第122話 商談
村長の屋敷は村の中心部に近い一等地にあった。
そこは立派な二階建ての屋敷で、庭には黄色い【スカビオサ】の花が咲き乱れている。
そんな屋敷の一室に【
一行が通された部屋は、普段は村での会合などにも利用される、大勢の人々が集まっても問題ないほどに広く作られている。
「これは見事な屋敷だ」
護衛の仕事などで、貴族や商人の屋敷に赴くことが少なからずあったアトモスが感嘆するほど、村長の屋敷は立派な造りであった。
「そう言っていただけると、鼻が高いですな」
【イズレンディア】と名乗った村長は、アトモスの称賛に嬉しそうに応じる。
「こんな何もない場所ですから、時間だけはたくさんありますのでね」
「いやあ、それにしても大したものです」
そんなやり取りがなされ、互いにある程度の人となりが理解できるようになったあたりで、グルックが話を切り出す。
「こうして知り合えたことも何かの縁。当方も旅商人として方々を転々とする身。何かご入用なものはございませんか」
「それは大変魅力的なお話なのですが、あいにく我が村では貨幣が使われていないものですから……」
申し訳無さそうに、イズレンディアは答える。
それは、王都から遠く離れた地ではよくある話であるため、グルックはさして驚きもしない。
貨幣とは他所とのやり取りを行うためのひとつの手段であって、このように世間から隔絶された場所で、村の中だけで生活のサイクルが終わっている状況であるならば、貨幣の必要性も乏しいのだから。
「それは物々交換でも構いません。あれほど見事な麦畑を見せられたら、商人としてはほっておけないのですよ」
「何と、それはありがたい。それではお話させてもらっても構いませんか?」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな話が出てきたところで、イズレンディアはララノアに提案する。
「そうだ、ララ。せっかくだから、お友だちに村を案内してはどうかな?」
「えっ?いいの!?」
商談など、子どもたちが聞いても面白くないだろうとの判断からだった。
そして、村長のその言葉に驚いたのは、ララノア本人であった。
「ええ、別に隠すところもないから構わないさ」
「ありがとう、村長!」
友達に自分の住む村を紹介したいという欲求と、表に出せない秘密との間に挟まれて、もどかしい思いでいたララノアにとって、その提案はまさに天の声であった。
「行こう!みんな!」
一瞬、アルフォンスの手を引こうとして、慌ててキャロルの手を掴むことに変更するララノア。
さすがにアルフォンスの手を引くのは、ちょっと恥ずかしいと思ったようだ。
ララノアの呼びかけに応じて、ぞろぞろと部屋を出る子どもたち。
そんな中、グルックがアルフォンスを呼び止めて耳打ちをする。
「おい、『砂糖』と『塩』だったらどれだけ出せる?」
「『砂糖』と『塩』ですか?樽で五、六樽はあるかと」
「じゃあ、一樽ずつ買う」
僻地の村では何が求められているかを見越して、事前に手を打った形だ。
多少ならば馬車に乗せてあるが、グルックはあの麦畑を見て大商いになると踏んだのだった。
「キャロルさんたちの分として小麦が必要なんですよね。なら僕も出しますから、ただで構いません」
「本当にお前は可愛くねえな。ガキがんなこと考えてんじゃねえよ。こちとら商人なんだ。恵まれた物で商売なんて出来るかよ」
「おおっ」
「おおっじゃねえよ。バカにしてんのか?」
「いえいえ、素直に驚いただけです」
「それが十分失礼なんだよ。で、どうなんだ。俺に売るのか売らねえのか?」
「売りますよ。あとで馬車に置いておきますね」
「頼むわ。ちなみに、買い取るのは適正価格でだからな。絶対に色はつけねえぞ」
「別に構いませんけど。やりすぎないで下さいね」
「当たり前だろうが。最初はこっちが損をするくらいで、取引相手を取り込むのが優秀な商人なんだよ」
そんな善人なんだか悪人なんだか分からないようなゼリフを吐き捨てて、アルフォンスから離れていくグルック。
どうやら、下準備は済んだようだ。
ひとつため息をついたアルフォンスは、もっと素直になればいいのにと思いながら、その背中を見つめるのであった。
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