第23話 変わっていく先輩



 先輩との名残惜しい電車の旅を終えて、目的地の最寄駅へと到着すると、朝早くというのにカップルや家族づれが多く賑やかしていた。


「すごい、人がたくさんいるのね」

「まぁ、ここら辺じゃ遊園地なんてこの場所くらいしかないですから、人が集中するのかもしれませんね」

「そうなのね。バトルが始まるのね」

「なんのですか?」


 乗り物を乗るバトルよ! っと志保先輩はやっぱりら興奮しながら会話をしてくる。そんな志保先輩を見ていたら水なんか刺すことが出来ずに、そうですねと笑いながら俺も答えた。


「まず、何に乗りましょうか? 志保先輩乗りたい物とからありますか?」

「いろいろと調べてみたけど絶叫系は避けたいわね」

「絶叫系苦手なんですか?」

「落ちたら死んじゃうじゃない」

「いや、普通は落ちませんから……」


 万が一って可能性は捨てきれないのは事実だけど、そんな面白味もないこと言ったら世の中の娯楽がどんどん潰されてしまう。


「とりあえず、物は試しで乗ってみましょうよ」

「キミは恐くないの?」

「はい?」

「死んじゃうかもしれないのよ……?」

「恐くないですよ。それに志保先輩言ってたじゃないですか。好きな人と生を終えられるのは素敵なことだって」


 その時は確か火事のことだったと思うし、あの時は理解できない感情だった。今でも完璧に理解したわけじゃないけど、好きな人と一緒なら多少苦手なことでも克服できる可能性が上がるのは事実だ。


「なによその悲恋。理解できないわ」

「は……?」

「今はその気持ち、理解できない」

「え……? あの、ちょ……え……?」


 前に志保先輩が自分から言いましたよね? わりとキメ顔で言ったのにそんな拒絶の仕方あります? 俺ひとりでものすごく恥ずかしいんですけど……


「全部じゃないわ。あの時の私は知らなかったから。生きることの楽しさ、大切さが。こうやって一緒に寝泊まりして、一緒に働いて、一緒にご飯を食べて、一緒に娯楽を楽しんで」


 志保先輩は俺の少し先を歩きながら前を見つめて語り始める。そんな後ろ姿に並ぼうとはしないけど、それでも置いていかれないように俺も歩き始める。


「私欲張りだから、もっとこうしたいとかああしたいって欲が出てきちゃう。春はお花見をして、夏はお祭りにも行ってみたい。秋は紅葉を見て冬は寒いから嫌い」

「最後のでなんか台無しなんですけど……」

「ふふふ、だからね。やりたいことを全部やって、それでもう後悔が無くなった時には、一緒に生を終えられたら幸せね。私はまだまたやりたいことたくさんあるから、まだ死にたくないわ」


 俺が変わっていくように、志保先輩も変わっていく。良い変化なのか悪い変化なのかは分からないけど、この先の志保先輩の人生にどんな影響を及ぼすかは分からないけど、笑ってくれているなら俺も笑っていられる。


 ぐぅぅぅぅ。


 そんなカッコいいセリフを言った側から空腹時に鳴る音が響いた。ちなみに俺ではないしそんな音が近くで聞こえる所に他の人は居ない。ならこの音を出した本人は?


「鳴ってないわ」

「いや、俺何も言ってないんですけど?」

「そんな目で見てたわ」

「なら自覚あるってことですよね?」

「キミってほんと、デリカシー無いのね。クズね」

「そんか無茶苦茶な……志保先輩、俺どうしようもなくお腹空いたので朝食的なの食べませんか?」

「言い方がむかつくわね。もっと気を遣えないのかしら」

「勝手じゃないですか……」

「まあ、キミがそこまで言うならついて行ってあげるわ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 わがままプリンセスは今日も我が道を行く。そんなプリンセスに逆らえない執事は妥協しながらそのあとをついて行く。


「ありがとうね」

「え?」

「それだけよ。さぁ、行きましょう」


 わがままプリンセスだと思っていた彼女は、どうやらツンデレプリンセスでもあるのかもしれない。

 そんな微笑まし行くやり取りをしながら、俺は志保先輩と一緒に何かしらの食べ物が食べられる場所へと向かった。











 志保先輩と一緒にフードコート的な場所を探していると、不意に俺の右手の袖が引っ張られ。

 もしかしなくても相手は志保先輩だが、一体どうしたと言うのだろうか?


