ポスターガール

@ramia294

第1話

 今から、ほんの少し未来のある高校生の物語。


 たいへんな事になった。


 目の前の頼子も困った顔になっている。


 何といってもあのポス倫がうるさそうだ。


 野々宮頼子ののみやよりこは、僕の幼なじみだ。僕より年齢は、ひとつ下。まだ中学生だ。

 しかし今、頼子と同じ顔を持つ女性が、テレビやネットの中で、大注目を浴びている。しかも、バーチャルアイドルとしてだ。


 今どき、珍しくなった街の銭湯の広告で、湯槽に腰掛けた女性が、振り向くだけの動画が、駅の看板になった。頼子を元に僕が造ったバーチャルな映像だ。


 もちろん、頼子が実際に、裸になっている分けではなく、頼子を素材にして、コンピューター上で造った、非現実の存在だ。


「お兄ちゃん。これって反則よね」


 母親同士の仲が良く、生まれてからずっと一緒に遊んできた頼子は、僕の事をお兄ちゃんと呼ぶ。


 頼子の言うとおりだ。駅看板ポスター動画倫理法、いわゆるポス倫法では、バーチャルアイドルを産み出すとき、現実の人間を素材にしても良い。しかし、その場合は、あくまでも参考とする。つまり、顔や手足、胸などをそのまま貼り付けては、いけない。


 しかし、今回面倒くさくなった僕は、顔の加工はせず、首から下だけを製作した。

 湯煙で、腰から下の映像は、ボヤッとしてお尻は見えない様にした。傾けた身体の白い背中。湯槽のへりについた手。二の腕と濡れた背中の隙間から覗く、豊かな胸のほんの一部分。それらが、僕の製作だ。

 顔は、そのまま頼子の写真を使っている。もちろん動きによって変化はつけるが、機械が、自動的に変えているだけだ。


 困っているのは…。


 予想に反して、人気が出たことだ。しかもあのキノナツミに迫る勢いで、話題になってしまった。


 美人過ぎず、親しみやすい顔が、自然でリアルに出来ているというのが人気の秘密らしい。


 もちろん、本物だから当たり前だ。


 身体の動きの自然さは、時間のほとんどをそれだけに集中出来たからだ。

 

 駅の看板が、動画になったのは、そんなに昔ではない。今回、人気が出すぎて、困っている頼子を元に僕が、製作したコトノミフネも あのすでに国民的人気のキノナツミも駅看板の動画モデルだ。


 動画にしたほうが、確かにアピール力は、高いのだろう。しかし、看板同士の距離が近いと、隣の看板の光がちらつくので、とても見難い。


 そこで、隣り合う看板の距離が、離れた。すると、意外にも看板の効果が、上がったのだ。


 今まで、当たり前に駅に有り、スルーしていたものが、新たに美しい動く映像と、希少さで、歩く人たちの興味をひいたようだ。


 そうなると、看板の奪い合いが起きて、各企業は、少しでも宣伝効果の高いものを産み出そうとした。


 昭和の時代に、プロレスの街頭テレビに、人が、集まるように、看板に群がる人々を見て、看板動画の制作会社が、増えた。


 少し遅れて、駅看板ポスター動画倫理委員会も発足したが、駅の数が多いため、管理体制が、整うのに、手間取った。


 この間の看板動画は、やりたい放題で、少しでも人目を引くために、AV女優を使ったやり過ぎセクシー路線や、ハリウッド顔負けの残酷描写や、スプラッター路線など、混迷を極めた。


 駅看板ポスター動画倫理委員会、略して(ポス倫)が、懸命の努力で不適切な看板を一掃した後は、テレビで、活躍中のアイドルを使うという普通の選択に傾いた。


 数人ひとかたまりのグループアイドルは、看板の画面が、大きいので、当初企業が、こぞって起用した。

 しかし、数人ひとかたまりのメンバーが、看板に入ると、結果的にひとりひとりの姿が、小さくなり、アピール力が、減った。

 しかし、単体で売り出しているアイドルでは、需要に追いつかなかった。


 まして、駅看板は、地元の小企業や規模の小さな商店が、出すことがまれで無く、好印象を保証されたスターは、経済的な問題で使えなかった。


 それが、生み出されたのは、偶然だった。 


 元々は、ある企業が、社員の趣味で現実には存在しないバーチャルアイドルを使い始めたのが、きっかけだった。


 安く使え、好感度をコントロールしやく、思い通りに動くバーチャルアイドルは、またたく間に駅看板の世界を席巻していった。


 多くのバーチャルアイドルが、産み出されたが、その中では、現実のアイドルを超える人気が出る者もいた。


 その中でも多くの企業で使われたキノナツミの人気は凄まじく、制作者には依頼が殺到した。


 特に、沖縄の青い海と白い砂浜。赤いビキニ姿で、豊かな胸を揺らしながら、駆けていくシーンは、通勤電車とは別のラッシュを駅に産み出した。


 各旅行会社のキノナツミ争奪戦は、苛烈を極め、動いた現金は、億を超えた。

 一躍、大金を得た制作者は、マスコミで注目を浴びた。


 もちろん、柳の下のドジョウを狙う者は、たくさんいて、ここでもやり過ぎる傾向が出てきた。


 過去の活躍が評価され、大きな権力を持ち始めていたポス倫が、再び活躍した。


 やり過ぎ製作者たちは、指導され反省自粛した。もっとも目に余る者の逮捕に踏み切ったのが、見せしめになった事も大きかった。


 この事により、ポス倫の存在は、決定的になった。世間に認められた組織は、権力を得て、同時に歪みを組織内に産み出した。

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