魔女狩り
三八式物書機
第1話 魔女
こんな汚い世界など滅んでしまえばいい。
少女はそう願った。
どこまでも不遇な人生。
孤独な身の上。
弱者の悲哀。
何もかも嫌になって、世界の消滅を願いながら、自らの命を絶つ。
そう決断した。
誰も居ない家。
お湯を満たした浴槽。
傷だらけの身体を浸し、そっと手首に剃刀を当てた。
流れ出る血は浴槽に張ったお湯を真っ赤に染める。
意識は徐々に失われていく。
こうして、死んでいくのだと。
少女が死を実感した時、突如、世界は暗闇になる。
死
そう思った。
「お前はそれでいいのか?」
女の声が聞こえた。
「誰だ?」
問い返す。
「お前はそれでいいのか?」
再び問われた。
「いいのかって・・・死ぬことが?」
「あぁ、世界が滅んでしまえばいいのに・・・その前にお前が自分を消滅させるのに納得しているのか?」
「納得はしていない。だけど、どれだけ願っても世界は消えてくれない」
「それはただ、願っているだけだからじゃないか?」
「願っているだけ?どうすればいいと?私の力じゃ、何も出来やしない」
「力?力があれば、お前は世界を滅ぼすのか?」
「当然だろ?こんな世界は消えた方がマシだ」
「確かにな・・・じゃあ、力をやろう」
「力を?」
「あぁ、お前はこれから、人成らざる力を得る。その代償として、お前は人では無くなる。そうだな。魔法のような物だと思ってくれ。圧倒的な力はこの世界の全てを駆逐するだろう。力の使い方はお前次第。私はお前がこの世界をどうするか、見届けさせて貰うよ。せいぜい、楽しませてくれ」
その時、ドクンドクンと強く心臓が跳ね上がるほど強く鼓動した事を覚えている。
目が覚めると・・・傷は消え、ただ、鮮血に染まった風呂に身を浸していただけだった。
「夢か・・・」
死に損ねた。そう思った。
だが、何かが違う。
心の底から渇望するように何かを壊したい。何かを消し去りたい。
殺したい。
そんな気持ちが湧き上がって来る。
静かに立ち上がる。白い裸体に赤く染まった湯が流れ落ちる。
玄関から音がした。母親が帰ってきたのだろうか。
裸のまま、浴室から出る。そして、音のした方へと向かう。
「あら?お風呂に入っていたの?」
母親は裸の娘を見て、そう尋ねる。
「死ね」
少女はそう告げた。その瞬間、母親の身体は雑巾を絞るように捩じれて、悲鳴が上がるが、そのまま、首が捩じれ、切れた。多量の血が噴き上げ、玄関は一瞬にして、血に染まった。
「これが・・・力か・・・」
少女は興奮した。目の前で死んだ母親の死体を眺めながら笑った。
魔女が生まれた日だった。
突如として、少女が謎の力に目覚め、多くの人を殺害する事件が相次ぐ。その力は超能力と呼べる程に不可思議で、彼女達を止める事は難しく、相当な犠牲を出した後、武力にて、殺害するしか無かった。
その過程において、数人の少女が口にした「魔法」という単語だけが独り歩き、世間では力に目覚め、無差別殺人を始めた少女達を「魔女」と呼んだ。
短期間で50件近くの魔女による事件が起き、すでに被害者は千人を超えようとしていた。この事態を受け、政府は警視庁だけでは対処困難だとして、特別な組織を結成した。それは魔女に関する研究と対策を専門とする人材を集めた政府直轄の対魔女組織であった。
「相田君。気分はどうかね?」
白衣を着た30代中頃の女性研究者は寝台に横になる女子高生にそう尋ねる。
「悪くありません。意識はしっかりと保ててます」
彼女は落ち着いた様子でそう答える。
「脳波も異常は無い。力の暴走の危険性は無いね」
「ありがとうございます」
そう答えると少女は上半身を起こす。
「君だけがある意味、希望だからね。どこで生まれるか解らない魔女を探し出し、対処するには、やはり同じ魔女じゃないと」
「はい」
女性研究者から魔女と呼ばれた女子高生は相田美鈴。
1年前にイジメから自殺を図り、その時、魔女に目覚めた。
大きな破壊衝動を抱え、暴走しそうになった彼女だが、誰かを殺害する前に自ら、その力を抑え込み、大惨事を手前で鎮めた。その時、関係したのが、女性研究者の伏見美亜である。彼女は脳生理学を専門とする研究者で、魔女について、強い興味を抱き、研究を行ってきた。未だに原因と仕組みは解明に至っていないが、魔女については美鈴を調査する事で、かなり解った事があった。
魔女は世界に絶望した少女に与えられる謎の力である事。
力を与えた存在についてはまったく、不明。
力自体も科学的に解明する事は不可能で、その作用も人により異なる。ただし、大抵の力は破壊、殺人に特化されたものであり、結果として、多くの被害が発生する。
力に目覚めた者は例外なく、破壊、殺人衝動に駆られる。自我や性格に関しても以前に比べて大きく変化し、薬物などの中毒症状に近い混乱状態が見受けられる。
世間では魔女と呼ばれる為、現在、呼称も全て「魔女」に統一されている。
美鈴は魔女にも関わらず、自我を取り戻し、平常心で居られる特別な存在であると確認された。研究対象であり、事実、魔女であるため、その行動の全てを制限されている。
ただし、美鈴は同じ魔女の匂いを判断する事が出来る。
魔女は見た目は普通の人間であるため、事件を起こすまでは誰にも解らない。故に被害を拡大させる。だが、美鈴の力を使えば、魔女を事前に発見する事が出来た。そして、魔女の特殊な力にも同じ魔女の美鈴は対抗する事が出来る。現状において、魔女の敵は魔女という構図が最も効率の良い対処方法であった。
美鈴は政府の庇護を受け、魔女研究のサンプルとして、対魔女戦力としてその身を戦いに投じる事を強制された。
「伏見先生。魔女が・・・生まれました」
美鈴は静かにそう告げる。どこでどうやって、そんな細かい事は解らない。ただ、新しい魔女が生まれた時、何かを告げるように美鈴の頭の中に音が響き渡る。それは鈴の音であった。
「そう・・・すぐに部隊を招集するわ。あなたは魔女が何処に居るか。それを探って頂戴」
「はい」
伏見は研究室の電話機の受話器を上げ、内線番号を押す。
「魔女が生まれた。第一種警戒態勢を敷く」
この指示はこの組織以外にも警察、消防、自衛隊にも届けられる。彼等もまた、同様に警戒態勢を敷く。特に警察はどこで魔女が事件を起こすか解らない為、厳戒態勢が敷かれ、更にはマスコミを通じて、一般市民にも警報が発せられる。不用意な外出などは危険だと何度も繰り返される。
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