「あれ、なに?」

「あれ? あぁ、クレープですね」

「あれが噂に聞くクレープなのね」

「どこの噂かは知りませんが、あれがクレープです」


 俺がそう言うと志保先輩はクレープ屋さんの方へ歩いていく。そのまま立てかけてあるメニュー表を見ながら顎に手を当てて考え込んでいた。


「クレープ食べたいんですか?」

「ダメかしら?」

「ダメじゃないですけど、朝っぱからか甘いものなんだなって思って」

「クレープ、食べたことないのよ」

「そうなんですね。じゃあ食べましょうか」


 そう決めたはいいものの、志保先輩は相変わらずクレープ選びに苦戦している様子だった。

 でも、こんだけ種類があって初めてともあれば、悩んでしまうのも無理はないだろう。


「どれで悩んでるんですか?」

「コレとコレでどっちにしようかなって思ってて」

「2つ食べちゃうのは?」

「太っちゃうわ」

「志保先輩はそんなに太ってないと思いますけど」

「男の子の感覚と女の子の感覚は違うのよ」

「な、なるほど……」


 でも、その2択で悩んでいるなら話は早い。志保先輩と俺が頼んで、俺の分を少し志保先輩に食べて貰えばいい話だ。


「なら、志保先輩はどっちか選んでください。選ばなかった方を俺がたのんで、それを少しあげますよ」

「いいの……?」

「はい、いいですよ」

「そう、ありがとうね」


 そして志保先輩はバナナとチョコチップの組み合わせを、俺はミカンとチョコチップとアーモンドチップの組み合わせを頼んだ。


 クレープ屋さんに注文しておじさんが作り始めるが、その姿を志保先輩は目をまんまるにして見ていた。


「あれ、家でも作れるのかしら?」

「どうでしょうね。作れないこともないでしょうけど、かなり難しいと思いますけどね」


 俺達みたいな料理の知識はスキルが無いのなら尚更難しいだろう。それでもきっと志保先輩は作るわよとか言ってきそうだった。


「はいよ」

「ありがとうございます」


 おじさんからクレープを受け取って近くのベンチで腰を休めて食べることにした。


「はい、先にどうぞ」

「いいわよ、先にこっちを味見したいから。キミが先に食べてて」

「分かりました」


 シンプルに美味しい、久しぶりに食べたけどシンプルに美味しかった。2口くらい食べ進めた所で志保先輩が俺の肩を叩いてくる。


「欲しいのだけれど」

「あ、はい」


 志保先輩にクレープを差し出す。何も考えずに差し出したから俺が口を付けた方を志保先輩に向けてしまったので、すぐに回転させた。


「どうぞ」

「こっちはキミが口付けてないのよね?」

「そうですね。だから安心して  」


 そんな俺の言葉を聞く前に、志保先輩は俺が口を付けた方を食べた。関節キス、たったシンプルなそれだけ。直接唇を触れ合わせたことだってあるのに、それなのにものすごく恥ずかしかった。


「そ、そっちから行くんですね……」

「うん、キミの味がした」

「な、何言ってるんですか!?」

「こっちも美味しいわね。これも美味しいけど」

「なら良かったです」

「私のもいいわよ」

「え?」

「私の味も、堪能しなさい」


 イタズラな笑みを浮かべる志保先輩。恥ずかしいけど、ここで断ると私の気持ちを無碍にするのかしら? とか言われそうだから逆らえないし。


「い、いただきます」

「召し上がれ」


 志保先輩が口をつけた部分から一口貰う。先程の先輩の挑発的な言葉と、ジッと見られてる視線が気になって味なんて分からない。


 ただ、すごいドキドキしていた。


「どう? 美味しかった?」

「そう、ですね。志保先輩の味がしました」

「キミってバカなのね」

「いや、さっき志保先輩が……」


 あぁ、言った俺がバカでしたね……志保先輩はそーゆー人だったのをすっかり忘れていましたね……


 そのあとはお互いクレープを普通に食べ進めていく。そんな時にふと視線に入ったのは斜め前に置かれたベンチに座っているカップル風の男女だった。


「おい、クリーム付いてるぞ」

「えぇ!? や〜ん取って取ってぇ〜!」


 ベタなやり取りをしてるんだな〜って苦笑いしちゃうよね。バカっプルなんて否定はしないけど、見ていてこっちが恥ずかしくなっちゃうよね。


「志保先輩、これ食べ終わったら次、どこ行きますか?」


 そう聞きながら志保先輩を見るが、志保先輩もそのカップルを見ている様子だった。すると、志保先輩が徐にクレープに残ってるクリームを人差し指ですくって、自分の頬にべっとりと付け始めた。


「え……?」

「はい!」

「はい! じゃなくて、何やってるんですか?」

「可愛いんでしょ? こーゆー天然な子」


 自覚あるならそれは天然じゃないし、むしろこんなべっとり付けても良いと思ってる辺りは天然なのかもしれない。


「ちょっとやり過ぎな気をしますけど……」

「早く取りなさい」

「あ、はい」


 志保先輩に言われるがまま人差し指でクリームを取る。でも、その取ったクリームをどうすればいいのかが分からない。

 食べればいいのか? 持っているティッシュで拭くのが正解か、選択次第で志保先輩の機嫌がすぐに変わってしまう。


「え……?」


 2択で悩んでいると、志保先輩が第3の選択肢として、自らそのクリームをパクリと食べ始めた。

 俺の悩みをサラッと解決しにいき、さらに色っぽく艶やかに、蠱惑的に食べる姿でまた俺の心拍数は上がるだけだった。


「ふふふ、美味しかったわ」

「なら……良かったです」


 志保先輩のあざとさにあてられて、俺の理性はすでに崩壊気味にはなるけど、なんとか持ち堪える。

 きっとこれからも志保先輩にからかわれて魅了されていくんだ。

 ならこれくらい耐えてみせないと。


 だけど、やっぱり志保先輩はすごく魅力的な女性なのは間違いなかった。

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