第五話「死なない」

〜草原8番エリア〜


「キャオオン!!」


勇ましい咆哮に大気が振動する。

茶と白色の混じった体毛に引き締まった肉体、四足歩行を主な移動方法としている大型モンスター『トラルガルム』は俺に向かって突進してくる。

しかしその足取りは重く、息が上がっている。


「はあはあ……やっと限界が来たか」


俺は息を整えながら太刀を抜く。


「トロいぜ……この野郎!」


声を振り絞り、トラルガルムの顔面を太刀で切り裂く。

トラルガルムは思わず仰向けで地面に倒れる。


「ギャオオン!」


もう少しだ、もう少しなんだ。

更に俺は踏み込み、柔らかい肉質の腹に目掛け太刀を両手に握り、突き刺す。


「ここでくたばれぇ!!」




あれから何分が経っただろうか。血に染まった太刀を構えながら呼吸を整える。


「キャン!グルゥゥ……」


トラルガルムは四足歩行の状態から崩れ落ちるように地に伏せる。

ゆっくりと近づき死んでいるのか確認する。

息はない、瞳孔も光を失っている。トラムガルムの死骸がプレイヤーに赤橙色と認識させる電子情報で構成された夕日に照らされる。


「討伐完了……っと」


息の詰まる戦いが終わり、息の荒れが収まらない中、俺は草原に寝そべった。夕暮れの空を見つめ、荒れた呼吸が落ち着いていく。

俺は今、生きている。

モンスターと対峙する度にそれを実感させられる。

そして今日……

GMW監禁騒動からちょうど三ヶ月が経過しようとしていた。




任務完了の手続きをギルドハウスの受付で黙々と行う。


「ありがとうございました!報酬は個人ロビーで確認できます」


何度も聞いた定型文をなぞる受付嬢の声など耳に入らず、部屋へと急ぐ。



この三ヶ月間で分かったことがある。それはインターネットが使える時間帯が存在していること、そしてその時間帯が一定であることだ。

俺はこのゲームの状況を録画する為インターネットが使える時間帯である昼頃から夕方の6時間、2時間程間隔が空いてまた2時間程、

インターネットが使える時間がある事が分かった。

そこで俺は6時間はこのゲームに閉じ込められている現状の証拠を残すため配信で動画を残し、残りの2時間は調べ物などに使う事にしている。

インターネットが使える時間帯では普通にSNSを開けて閲覧する事が出来たり、投稿が出来る。

また配信サイトで配信を行う事が出来た。

調べ物をした際にSNSで一度、『GMW監禁』がトレンド入りしているのを見かけた。それが原因になったのか今はGMWにログイン出来ない様になっているらしい。しかし報道関係は全くと言っていい程報道されていないらしい。

外の人間から見たら、当人は当たり前のように生活しているのに監禁とは何ぞやといった所なのだろう。

だが引っ掛かる部分がある。

あるプレイヤーが職場に行ったと仮定して、どう考えてもインターネットに触っていない状況でありながらSNSなどに投稿がなされたりした場合、誰がそのアカウントで投稿したのか?そういう疑問が出てくるはずだ。三ヶ月の間、そういう齟齬が現実世界で起きてもおかしく無いはず。そこで俺はある予想をたてた。

それは現実世界の俺達……AIに乗っ取られた俺達がインターネットを扱っている最中だけこっちの世界の俺達もインターネットを利用できるのではないか……というものだ。

それならば俺が8時間しかインターネットを使えない事や説明がつく。俺は今の時代には珍しく携帯電話を持ち合わせていない。そのため昼の配信の時、夕食と風呂の後のエゴサやゲームの新着情報の確認などの時間以外、インターネットを利用する事はない。更にその時間が殆ど一致しているということもこの予想を立てる一因になった。

これならば前述のような齟齬は起きない。それならインタビューをしようにも当人は普通に生活しているし、現実世界からは俺達が監禁されているという証拠を掴めない。こちらも現実世界の当人がインターネットに繋げなければこちらの世界の状況を配信やSNSで伝える事が出来ない為、俺の思った齟齬が起きない。

