第110話 抗議
「なかなかムズかしいね」
子狼に自らの魔力を分け与えているアリスが、アルフォンスにそう告げる。
「たれ流しの魔力を、ギュッと絞るような感じでね」
「うん、やってみる」
いわば全開にした蛇口のハンドルを、少しずつ絞るような感覚で、子狼に与える魔力を調整する。
なかなか高度な技術が必要なのだが、それをたどたどしいとは言え、やってのけるところに彼女の類まれなる才能の片鱗が見て取れる。
「こんな感じかな?」
「ギャウギャウ」
子狼も満更でもない感じで、アリスの訓練に付き合っている。
「飲み物を準備しましたよ」
そう言って、冷たい紅茶を持ってきたのはキャロルであった。
彼女は短剣術の他に、ゆくゆくは大切な人の身の回りの世話をしたいとも願ったために、こうしてメイドの真似事のようなこともしていた。
その大切な人とは誰のことか、周囲の者たちは一目瞭然なのだが、当の本人は全く気づいておらず、あろうことか【
「ありがとうございます。キャロルさんも、冷却の魔術が上手になりましたね」
「いえいえ、私なんて必要最小限の魔術だからコントロールできるだけで、とてもアルフォンスさまやアリスみたいにはできませんから」
そう謙遜するキャロルであったが、煎れた紅茶を冷やすのも、なかなか高度な技術を必要とすることに気づいてはいなかった。
「冷やしてくれた紅茶も美味しいです」
「ありがとうございます」
そんな感想を告げたアルフォンスの足元には、汗だくで一歩も動けなくなっているスパーダと、子狼との模擬戦でボコボコにされたチェシャが横たわっていた。
アルフォンスはそんな彼らを【
「どこかで見た光景よな……」
「ああやって体力回復させられて、また訓練させられるんだよなぁ……」
「延々と続く地獄ッスよね」
「体力回復させられると鬱になる」
「魔力回復させられても鬱になる」
そして、そんな様子を見ていた【
自分たちも経験してきたからこそ、その辛さがわかるのだった。
「兄貴、俺への対応と、キャロ姉やアリスとの対応が違う!」
体力回復したスパーダは、すぐさま不満を口にする。
「ん?」
「だって、キャロ姉なんて疲れて倒れることなんて絶対にないし、アリスなんていつも楽しそうじゃねえかよ」
「ああ、そのこと。だって、やってることが違うもん当然だよ」
「おかしい、絶対におかしい」
「短剣術は、いかに最少の動きで急所を狙うかが重要視されるものだし、魔力制御を楽しくやっているのはアリスの性格だからだよ」
「いや、それだけじゃない、誰が見てもわかるくらい女子への対応は丁寧だ」
ビシッと指摘するスパーダ。
だが、それが当然だと言わんばかりにアルフォンスは答える。
「当たり前だろ。女の人は大切にしなきゃならないんだぞ」
「へっ?」
「ウチのじいちゃんが『女性に優しくするのは当然のこと』って言ってたからね」
「アルフォンスさま、素晴らしい考え方だと思います」
「お兄ちゃん、やさしい!」
やはり、惚れた女のために剣を取った【勇者】は言うことが違った。
人権といった言葉すらなく、男尊女卑の考えが強いこの世界において、あえて女性をたてる発言ができるところに人を惹き付けるものがあるのだろう。
「『どうあがいたって、男は女に勝てないんだから……』『最後は結局、尻に敷かれるんだし』『男なんて、女の前ではやせ我慢してカッコつけるだけの存在だ』っても言ってたけど」
「ああ……」
思い当たるところがあるのか、スパーダも何となくうなずく。
そこに、ようやく話せるまでに体力が回復した猫獣人が異議を唱える。
「異議ありニャ!そしたら、ニャンでアタシには……」
「チェシャさんは別です」
だが、その言葉を遮るようにアルフォンスが断言する。
「何でニャ!」
「まだまだ力を抜いてるからです」
「ニャッ!?」
「最近はやられ慣れて、どうすれば楽に倒れられるかってことばかり考えてますよね?」
「そ、そんなことはニャイ……よ」
目が泳ぐチェシャ。
「攻撃を受け流すことばかり上手くなって……」
「うぐぐ……」
「そんなのウチの師父に見つかったら、笑いながらボコボコにされちゃいますよ」
「アルの師父は悪魔かニャ……」
一瞬、アルフォンスは血まみれで高笑いする虎獣人の師父を思い浮かべる。
「……あながち間違いじゃないですね」
「ニャ!?」
「まぁ、そんな訳ですから、子狼さん」
「ガウッ?」
「もう少し強めでお願いします」
「ガアッ!」
「ニャッ!?」
「あっ」
アルフォンスの呼びかけに応じて、アリスの膝の上から飛び上がった子狼は、たった今立ち上がったばかりのチェシャに躍りかかる。
「このバカ犬、来るなニャァァァァァァ!」
「ガウガウ」
やや強めに追いかけ回す子狼と、涙混じりのチェシャの声が遠ざかっていく。
「ハハハ、チェシャ姉、余計なことを言うからだよ」
「余計なことを言わなくても続くよ」
「……へっ?」
笑いながらチェシャを見送ったスパーダの背後に立つ黒髪の少年。
振り向いたスパーダの魔眼は、自分が再び地面に突っ伏す瞬間を映し出していた。
「さあ、続きといこうか」
「ギャァァァァァァァ!」
こうして今日も、元奴隷の少年少女たちへの訓練の鬼の指導が延々と続くのであった。
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