第143話 嫉妬

 最近、ダークエルフたちの村では、村の結界や従魔たちを強化するために奔走するちいさな獣人が噂になっている。


 曰く、ちいさな獣人が彫刻柱トーテムポールの結界を強化していた。

 曰く、ちいさな獣人が従魔に武器を授けてくれる

 曰く、ちいさな獣人がとにかくカワイイ


「あっちにいたよ」

「ホント?」

「うん、さっそく見に行こうよ」

「待ってて〜アルく〜ん」


 それはさながら、夢の国の中で神出鬼没に現れるネズミの獣人。

 あるいは、日本の世界的なスタジオに出没する犬の獣人。


 ここ数日は、黒髪の狐獣人を見つけると、ダークエルフの女性陣は追いかけ回し、男性陣は呪詛の言葉を投げかけるといったことが繰り返されていた。

 

 そんな、ちいさな獣人を取り巻く大騒ぎは、巨人の襲撃で暗くなりがちな村人たちの心を幾分か軽くしていた。


 ある意味、ちょっとしたお祭り騒ぎの渦中にあって、ひとりのダークエルフの女性だけがその輪の中に入れずにいた。


 それが、村長である【イズレンディア】の副官にして、上官に一途な想いを寄せる【ネルラス】であった。


「………………はぁ」


 彼女は蘇った麦畑を眺めながら、村のあちこちから聞こえる楽しそうな笑い声を背に、ひとりだけ深いため息をついていた。


「どうしたんだい?ため息などついて」

「えっ?たっ、隊長!」


 そんな彼女に声をかけたのは、彼女がもう100年間も恋い焦がれている想い人であった。


「何度も言ってるが、私は【村長】であって【隊長】ではないぞ」 

「いえ、それでも、私にとって隊長は隊長です」

「またか……」 

「私は貴方の副官であることを誇りに思っているのです。なので、こればかりは譲れません」

「ふふふっ、そうか……そうだったな。こんなやり取りはもう何十年繰り返したろうな……」


 そう言って優しく微笑むイズレンディアに、一瞬見惚れるネルラスであったが、イズレンディアの瞳が自分を見つめていることに気づくと、顔を赤くして俯いてしまう。


「それで、私の優秀な【副官】は、どうしてこんなところでため息をついているのかな?」 

「それは……」

「こんな年寄りじゃ、力に慣れないかも知れないが話してみないかい?」

「隊長は、年寄りなんかじゃ……」


 ネルラスの倍以上、すでに500年も生きている村長であったが、その容貌は人間で言えば青年から中年にかけてといったところであろうか。

 まだまだ、年寄りとは言い難い見た目だ。


 若々しい肉体を長期間維持できること、それがエルフと並ぶ長命種であるダークエルフの特徴でもあった。 


「隊長は年寄りではありません。、誰よりも逞しく若々しいお方です」

 

 ゆえに、ネルラスはそう力説する。


「ふふっ、ありがとう。それで、どうかね。話してみる気にはなったかい?」  


 この時に至って、ネルラスはイズレンディアの企みに乗せられたと気づく。


 あえて、ネルラスが嫌う話題を出すことで、強く反発させる。

 それまで沈んでいた気持ちを盛り上げるために、反論という起爆剤を用いたのだと。


「隊長にはかないませんね……」

「だから言ったろう?年の功だよ」


 そう言っていたずらっ子のように笑うイズレンディアを見て、ネルラスは改めて自分は目の前の人物を愛しているのだなと確認する。


「それで、ため息の理由は?」 

「…………です」 

「ん?」

「悔しさや嫉妬です」


 もはやこの人に嘘は通じないと気づいたネルラスは、言いにくいことを素直に吐露する。


「…………嫉妬?」


 だが、その言葉が指すことを思いつかないイズレンディアは首をひねる。


「一体、何があったのだ?君はそんな言葉とは無縁だと思っていたのだが……」

「今回、アルフォンス少年のおかげで村人たちに犠牲もなく、従魔たちですら大半が回復しました……ですが……ですが……」


 そう続けたネルラスは、その瞳に涙を浮かべる。


「でも、私の従魔は……」

「ああ、そうか……」


 そこでようやくイズレンディアは、ネルラスの気持ちの理由を悟る。

 ネルラスの従魔【アグリゴラ】は、【ゴーレム】であった。

 そして、ゴーレムは人工生命体。

 ゆえに


「戦場でしたから、アグリゴラが損傷したのはやむを得ないことです。ですが……他の従魔が完治して次の戦いに向けて準備しているのを見ると、悔しいのです。妬ましいのです」 

「ネルラス……」

「こうして、アグリゴラが守った麦畑を見て、あのときの判断は正しかったと言い聞かせているのですが、私の心の醜い部分が、どうして私の従魔だけがと思ってしまうのです……」


 そう言って、涙を流すネルラスを優しく抱きしめるイズレンディア。


「すまない、君には辛い思いをさせてしまったな……」

「いえ……、申し訳ありません、こんな……こんな弱い私で……」

「そうだな……アルフォンス君に相談してみよう。何かいいアイデアがあるかも知れない」 

「隊長……」

「聞けばララノアと同い年だとか。そんな子どもに頼らなければならない情けない大人だがな、何か知恵をいただけるなら、喜んで頭を………………ん?」


 そこまで言って、イズレンディアはとあることを思い出す。


「アルフォンス君は、今日は倉庫ガレージに行くと言っていたな……」  

「えっ?」

「確かあそこにはアグリゴラが安置されていたはず……」

「まさか……」

「いや……だが……そうとしか考えられん」

「では……」

「行ってみよう」

「はい」


 一筋の光明に気づいたふたりは、どちらともなく倉庫ガレージに向けて駆け出すのであった。

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