Chapter6-GEARBORG/恐怖の鎖蛇

 なんだ今の感覚は?

 まるで心臓が縛り上げられたような錯覚に襲われ、俺は胸を抑えてたじろいだ。



まわる?」



 俺の異変に察知したチョコが顔を覗く。



「ソ、ソルジャーゲーム……ッ!? ハァハァ……俺と戦いたいってこと?」




「あぁ是非ともお願いしたい」



 まただ。

【ソルジャーゲーム】という言葉を言ったり聞いたりした瞬間胸に痛み出した。

 そしてあの時出会った蛇の女の顔と声が脳裏をよぎる。  



『ねぇボウヤ……私のことが恐い?』



 目に映る全ての人間を恐怖の鎖で雁字搦がんじがらめに縛りつけるようなプレッシャーに満ちた眼光と声がフラッシュバックする。



「今はそんな気分じゃないんだよ」



「3度の飯よりギアソルジャーが好きだと聞いていたが、まさか断られるとは思わなかったな」



「さ、さっきからどうしたのまわる……? 息も荒いし汗でびっしょりだよ……」



「……別に。もういいだろ、俺は帰らせてもらう」



「いいのか? ここで勝負から逃げれば君は一生ソルジャーゲームが出来なくなるばかりか最悪命を落とすことになるぞ」



「……ッッ!?」



 再び心臓に激痛が走りその場に倒れ込んだ。



まわる!? どうしたのよ!?」




 近くにいるはずのチョコの声が随分と遠くに聞こえる。

【ソルジャーゲーム】という言葉をトリガーに心臓は再び痛みと共に過去の記憶を想起させた。


 それは俺が生まれてから今まで味わってきた恐怖の記憶だった。



 初めて来た街で家族とはぐれ、迷子になった時の記憶。

 あるいは40度を超えた発熱で生死の境を彷徨っていた時の記憶。

 あるいは初めてGS犯罪の現場に居合わせた時の記憶。



 まるでビデオのチャプター再生のように次々に流れ込んでくる恐怖体験のダイジェストが俺の心を責め立てる。



 そしてその記憶群の中でも一際俺の心臓を揺さぶったのは。




まわる……ソルジャーゲームは好きか?』



「……ッ」



 俺の憧れだった兄さんがソルジャーゲームの最中に謎の光に飲み込まれて消えた時の記憶だった。



「やはりあの女に毒を打たれたようだな。つまり次のターゲットは君というわけだ」




「どういう意味だ? アンタは一体何を知っている?」




「あの時地区大会の会場に現れた蛇凶じゃきょうという女は我々G-FORCEジーフォースが血眼になって行方を追っている組織の幹部でね。犠牲者もいっぱい見て来たし、犯行の手口も知っている」



「アイツは一体まわるに何をしたの?」



まわる君は蛇凶じゃきょうの毒を体内に撃ち込まれたのさ。その毒は恐怖の感情が高まれば高まるほど心臓を黒く染め上げていく厄介な代物だ」



「毒? じゃ、じゃあまわるは本当に病気だってこと!?」



「厳密には蛇凶じゃきょうが体内で創り出した創成因子ホビアニウムが人体に入ると毒のように作用するってことだけどね」



「嘘よ! ギアソルジャーじゃあるまいし人間の体内で創成因子ホビアニウムが創られるわけがないでしょ!」



「奴は人間じゃない。肉体そとがわこそ人間の形をしているが体内構造はギアソルジャーそのものだ。そしてギアソルジャー同様感情エネルギーを糧として生きている。我々G-FORCEジーフォースはあの女のように人でありながらギアソルジャーの能力を持つ者の事を改造生命体を表すCYBORGサイボーグにちなんでGEARBORGギアボーグと呼んでいる」



「ギアソルジャーの力を宿した人間……ギアボーグ……?  駄目だわ……頭がついていかない……もっとぶどう糖の補給が必要だわ!」



 チョコは懐から取り出したチョコバーを次々に頬張り始める。



「イチゴ味……クリーム味……ハバネロ味! あぁ! 美味しィィィィィィ!」



 チョコは様々な味のチョコバーを食べ狂喜の声を上げていた。



「……」



 食べる……食べるか。

 チョコが美味しそうにチョコバーを食べている姿を見て俺は蛇凶じゃきょうの言っていたこと思い出していた。



『人間だってお腹が空いたらパンをかじるし、喉が乾いたら蛇口を捻るでしょう? 私達にとってそれがたまたま人間だっただけ』

 

 あの時蛇凶じゃきょうは確かにそう言っていた。

 じゃあ人間の感情エネルギーを食べるために人間を襲っていたということか。

 そして身体を蛇に変える能力がギアソルジャーに由来するものだとしたらこの人の言うギアボーグなる存在がいることにも自ずと真実味を帯びてくる。



「ギアボーグは気に入った相手に自身の創成因子ホビアニウムを撃ち込む習性がある。より美味しい感情エネルギーを食べるために。そして君の心臓が恐怖の感情エネルギーで黒く染まった頃、再び君の元に現れて魂ごとその心臓を喰らいにくるだろう……あの会場で犠牲になった一乗寺いちじょうじハジメ達のようにな」



まわるは殺させはしないぞ!』



蛇凶じゃきょう創成因子ホビアニウムを除去する方法はただ一つ」




 龍舞りょうまさんはドラゴンのレリーフが刻まれたギアシューターを構えながら答えた。



「恐怖を乗り越えて立ち向かうことだ」



「……」



「つ、つまりソルジャーゲームで戦ってトラウマを克服しようぜ大作戦ってわけね!」



歯車はぐるまわる……今の君に心に巣食う恐怖と向き合う覚悟はあるか?」



 恐怖と向き合うか。

 こんな時兄さんならなんて言うだろう。

 世界中のコマンダーの憧れだった兄さんなら。



まわる……もしお前が本当に辛い現実にぶち当たった時は心の中でこう叫べ』



「フェニックスギア……?」



 フェニックスギアが俺の心に直接語りかけてくる。



『ここからが俺の無敵時間ゴールデンタイムだとな!』



 それはまるで兄さんの言葉を代弁するかのような強くて温かい言葉だった。

 その言葉に背中を押されるように俺はゆっくり口を開いた。

 


「確かに俺の心には恐怖があるよ……向き合うのも嫌になってしまうほど強烈なやつがね。でも俺は……ッ!」



 右手の親指を立ち上げ、自分の心臓に押し当てた。



「太陽に背中を向けるような生き方を選ぶ方がもっと嫌なんだ!」



 自らの心にガッツポーズをするようなその姿は力強さとともに覚悟の現れでもあった。



「フッ……実に高次元な答えだ。君ならきっとそう言うと思っていた」



「俺とソルジャーゲームで勝負して下さい! ひいらぎ龍舞りょうまさん!」



『この少年の覚悟は本物だ……下手をすれば足元を掬われるぞ』



「ソルジャーゲームは感情おもいの強さこそが勝敗をわかつ。これは面白くなってきたな」







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