……もしこの予想が当たっていた場合、外からの支援は望めないだろう。


俺はベッドに座り項垂うなだれる。

GMWの世界に来て三ヶ月が経過して、ここに監禁されたプレイヤー達も段々とこのゲーム世界での生活にも慣れ始めている様子が何となくだが伝わってくる。

現実、モンスターの討伐任務を受け活動しているプレイヤーは約一万五千人。事件当初いた約十万人のプレイヤーの内、実に十分の一近くのプレイヤーがモンスター討伐に尽力している。一万五千人の中でも草原エリアの1〜7エリアの比較的安全な討伐任務に従事しているのが一万三千人、草原エリアの8〜10エリアの危険な大型モンスター討伐任務の受注者は俺を含めた二千人という内訳になっている。

残りの約八万人は今の所、引き篭もる・採取任務のみ・消耗品アイテムの作成の三グループに分かれているらしい。

採取したアイテムをHPを回復させる回復薬やプレイヤーの移動速度を上げるドーピング液というアイテムを作り大型モンスター討伐隊の所に支給しているのだそうだ。


「はあ……」


思わず溜息が出る。

俺はその二千人の中の一人な訳だが討伐隊に入る事は出来なかった。

なんせ太刀使いはお断りだと言われたらしょうがないのかもしれないが……

俺も当初一人で戦っていくのに不安を感じていたのもあり、討伐隊に応募しようと要項のPDFを入手するとそこには

『討伐隊ではランス及びクロスボウを標準装備とする為、その他の武器を扱うプレイヤーの応募は一切受け付けておりません』

と要項の最初に大きく書かれていた。

この一言に俺の淡い希望が砕かれた。

勿論、討伐隊がそう書いた理由はある程度推測できる。

『死なない』という事を最も重視した体制を取るためだろう。

大型モンスターの討伐を開始したばかりの頃、武器に制約を掛けず募集したのだが武器の特性の理解がまだ浸透していない頃だったこともあり、それのいざこざで犠牲者を数人出してしまったらしい。そしてその犠牲者は今だに発見されていないらしい……利用規約に書かれていた通り特殊実験とやらに連行された可能性が指摘されてからは今の様な体制を取ったらしい。

それからは最もガードが堅くて多人数での戦闘に向いているランスと遠距離から比較的安全に攻撃を継続出来るクロスボウが選ばれた……と聞いている。確かに太刀やバスターソードのようにリーチの長い武器はモンスターの足に張り付いて戦う際に他のプレイヤーを転倒させてしまう危険性がある。プレイヤーが転倒している間は無防備になるので死ぬ可能性は格段に上がる。

そのため集団で安全に任務を遂行する為にもリスクになりうるプレイヤーをチームに加えないのは当然だ。


「ふぅー、次はどの任務クエストを受けるかな」


そういう訳もあり現在、俺は一人で任務を受けている。

討伐隊の様にアイテムの支給は無いため、任務を達成した際の報酬金や要らないアイテムの売買などで金を集め、アイテムを補給している。

一人で良かったかもしれないなと最近は思うこともある。

ソロプレイだとモンスターを倒した時のモンスターの素材を独り占めできるため、大体一回倒せば全身の装備や武器を揃える事が出来るのは良い点だと言えるだろう。

それに今更太刀以外の武器が使えるとも思えない。WOで廃人ランカーやプロ相手に振り続けてきたんだ。太刀の扱いならこのゲーム内で一番の自信さえある……ってそんな事考えてる場合じゃない。そろそろ武器の強化の為にお金を集めないと……


「はあー明日からまた虫取りと炭鉱作業か〜」


そんな事を呟きながら、インターネットが使える時間になった為、ブラウザを開き他の配信者の配信を見ることにする。みんな考える事は同じようで、配信をして何とかしてこの現状を伝えようとしている。

とりあえず一番上の配信者のサムネをタップしたと同時に

配信画面が表示される。

ここは……草原ステージの6番エリアか。配信者の男はどうやら必死に逃げている様子だ。


「はぁはぁ……や……ヤベェ!やっぱ9番エリアなんかに近づくんじゃなかった!

一体何だってんだよあの化け物!」


画面は左右に大きく揺れ、その配信者は息を切らしながら草原を走り抜けていく。

夜の草原ステージにズシズシと地面にめり込み音が聞こえる。まさかこの男……大型モンスターに追われているのか?

無言で唾を飲みこみ、その配信を見入ってしまう。


我に返り意識を戻すと、俺の頬を大粒の汗が伝っていた。

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