値観を変えてくれたって。キミにとっては些細なことかも知れないけど、私にとってはとても大きなことだった」

「そうでしたね」


 お互いが影響して変えたこと、変わったことがある。語り出せばキリがなく、良し悪しもあれど、この世界でもう少しだけ頑張ってみようと力になったことには違いない。


「ほら、前を向きなさい。キミの前には素敵な世界が広がっているはずだから」


 そうだよな。今は全力で生きて、楽しんで、志保先輩との日常を過ごすことだけ考えてればいいんだ。

 また、志保先輩に救われた、助けて貰った。やっぱり先輩は優しい。そう思って顔を上げると、視界に広がっていたのは素敵な世界ではなく、真っ白な世界だった。


「え……?」

「これも新調したやつなの……どうかしら?」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 純白のパンツが目の前にあった。志保先輩が絶賛着服中の純白のパンツ。またしてもスカートを捲り上げて俺に見せつけていた。


 何回も言うんですけどね、そんなに頬を赤らめて見せるくらいならいっそのこと見せなきゃいいんじゃないですかね?


 珍しくフリルが付いてないんですね。いや、冷静に分析してる場合じゃないだろうが! 朝っぱらからこの人は何がしたいんですかね? 俺のナニも反応しちゃうからやめて欲しいんですけど……!


「パンツ見せてくるの禁止にしていいですか……?」

「パンツ嫌いなの?」

「嫌いではないですけど……」

「なら、いいじゃない」

「だけど、それで俺が志保先輩によ……欲情して……襲うかもしれないですし……」

「そんな照れながら言っているキミに、私を襲えるのかしら? 無理ね。断言できるわ。ほんな度胸はないもの」


 その言葉に少しだけ、苛立ちを覚えた。俺だって男だし、人並みに欲求はあるし、志保先輩のえっちな魅力に何度も理性を崩されかけたことがある。


 なのに志保先輩はそんな俺の必死の努力を軽んじている。だから俺は志保先輩を少し脅かしてやろうと、志保先輩をそのままソファーに押し倒す。


 顔を近づけてキスをしそうな勢いで迫る。本気でするつもりはない。ただ、いつも俺が一方的にドキドキさせられっぱなしは割に合わないから、仕返しをしたかった。


「こ、これでも俺が度胸無いって……言い——」


 そう言おうとした矢先に、俺の言葉は志保先輩の唇に吸い取られてしまった。

 志保先輩を驚かせようとした、からかうつもりだったのに、そんなことお構いなしに志保先輩は俺の唇を塞いできた。


 思考が上手くまとまらない。頭がクラクラして、なんだか不思議な感覚だった。

 それでも志保先輩は止まらない、止まってくれなかったら。


「キミが望むなら、その先だって私はいいわよ」

「え……ちょ……」

 

 ブレザーを脱ぎ捨て、ワイシャツのボタンを下から1つずつ外していく。志保先輩の色白できめ細やかなお腹辺りがチラッと見えた所で俺の意識はなくなった。


 やっぱり志保先輩には敵わない。





 ▼





「あら? 気絶しちゃったかしら」


 少しイタズラが過ぎてしまったかもしれない。

 でも……


「少しは男らしい所……あるじゃない」


 まだまだ甘い所があるのは否めないけど、ね。










 学校に行くのは嫌いじゃない。勉強は好きじゃないけど将来の為の教養と理解してるからしっかりと学ぶ。

 それでもどこかつまらない日常だったのは確かだった。


 親しい友人がいる訳でもなく、彼女だっていない寂しい高校生活。挨拶をすれば返してくれる、そんな中途半端なボッチを経験していた。


 入学してすぐにある程度の人間関係は築けるが、その輪の中に入れなければ孤独ご付き纏う。そんな苦渋を舐めたのは他でもない俺自身だった。


 クラス内が賑やかな中、俺は1人窓際の席で外の景色を眺めていた。桜が舞い落ちる、新入生の門出を祝うには申し分ないほど咲き乱れた桜。俺にとっては孤独な桜だった。



「お花見行かない!?」

「いいね! 行こうよ!」


 女の子同士のそんな話声が聞こえた。お花見か、俺も小学生の頃までは親とよくお花見したのを思い出す。

 中学に上がってからは何度か誘われたけど、全て断ってきた。


 思春期特有の恥ずかしさを感じていたせいか、そんな季節限定のビックイベントを毎年逃していた。


 そんな現実と過去回想を振り返った日の夜、そらは紛れもない偶然なんだけど、志保先輩がとある提案をしてきた。


「お花見、行かないかしら?」

「お花見ですか?」

「うん。お花見もしてみたかったの。もし良ければキミの両親も一緒にがいいわ」

「俺と2人っきりじゃないんですね」

「2回行くわよ。キミの両親と、キミと2人っきりで」

「2回も行くんですね」

「好きな人となら同じ場所でも、何回も行きたいものよ」


 そうなんですかね、なんて答えると、キミは違うの? っとすこし不安気に志保先輩が言葉を紡ぐ。

 何故だか分からないけど、今この一瞬だけ、あの時の惨めな自分を思い出してナイーブになっていた。


 今は一緒に見てくれる人がいて、一緒に付き合ってくれる人がいる。なのに、この晴れないモヤモヤはなんなのだろうか。

 原因は分からない、なぜこんなに落ちているのか自分にも分からない。


「今日のキミ、少し変よ」

「え……?」

「なにか迷ってて、悩んでる風に見えるわ」

「志保先輩の気のせいですよ」

「私の目に狂いはないわ」

「志保先輩は自信家ですね」

「キミ、泣いてる」

「え……?」


 志保先輩に指摘されてから初めて、自分が泣いていることに気がついた。原因が分からない、何に悩んで、何に悲しんで、何に涙を流しているのかが分からない。


 拭っても拭っても溢れ出て止まらない涙。それを見兼ねて志保先輩が優しく抱きしめてくれた。荒れた心が落ち着いていくのを感じた。

 安心感を感じた。志保先輩の優しさを感じた。


「キミの泣いている理由は分からないわ。でも、その時は遠慮なく私の胸に飛び込んできなさい。私が包み込んであげるわ。キミにとって私はそういう存在でしょ?」

「志保……先輩」

「いいわ、言葉は要らない。甘えていいのよ」


 ごめんなさいとだけ一言呟き、志保先輩の胸を借りて涙を止めるのに勤しんだ。優しく志保先輩の温かさに触れて、余計涙が止まらない。

 そんな俺の背中をポンポンと優しく叩く、一定のリズムが子守唄のように思えて、母親のようにも思えて、余計に泣きたくなってしまった。

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